2011年 03月 10日
日本の理系研究室の直面するグローバル化の残念な実態について
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これは日本のとある大学の話。
私は、大学の研究室通いしている友人なども少しは持っていまして、その友人が、先日憤りつつ語った話があります。
今日は、その内容をまとめて書きとめておきます。
それは、とある大学の話。
我が国の将来を担う、理系の、とある研究室の話であります。
ぼんくらな文系と違って、お国の役に立つものとして、世間の高評価を受けている理系の研究でありますが、しかしその全てが世間一般の絶大な支持を受けているわけもなく、当然、研究室によってある程度の人気不人気があります。
その結果、研究室によっては、多少、学生が集まりにくかったりするわけで、そんな研究室の学生募集の悩みと、親日派外国人を作ろうというお上の意向を受けて外国人受け入れに燃える社会や大学全体の風潮が加わると、なんだか残念な結果が生じるのだとか。
どういう風になるかと言うと、
そういうちょっと学生の集めにくい研究室では、世間の外国人学生を受け入れろという風潮に後押しされて、日本人が集まらない分、外国人学生を集めることになり、
その結果、日本人向けの試験では難しすぎて到底合格できない残念なレベルの外国人学生が、外国人向けの特別に用意された難易度の低い試験によって、合格してしまうことになるとか。
そしてそれだけでも残念なのに、
さらに日本人にとって残念なことに、
そのビミョーな外国人学生は、なんと、親日派を作るためという名目のもと、日本の国費を使って養われているのだそうです。
その上、もっともっと残念なことに、
あまりに使えないその外国人学生に、研究業績を作ってやるために、日本人の助手なんかが、研究を肩代わりさせられ、いっぱいいっぱいになって潰れていくとか。
時々、外国人学生と比べて、日本の学生は勉強しないとか言われますが、こういう現場の声を聞くと、いったい何を元にそう言われているのか不思議に思えます。
そんなことを言う人は、日本の若者をコケにするために、わざわざ、日本の若者の勉強しないヤツと、外国の若者の勉強するヤツを選りすぐって比較し、結論を導いているに違いありません。
ちなみに、日本の国費で養い、日本人研究者をすり潰し、多くの犠牲を払って面倒みてやった外国人学生ですが、日本国から金をせしめることができてラッキーって感じで、特に日本に感謝の念や親愛の情もなく、ご機嫌に過ごしているとか。
なお、国際化の風潮によって、試験問題は日本語と英語の両方が用意されており、言語の違いは試験結果に影響しないとのことで、日本語とのギャップで実力が発揮できないとかではなく、純粋に残念なレベルの学生が、日本にやってきている模様です。
ところで、時々、日本はグローバル化しろとかいう意見を吐く人がいますが、所詮世界レベルで辺境にすぎない日本がグローバル化を目指すと、一体どうなるかが、ここに示されている気がしないでもありません。
グローバル化したところで、わざわざ日本語圏にやって来なきゃいけない人間なんて、ロクなもんでもなく、期待にかなう人材が流入してくるはずも無いということで、世界的な余りものの処理を押し付けられるだけに終わりかねないということです。
ついでにいうと、これに加えて、グローバル化により、日本の有為の人材が、一方的に流出することまで生じれば、いったいどうなるか。
有為の人材とビミョーな人材の、残念な交換を続け、ただでさえ辺境な日本の地位と価値を、日々低め続ける結果となりかねません。
日本が辺境なのはやむを得ないにせよ、せめて、辺境なれど侮れない国であるために、軽薄なグローバル化よりも、まず、今持っている人材や資源の確保、囲い込みに精を出すべきではないかと思う、今日この頃です。
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その結果、研究室によっては、多少、学生が集まりにくかったりするわけで、そんな研究室の学生募集の悩みと、親日派外国人を作ろうというお上の意向を受けて外国人受け入れに燃える社会や大学全体の風潮が加わると、なんだか残念な結果が生じるのだとか。
どういう風になるかと言うと、
そういうちょっと学生の集めにくい研究室では、世間の外国人学生を受け入れろという風潮に後押しされて、日本人が集まらない分、外国人学生を集めることになり、
その結果、日本人向けの試験では難しすぎて到底合格できない残念なレベルの外国人学生が、外国人向けの特別に用意された難易度の低い試験によって、合格してしまうことになるとか。
そしてそれだけでも残念なのに、
さらに日本人にとって残念なことに、
そのビミョーな外国人学生は、なんと、親日派を作るためという名目のもと、日本の国費を使って養われているのだそうです。
その上、もっともっと残念なことに、
あまりに使えないその外国人学生に、研究業績を作ってやるために、日本人の助手なんかが、研究を肩代わりさせられ、いっぱいいっぱいになって潰れていくとか。
時々、外国人学生と比べて、日本の学生は勉強しないとか言われますが、こういう現場の声を聞くと、いったい何を元にそう言われているのか不思議に思えます。
そんなことを言う人は、日本の若者をコケにするために、わざわざ、日本の若者の勉強しないヤツと、外国の若者の勉強するヤツを選りすぐって比較し、結論を導いているに違いありません。
ちなみに、日本の国費で養い、日本人研究者をすり潰し、多くの犠牲を払って面倒みてやった外国人学生ですが、日本国から金をせしめることができてラッキーって感じで、特に日本に感謝の念や親愛の情もなく、ご機嫌に過ごしているとか。
なお、国際化の風潮によって、試験問題は日本語と英語の両方が用意されており、言語の違いは試験結果に影響しないとのことで、日本語とのギャップで実力が発揮できないとかではなく、純粋に残念なレベルの学生が、日本にやってきている模様です。
ところで、時々、日本はグローバル化しろとかいう意見を吐く人がいますが、所詮世界レベルで辺境にすぎない日本がグローバル化を目指すと、一体どうなるかが、ここに示されている気がしないでもありません。
グローバル化したところで、わざわざ日本語圏にやって来なきゃいけない人間なんて、ロクなもんでもなく、期待にかなう人材が流入してくるはずも無いということで、世界的な余りものの処理を押し付けられるだけに終わりかねないということです。
ついでにいうと、これに加えて、グローバル化により、日本の有為の人材が、一方的に流出することまで生じれば、いったいどうなるか。
有為の人材とビミョーな人材の、残念な交換を続け、ただでさえ辺境な日本の地位と価値を、日々低め続ける結果となりかねません。
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by trushbasket
| 2011-03-10 20:32
| My(山田昌弘)








