2011年 05月 02日
フランス食文化に関する逸話あれこれ~「ナポレオンは何故太ったか」&「今も昔も裸エプロンは男の浪漫」~
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以前、図書館で『悪食大全』という本を見つけて適当に読んでみました。この本は、美食で知られたフランスの、食事に関する様々な逸話を集めたものです。その中で、興味を引かれたものを二つほど今回はご紹介しようかと思います。
以前の記事で、ナポレオンが粗食であったはずなのに太った事に関する疑問が呈されていました。その答えを示唆する記述がありましたのでまずはそれから。
ナポレオンの幼年学校からの友人で秘書であったブーリエンヌの『回想録』によれば、ナポレオンは若い頃から将来肥満する予感に捉われており、少食で済ます習慣をつけていたそうです。皇帝であった1810年の食事はポタージュにアントレ(当初は序の料理であったが、現在は魚料理と肉料理の間に出される。白ソースか褐色ソースと共に出される肉料理であることが多い)三種類、アントルメ(食事の終わりに出される甘味料理)二種類とデザート二種類にコーヒー一杯、パンの端二切れに水で割ったシャンベルタンというものでした。現代人である僕の感覚としてはそんなに少食な感じはしないのですが、最高権力者の料理としては確かに皿数がさびしい気がします。あと、戦場でしばしば過ごしていたナポレオンは必要カロリー量も現代人よりは多かったと思われます。そしてナポレオンはまだ用心が足りないと思ったのか、更にポタージュ二皿と焼き物一皿、アントルメ一種類に前菜二種類、コーヒーという内容に減らされています。
とはいえそんな涙ぐましい努力の中にも、肥満への危険はないでもありませんでした。ナポレオンは元来食事に無関心であり、食事は短時間で済ませ時刻も決まっておらず、空腹になると時間にかまわず骨付き肉・鶏肉・コーヒーを摂取していました。戦場でも乗馬の鞍の片方にパンと葡萄酒、もう片方にローストチキンを備えていたといいます。栄養の偏りそうな食事を早食いし、時間も不定期。これは肥満防止という観点から見ればよろしくない気もします。まあ、カロリー量からいえば大したことないように思いますが、食習慣としては褒められたものではありません。
それでも戦場で駆け回りカロリーを消費している間はまだ良かったのですが、流人としてセント・ヘレナ島に赴いてからが問題でした。当時のナポレオンには英国から毎日の食料として肉百リーブル(五十キロ)、鶏六羽、卵三十個、ハム二リーブル(一キロ)、豚脂二リーブル、バター五リーブル、砂糖十リーブル、果物従リーブル、野菜二十リーブル、パン六十リーブル、コーヒー二リーブルが提供されていました。加えて葡萄酒千二百本、シャンパーニュ十四本、ポルト酒四本が毎月届けられています。…皇帝在位中より豪華で、そして肥満に悪そうです。島でナポレオンは軟禁状態にありましたから、食事が数少ない楽しみであった事は想像に難くありません。おまけに、コックをしていたルバージュの証言によれば、この時期のナポレオンは「運動もほとんどすることはなく、一日の大半をごろごろ寝て過ごしているばかり」だったとか。豪華な食事に運動不足、そして軟禁によるストレス。そうした要因もあって、セント・ヘレナ島に流されてから一気に太ったようです。ナポレオンの肥満が本当に顕著だったのが流罪後だったというのは意外な気がしますね。
次の話題は二十世紀前半のパリでのとある流行の話。1930年代のプロバンス通り百二十二番地に、「ブファ・ア・ラ・フィセル」というレストランがありました。オーナーは当時の風俗王であるマルセル・ジョメ。メニューは一定でキャビア、ブファ・アラ・フィセル(牛肉を麻紐で縛り軽く茹でたもの)、ノルウェー風オムレツ、高級シャンパーニュでした。そしてこの店最大の呼び物は、働いている女性たち。ジョメは自らが経営する高級売春宿から選りすぐった美女をここで働かせていたのです。しかもその出で立ちは髪に花を挿し、エナメルのスパイクを履き、身体には裸体にエプロンを付けただけの姿でした。更に、ノルウェー風オムレツを出す際に店を暗くし、乳首と女性器に蛍光塗料を塗った四人の裸婦が運んでくるという趣向がなされていたのです。この店は人気を博し、有名シャンソン歌手であるティノ・ロッシを始めインドのマハラジャ、更にチャーチルの息子といった名士たちが通いつめたといわれています。彼らの中にはエディット・ビアフといった有名女性歌手を伴って出入りする者もあり、この店に通う事が当時お洒落とされていたようです。
この話を知った時、七十年以上昔から裸エプロンは男の浪漫だったのだなあ、と妙な感慨に耽ってしまいました。それにしてもそれが上流社会のステータスというのは何だかなあ、と思わずにはいられませんが。
以上、『悪食大全』から「ナポレオンは何故太ったか」と「今も昔も裸エプロンは男の浪漫」の二本立てでお送りしました。
【参考文献】
悪食大全 ロミ著 高遠弘美訳 作品社
日本大百科全書 小学館
関連記事:
「覇者の胃袋 ~粗食、偏食、暴飲暴食の帝王たち~」
「メイドさんって素敵だね?―偉人以外の一般人とメイドさん―」
「乳をこよなく愛した人々の話 in 西洋史」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「西洋民衆文化史」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021108.html)
「西欧中世における恋愛、性の諸相」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2005/051209.html)
関連サイト:
「超低金利漫画家 長谷川哲也のホームページ」(http://mekauma.web.fc2.com/)
ナポレオン伝記漫画『ナポレオン 獅子の時代』および続編『ナポレオン 覇道進撃』の作者・長谷川哲也先生の公式サイトです。
「CD BROS-official-」(http://www.cd-bros.co.jp/)より
「裸エプロン学園」(http://www.cd-bros.co.jp/sekilala/game/apron/)
ナポレオンに関しては、(太った理由には触れていませんが)社会評論社『ダメ人間の世界史』でも取り上げていますので、よろしければそちらもご参照ください。
(「ナポレオン ネルソン 英仏代表天才軍人は、浪費癖あるクズ女に惚れた弱みで貢ぎに貢いだ英仏代表ヘボ男」収録)
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当ブログ内紹介記事
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以前の記事で、ナポレオンが粗食であったはずなのに太った事に関する疑問が呈されていました。その答えを示唆する記述がありましたのでまずはそれから。
ナポレオンの幼年学校からの友人で秘書であったブーリエンヌの『回想録』によれば、ナポレオンは若い頃から将来肥満する予感に捉われており、少食で済ます習慣をつけていたそうです。皇帝であった1810年の食事はポタージュにアントレ(当初は序の料理であったが、現在は魚料理と肉料理の間に出される。白ソースか褐色ソースと共に出される肉料理であることが多い)三種類、アントルメ(食事の終わりに出される甘味料理)二種類とデザート二種類にコーヒー一杯、パンの端二切れに水で割ったシャンベルタンというものでした。現代人である僕の感覚としてはそんなに少食な感じはしないのですが、最高権力者の料理としては確かに皿数がさびしい気がします。あと、戦場でしばしば過ごしていたナポレオンは必要カロリー量も現代人よりは多かったと思われます。そしてナポレオンはまだ用心が足りないと思ったのか、更にポタージュ二皿と焼き物一皿、アントルメ一種類に前菜二種類、コーヒーという内容に減らされています。
とはいえそんな涙ぐましい努力の中にも、肥満への危険はないでもありませんでした。ナポレオンは元来食事に無関心であり、食事は短時間で済ませ時刻も決まっておらず、空腹になると時間にかまわず骨付き肉・鶏肉・コーヒーを摂取していました。戦場でも乗馬の鞍の片方にパンと葡萄酒、もう片方にローストチキンを備えていたといいます。栄養の偏りそうな食事を早食いし、時間も不定期。これは肥満防止という観点から見ればよろしくない気もします。まあ、カロリー量からいえば大したことないように思いますが、食習慣としては褒められたものではありません。
それでも戦場で駆け回りカロリーを消費している間はまだ良かったのですが、流人としてセント・ヘレナ島に赴いてからが問題でした。当時のナポレオンには英国から毎日の食料として肉百リーブル(五十キロ)、鶏六羽、卵三十個、ハム二リーブル(一キロ)、豚脂二リーブル、バター五リーブル、砂糖十リーブル、果物従リーブル、野菜二十リーブル、パン六十リーブル、コーヒー二リーブルが提供されていました。加えて葡萄酒千二百本、シャンパーニュ十四本、ポルト酒四本が毎月届けられています。…皇帝在位中より豪華で、そして肥満に悪そうです。島でナポレオンは軟禁状態にありましたから、食事が数少ない楽しみであった事は想像に難くありません。おまけに、コックをしていたルバージュの証言によれば、この時期のナポレオンは「運動もほとんどすることはなく、一日の大半をごろごろ寝て過ごしているばかり」だったとか。豪華な食事に運動不足、そして軟禁によるストレス。そうした要因もあって、セント・ヘレナ島に流されてから一気に太ったようです。ナポレオンの肥満が本当に顕著だったのが流罪後だったというのは意外な気がしますね。
次の話題は二十世紀前半のパリでのとある流行の話。1930年代のプロバンス通り百二十二番地に、「ブファ・ア・ラ・フィセル」というレストランがありました。オーナーは当時の風俗王であるマルセル・ジョメ。メニューは一定でキャビア、ブファ・アラ・フィセル(牛肉を麻紐で縛り軽く茹でたもの)、ノルウェー風オムレツ、高級シャンパーニュでした。そしてこの店最大の呼び物は、働いている女性たち。ジョメは自らが経営する高級売春宿から選りすぐった美女をここで働かせていたのです。しかもその出で立ちは髪に花を挿し、エナメルのスパイクを履き、身体には裸体にエプロンを付けただけの姿でした。更に、ノルウェー風オムレツを出す際に店を暗くし、乳首と女性器に蛍光塗料を塗った四人の裸婦が運んでくるという趣向がなされていたのです。この店は人気を博し、有名シャンソン歌手であるティノ・ロッシを始めインドのマハラジャ、更にチャーチルの息子といった名士たちが通いつめたといわれています。彼らの中にはエディット・ビアフといった有名女性歌手を伴って出入りする者もあり、この店に通う事が当時お洒落とされていたようです。
この話を知った時、七十年以上昔から裸エプロンは男の浪漫だったのだなあ、と妙な感慨に耽ってしまいました。それにしてもそれが上流社会のステータスというのは何だかなあ、と思わずにはいられませんが。
以上、『悪食大全』から「ナポレオンは何故太ったか」と「今も昔も裸エプロンは男の浪漫」の二本立てでお送りしました。
【参考文献】
悪食大全 ロミ著 高遠弘美訳 作品社
日本大百科全書 小学館
関連記事:
「覇者の胃袋 ~粗食、偏食、暴飲暴食の帝王たち~」
「メイドさんって素敵だね?―偉人以外の一般人とメイドさん―」
「乳をこよなく愛した人々の話 in 西洋史」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「西洋民衆文化史」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021108.html)
「西欧中世における恋愛、性の諸相」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2005/051209.html)
関連サイト:
「超低金利漫画家 長谷川哲也のホームページ」(http://mekauma.web.fc2.com/)
ナポレオン伝記漫画『ナポレオン 獅子の時代』および続編『ナポレオン 覇道進撃』の作者・長谷川哲也先生の公式サイトです。
「CD BROS-official-」(http://www.cd-bros.co.jp/)より
「裸エプロン学園」(http://www.cd-bros.co.jp/sekilala/game/apron/)
ナポレオンに関しては、(太った理由には触れていませんが)社会評論社『ダメ人間の世界史』でも取り上げていますので、よろしければそちらもご参照ください。
(「ナポレオン ネルソン 英仏代表天才軍人は、浪費癖あるクズ女に惚れた弱みで貢ぎに貢いだ英仏代表ヘボ男」収録)
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当ブログ内紹介記事
楽天ブックス: ダメ人間の世界史 - ダメ人間の歴史vol 1 -
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by trushbasket
| 2011-05-02 00:58
| NF








