2011年 05月 29日
江戸人、太古の天皇・傑僧に助言を仰ぐ~Eroに関するアドバイス in Edo~
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徳川期は、日本の歴史上でも性的な事に関する知恵が一般に普及した時代です。なので性愛学的な入門書も数多く出され出版されています。その中に、少し毛色の変わったものも幾つかあるので今回はそれをご紹介しようかと思います。
まず、十八世紀半ばに編纂された『新撰古今枕大全』という書物の巻五にある『助べひ故実之巻』。これは「皇極天皇ひそかに勅諚ありけるは」で始まるとおり七世紀半ばの女帝・皇極天皇による御言葉と称している奇書です。その内容を見てみると、
といったところです。性愛に関する書物は男性視点で男性用に書かれたものばかりである中、女性視点から書かれているという点で貴重な存在のようです。逸物は大きければよいというものではないとか、女が絶頂に達する前に終えてしまう男が多いとか、とりあえず奥に突っ込めばよいと勘違いしている男は下手だ、(男尊女卑の時代なので)女性からは不満があっても言いにくいとか勉強になりますね。巨根を武器にして女帝の寵愛をほしいままにしたと謳われた道鏡もここでは形無しですね。ま、徳川期に大きいだけの逸物は寧ろ下等なものと見られたのは事実ですが。因みに皇極天皇は天智・天武天皇の母であり大化の改新が始まった時の天皇であり、道鏡ととかくの噂があるのは八世紀後半の称徳天皇であって皇極天皇より約一世紀後の人物だったりしますけど、細かい事は気にしない。
さて、今度は別の歴史人物にアドバイスを仰ぐ事にしましょう。弘法大師こと空海は我が国における男色の祖と伝承されており、慶長三年(1598)には『弘法大師一巻之書』なんて男色指南書が出されています。また徳川期にも空海と男色をネタにした川柳がしばしば詠まれたようです。そんな中、元禄年間に出版された『好色旅枕』は男色を女色の快に溺れないようにするための捌け口と位置づけた上で弘法大師の言葉と称する教えを引用しています。何でも、
だとか。御大師様の御教えの何と有難い事でしょうか。…後世の仮託なのは改めて断るまでもないでしょうけど。何だか姑息な気がしなくもないですが、実際の経験に基づいた裏技な訳ですな。
昔の偉人の言葉を適当にでっち上げてしまえば、権威・説得力があってありがたいように思えますね。徳川期はその辺りは(将軍家相手とかでなければ)鷹揚だったようで近代なら不敬罪ものの代物(おまけに人違いだし)やら、現代人の目から見ても罰当たりとしか思えんような代物やら。偉人達も草葉の陰でとんだ迷惑ですが、徳川期の性愛に関する知恵が伺える記述でした。
【参考文献】
江戸の閨房術 渡辺信一郎 新潮選書
江戸バレ句 戀の色直し 渡辺信一郎 集英社新書
日本大百科全書 小学館
関連記事:
「男のしるし、皇統の危機」、訂正事項
「ウホッ!いい日本史… 前近代日本男色略史」
「海外小説翻案と国学者の筆のすさび~エロは愛国主義者の国境も越える~」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
関連サイト:
「近世小説研究所」
(http://www.geocities.co.jp/Milano-Aoyama/9891/kinseiken.htm)より
「弘法大師と衆道」
(http://www.geocities.co.jp/Milano-Aoyama/9891/kobo.htm)
徳川期には皇室ネタのエロ小説も多く、尊王家ですら創作に手をだしていました。もっとも、平安末期には天皇自ら巫女に任じられた皇女をネタにエロ絵巻作ってたりしますのでそれくらいは大した事ではないのかもしれませんが。また、海外にも巨根に執着を示した女帝の話があります。興味のある方は社会評論社『ダメ人間の日本史』にて「頼山陽 僕らは尊王家、でもエロネタ創作だったら皇室ネタもOKさ ~江戸知識人の知られざる文化活動~」「後白河法皇 エロマンガ大王 ~天皇家の権威よりエロマンガ趣味を優先する背徳異形の天皇家首領~」、『ダメ人間の世界史』にて「則天武后 もっともっと大きなチンコを朕のあそこに突っ込みなさい ~巨根大好きババァの悪名を残した老女帝~」を御参照ください。
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まず、十八世紀半ばに編纂された『新撰古今枕大全』という書物の巻五にある『助べひ故実之巻』。これは「皇極天皇ひそかに勅諚ありけるは」で始まるとおり七世紀半ばの女帝・皇極天皇による御言葉と称している奇書です。その内容を見てみると、
「男に此道の上手下手ありて、女の心に適わぬ事のみ多きぞかし」
(男にも性愛のテクニックには上手下手があるもので、女にとっては男が下手で気に入らない事が大変多いものだ)
「女の心に気ざしたるを見分ける男少なし」
(女の心中が盛り上がってきたのを気づける男は少ない)
「下手な男は、女は奥深く根元まで入れば、よがる事よと心得て取り掛かるより、無二無三に奥に差し込み、首筋もとへ手を廻して、急に腰を遣う故、もふ男が気を遣ってしまふてあるが、残念な事やと思へども、どふも女の口から永くして欲しい、大きに気が遣りたいとは言はれぬ」
(下手な男は、女は逸物を奥深く根元まで突っ込みさえすればイクものだと一人合点して事に及ぶので、奥へ遮二無二突っ込んでから、首筋へ手を回し、いきなり腰を動かすものだから、さっさと男が絶頂に達してしまい残念なことだと思うのだが、女の方から「情交を長めにしてほしい、私も絶頂に達したい」とは言い出せないものだ)
「女の口からはたとへ天が下を治めるみづからにても、まだいきはせぬほどに、今しばしして気を遣らしてと、どふも言われず」
(女の口からは、たとえ天下を統治するわたくしでさえ、「まだイッてないので、もうしばらく踏ん張って」とは、言えない)
「男の癖で、女でさへあれば、大きなものを好むやうに言わるる故に、弓削の道鏡を召し寄せたれども、大きなばかりにて、大の下手也」
(男の悪癖なのか、女でさえあればみな巨根を好むというように世間で言われているので、どれほどのものかと試しに弓削道鏡を召してみたが、逸物が大きいというだけで、その道に関しては全くの下手くそであった)
といったところです。性愛に関する書物は男性視点で男性用に書かれたものばかりである中、女性視点から書かれているという点で貴重な存在のようです。逸物は大きければよいというものではないとか、女が絶頂に達する前に終えてしまう男が多いとか、とりあえず奥に突っ込めばよいと勘違いしている男は下手だ、(男尊女卑の時代なので)女性からは不満があっても言いにくいとか勉強になりますね。巨根を武器にして女帝の寵愛をほしいままにしたと謳われた道鏡もここでは形無しですね。ま、徳川期に大きいだけの逸物は寧ろ下等なものと見られたのは事実ですが。因みに皇極天皇は天智・天武天皇の母であり大化の改新が始まった時の天皇であり、道鏡ととかくの噂があるのは八世紀後半の称徳天皇であって皇極天皇より約一世紀後の人物だったりしますけど、細かい事は気にしない。
さて、今度は別の歴史人物にアドバイスを仰ぐ事にしましょう。弘法大師こと空海は我が国における男色の祖と伝承されており、慶長三年(1598)には『弘法大師一巻之書』なんて男色指南書が出されています。また徳川期にも空海と男色をネタにした川柳がしばしば詠まれたようです。そんな中、元禄年間に出版された『好色旅枕』は男色を女色の快に溺れないようにするための捌け口と位置づけた上で弘法大師の言葉と称する教えを引用しています。何でも、
「床入の時、幼少なる若衆は、おゐどの痛むを嫌がるもの也。その時、山椒の粉を少し唾にて練り、おゐどの穴に挿めば、しきりに痒うなるものなり。その後、そろそろと柔らかにあしらひて行ふべし。痒みに退かされ、必ず痛みを忘るるもの也。是、一大事の秘密也。みだりに人に授くべからず。」
(情交の際、年少である美少年は、尻が痛いのを嫌がるものだ。そこで、その時に山椒の粉を少し唾で練って、少年の尻の穴に塗れば、尻の当たりが痒くなる。それから、そっと穏やかに扱いながら挿入するべきである。そうすれば、少年は痒みにまぎれて尻の痛みを気にしなくなる。これは、重要機密事項である。無闇に他人に教えてはいけない。)
だとか。御大師様の御教えの何と有難い事でしょうか。…後世の仮託なのは改めて断るまでもないでしょうけど。何だか姑息な気がしなくもないですが、実際の経験に基づいた裏技な訳ですな。
昔の偉人の言葉を適当にでっち上げてしまえば、権威・説得力があってありがたいように思えますね。徳川期はその辺りは(将軍家相手とかでなければ)鷹揚だったようで近代なら不敬罪ものの代物(おまけに人違いだし)やら、現代人の目から見ても罰当たりとしか思えんような代物やら。偉人達も草葉の陰でとんだ迷惑ですが、徳川期の性愛に関する知恵が伺える記述でした。
【参考文献】
江戸の閨房術 渡辺信一郎 新潮選書
江戸バレ句 戀の色直し 渡辺信一郎 集英社新書
日本大百科全書 小学館
関連記事:
「男のしるし、皇統の危機」、訂正事項
「ウホッ!いい日本史… 前近代日本男色略史」
「海外小説翻案と国学者の筆のすさび~エロは愛国主義者の国境も越える~」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
関連サイト:
「近世小説研究所」
(http://www.geocities.co.jp/Milano-Aoyama/9891/kinseiken.htm)より
「弘法大師と衆道」
(http://www.geocities.co.jp/Milano-Aoyama/9891/kobo.htm)
徳川期には皇室ネタのエロ小説も多く、尊王家ですら創作に手をだしていました。もっとも、平安末期には天皇自ら巫女に任じられた皇女をネタにエロ絵巻作ってたりしますのでそれくらいは大した事ではないのかもしれませんが。また、海外にも巨根に執着を示した女帝の話があります。興味のある方は社会評論社『ダメ人間の日本史』にて「頼山陽 僕らは尊王家、でもエロネタ創作だったら皇室ネタもOKさ ~江戸知識人の知られざる文化活動~」「後白河法皇 エロマンガ大王 ~天皇家の権威よりエロマンガ趣味を優先する背徳異形の天皇家首領~」、『ダメ人間の世界史』にて「則天武后 もっともっと大きなチンコを朕のあそこに突っ込みなさい ~巨根大好きババァの悪名を残した老女帝~」を御参照ください。
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by trushbasket
| 2011-05-29 23:39
| NF








