2011年 08月 02日
本当は強くないチンギス・ハーン ~世界史上最大の征服者は武将としては意外と平凡~
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モンゴル帝国の創始者チンギス・ハーン。
彼は、一般的に、世界最大の征服者と考えられています。
そして、しばしば彼は、その軍事的天才を賞賛されています。
例えば、『THE HARPER ENCYCLOPESIA OF MILITARY BIOGRAPHY』を引いてみると、彼は「史上最も偉大な征服者の一人で、あらゆる時代を通じて最も偉大な将帥の一人(One of the greatest conquerors in history and one of the greatest generals of all time)」(277頁)と評されています。
ですが、それほどまでに軍事的名声の高いチンギス・ハーンという人物、実のところ、その名声ほどには凄い将帥でなかったりします。
もちろん、軍事的能力に欠ける人物が大征服者となれるはずもなく、チンギスにある種の軍事的能力が、素晴らしい水準で備わっているのは確かな事実です。例えば軍事的な組織形成者・戦略的指導者としては、彼は世界史上最も偉大な人物の一人と言って問題ないでしょう。しかし、それによって人を史上最も偉大な将帥と呼んで良いかというと、残念ながら、それは無理と言わざるを得ません。それら能力で偉大な将帥と呼べるのであれば、史上の大政治家が続々と、戦場に立たずして、偉大な名将の名を残してしまうことになるでしょう。
やはり前近代の軍事指導者は、戦闘に勝利する戦術指揮能力が高くなければ、偉大な将帥と呼ばれるに値しないのです。
で、チンギス・ハーンの戦術能力はといいますと、ここまで話の流れから明らかなように、実はそんなに強くありません。
別に弱くはなく、当代一流の武将と言って問題なさそうではありますが、世界で最も偉大な将帥の一人というほどの超一流かというと、果てしなく微妙。
彼は、例えば、モンゴル高原統一戦争において、他の遊牧民指導者相手の会戦で結構ポコポコ負けており、同一地域に互角の相手が普通に見つかる程度の、並の一流、平凡な名将といったレベル。
敗戦の中で輝く戦術的才能もあり、負けが必ずしも将才の無さを証明するものでもないのですが、彼の敗戦が戦術的天才を示しつつ負けた天晴れな敗戦であるとの話もなく、結局、戦術指揮官としてのチンギス・ハーンは並の一流と評価するのがせいぜいな感じなのです。
そして、彼の戦術指揮官としての能力のほどほどさについては、モンゴル帝国の人々も十分に認識していた模様。
その証拠として、モンゴル帝国時代のモンゴル人がロマンたっぷりにまとめたチンギス・ハーン一代記である『元朝秘史』、チンギス・ハーンの偉業を讃える英雄賛歌でさえ、チンギス(テムジン)を弟のカサルと並べてこう描いています。
この文章の論評の意味ですが、元朝秘史の訳者の小澤重男氏は注釈でこう述べています。
というわけでモンゴル帝国人的に、チンギス・ハーンは武の人と言うより知の人。
(なお上記引用文章につき、弓に勝れた個人的武勇の人と引き比べて知力の人と言われたところで、チンギスの将帥としての才能の相対的な低さが証明されるわけではないと考える人がいるかもしれません。ですが上記文章はモンゴル高原統一後チンギスが王権の驚異となったカサルを処刑しようとした際に、母親がチンギスをなじっている言葉であり、そういう文脈から言って、たかだかカサルが個人的武勇でチンギスより勝れているといったレベルの議論をしているのではないはずで、衆を率いる指導者としての兄弟の才能、分業、功績に関する論述であると考えられます。)
すなわちチンギス・ハーンは。武将としてよりも、武将を使いこなして征服計画を描き出す将に将たる人物としての才に長けていたと言う方がよいでしょう。
チンギス・ハーンは、アレクサンドロス大王やナポレオンといった世界史に冠たる天才軍人王と並べて語るよりは、義経を使って平家を倒し覇権争いに勝ち抜いた日本の源頼朝とか、韓信等を使いこなして漢帝国を築いた中国の劉邦といったタイプの大政治家と並べて語る方がふさわしい人物ということです。
そういうわけで、以上、チンギス・ハーンは、大征服者の割に、あんまり強くないというお話でした。
参考資料
『元朝秘史』小澤重男訳 岩波文庫
ルネ・グルッセ著『─世界の征服者─ ジンギス汗』角川文庫
TREVOR N. DUPUY/CURT JOHNSON/DAVID L. BONGARD編『THE HARPER ENCYCLOPESIA OF MILITARY BIOGRAPHY』CASTLE BOOKS
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ウランバートル都市史
http://kurekiken.web.fc2.com/data/1999/991015.html
中央アジアの近現代
http://kurekiken.web.fc2.com/data/1997/971114.html
彼は、一般的に、世界最大の征服者と考えられています。
そして、しばしば彼は、その軍事的天才を賞賛されています。
例えば、『THE HARPER ENCYCLOPESIA OF MILITARY BIOGRAPHY』を引いてみると、彼は「史上最も偉大な征服者の一人で、あらゆる時代を通じて最も偉大な将帥の一人(One of the greatest conquerors in history and one of the greatest generals of all time)」(277頁)と評されています。
ですが、それほどまでに軍事的名声の高いチンギス・ハーンという人物、実のところ、その名声ほどには凄い将帥でなかったりします。
もちろん、軍事的能力に欠ける人物が大征服者となれるはずもなく、チンギスにある種の軍事的能力が、素晴らしい水準で備わっているのは確かな事実です。例えば軍事的な組織形成者・戦略的指導者としては、彼は世界史上最も偉大な人物の一人と言って問題ないでしょう。しかし、それによって人を史上最も偉大な将帥と呼んで良いかというと、残念ながら、それは無理と言わざるを得ません。それら能力で偉大な将帥と呼べるのであれば、史上の大政治家が続々と、戦場に立たずして、偉大な名将の名を残してしまうことになるでしょう。
やはり前近代の軍事指導者は、戦闘に勝利する戦術指揮能力が高くなければ、偉大な将帥と呼ばれるに値しないのです。
で、チンギス・ハーンの戦術能力はといいますと、ここまで話の流れから明らかなように、実はそんなに強くありません。
別に弱くはなく、当代一流の武将と言って問題なさそうではありますが、世界で最も偉大な将帥の一人というほどの超一流かというと、果てしなく微妙。
彼は、例えば、モンゴル高原統一戦争において、他の遊牧民指導者相手の会戦で結構ポコポコ負けており、同一地域に互角の相手が普通に見つかる程度の、並の一流、平凡な名将といったレベル。
敗戦の中で輝く戦術的才能もあり、負けが必ずしも将才の無さを証明するものでもないのですが、彼の敗戦が戦術的天才を示しつつ負けた天晴れな敗戦であるとの話もなく、結局、戦術指揮官としてのチンギス・ハーンは並の一流と評価するのがせいぜいな感じなのです。
そして、彼の戦術指揮官としての能力のほどほどさについては、モンゴル帝国の人々も十分に認識していた模様。
その証拠として、モンゴル帝国時代のモンゴル人がロマンたっぷりにまとめたチンギス・ハーン一代記である『元朝秘史』、チンギス・ハーンの偉業を讃える英雄賛歌でさえ、チンギス(テムジン)を弟のカサルと並べてこう描いています。
それにて見るに、才ある、我がテムヂンは胸の才あり。我がカサルは射力の才あるを以って射合いで逃れ出し敵人を射て降せるなりき。驚き逃れ出でし敵人を遠射して降せるなりき。
いま、「敵人を極めたり」とて、カサルを遠ざくるなり 汝等
(『元朝秘史 (下)』小澤重男訳 152頁)
この文章の論評の意味ですが、元朝秘史の訳者の小澤重男氏は注釈でこう述べています。
<<胸の才あり>>、<<射力の才あり>>。テムヂンは「胸の才あり」、カサルは「射の才あり」とは「テムヂンは智に勝れ、カサルは武に勝れ」ていることを表現した文。カサルの武がテムヂンの覇業を佐けたことを示している。
(同書 156頁)
というわけでモンゴル帝国人的に、チンギス・ハーンは武の人と言うより知の人。
(なお上記引用文章につき、弓に勝れた個人的武勇の人と引き比べて知力の人と言われたところで、チンギスの将帥としての才能の相対的な低さが証明されるわけではないと考える人がいるかもしれません。ですが上記文章はモンゴル高原統一後チンギスが王権の驚異となったカサルを処刑しようとした際に、母親がチンギスをなじっている言葉であり、そういう文脈から言って、たかだかカサルが個人的武勇でチンギスより勝れているといったレベルの議論をしているのではないはずで、衆を率いる指導者としての兄弟の才能、分業、功績に関する論述であると考えられます。)
すなわちチンギス・ハーンは。武将としてよりも、武将を使いこなして征服計画を描き出す将に将たる人物としての才に長けていたと言う方がよいでしょう。
チンギス・ハーンは、アレクサンドロス大王やナポレオンといった世界史に冠たる天才軍人王と並べて語るよりは、義経を使って平家を倒し覇権争いに勝ち抜いた日本の源頼朝とか、韓信等を使いこなして漢帝国を築いた中国の劉邦といったタイプの大政治家と並べて語る方がふさわしい人物ということです。
そういうわけで、以上、チンギス・ハーンは、大征服者の割に、あんまり強くないというお話でした。
参考資料
『元朝秘史』小澤重男訳 岩波文庫
ルネ・グルッセ著『─世界の征服者─ ジンギス汗』角川文庫
TREVOR N. DUPUY/CURT JOHNSON/DAVID L. BONGARD編『THE HARPER ENCYCLOPESIA OF MILITARY BIOGRAPHY』CASTLE BOOKS
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中央アジアの近現代
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by trushbasket
| 2011-08-02 01:12
| My(山田昌弘)








