2011年 09月 12日
カノッサの屈辱で坊主にヘイコラ頭を下げた残念な皇帝ハインリヒ4世が実はかなりの名将な件
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中世ドイツの大国神聖ローマ帝国の皇帝ハインリヒ4世、世界史の授業等で、その名を聞いたことのある方も多いでしょう。
彼について皆さんはどのような印象をお持ちでしょうか?
彼について知っている方は、カノッサの屈辱を思い出される方が多いでしょう。
一応説明しておくと、カノッサの屈辱とは、ハインリヒ4世がキリスト教の親玉ローマ教皇に喧嘩を売って破門され、キリスト教の社会的影響力の強い時代のことですから、それが原因で臣下たちの反抗を受け窮地に陥り、どうにか教皇に破門を解いてもらおうと教皇の滞在するカノッサ城を訪れ、
冬場だというのに城外に裸足で三日間も突っ立って「ごめんなさい」アピールをし続けた、
という屈辱的な事件のことです。
この屈辱的な謝罪エピソードのせいで、彼について格好悪い残念な王様というイメージを持たれている方が多いのではないでしょうか?
ところが、彼は最終的に教皇と喧嘩する道を選び、教皇をローマから追い出すことさえしていて、教皇に屈服していたのは一時のことに過ぎません。
それどころか彼は、才能溢れ数多の勝利に輝く軍事的偉才だったりします。
なんと彼は、
56年のハインリヒの生涯は戦いの連続であった。それは実に66回にものぼる。優れた戦略家であった彼は、そのほとんどに勝利を収めた。
(『週刊朝日百科世界の歴史43 11世紀の世界 人物』C-264頁)
とのことで、当時の一級の名将だったのです。
この数字がどれくらいのものか理解していただくために、強いと評判の他国の武将の例を引いてみますと、
例えば、
日本だと、
勇将だの軍神だのと名高く、ゲーム等で軍事部門の能力に高い数値を与えられたりしている上杉謙信が、生涯70回あまりの戦闘を行い、43勝2敗25引き分けだったと言われます。
この他、
中国だと、
古代の名将で、かの有名な『孫子』と並び称される兵法書『呉子』の著者とされる呉起が、生涯76に達する主な会戦のうち、64に勝利、残り12は引き分けであったといいます。
これらの例を参考にすると、66の「ほとんど」に勝利したというハインリヒの生涯戦績は、数字としてなかなか大した物ではあります。
(「ほとんど」というのがどのくらいの比率を指すのかは知りませんが。)
勝ち数や勝率から即、武将としての格が決まるというものでもないですが、それでもそれだけ勝ってれば十分に称賛に値する戦績といえるでしょう。
bというわけで、カノッサの屈辱で必至に哀れっぽくごめんなさいする姿ばかりでなく、たまにはハインリヒ4世が名将であることにも目を向けてあげてください。
参考資料
『週刊朝日百科世界の歴史43 11世紀の世界 人物』 朝日新聞社
『グラフィック戦史シリーズ戦略戦術兵器事典 ①中国古代編』 学研
歴史街道 2011年10月号 今月号の読みどころ
(上杉謙信の生涯の勝敗数が載っています)
関連記事
C.W.C.Oman『中世における戦争術 378~1515』
軍事史概説 戦略と戦術の東西文明五千年史
決定戦国最強武将 ~信玄vs謙信どっちが強いか?~ 大学者の導き出した結論
呉起については社会評論社『ダメ人間の世界史』でも取り上げたので、よろしければそちらもご参照下さい。
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楽天ブックス:『ダメ人間の世界史』(ダメ人間の歴史vol 1)
当ブログ内紹介記事
れきけん・とらっしゅばすけっと/京都大学歴史研究会関連発表
ハインリヒ4世
http://kurekiken.web.fc2.com/data/2002/020628a.html
西洋キリスト教史 2
http://kurekiken.web.fc2.com/data/1997/971017.html
ヨーロッパにおける「皇帝」
http://kurekiken.web.fc2.com/data/2002/020628c.html
楽天ブックス: ダメ人間の世界史 - ダメ人間の歴史vol 1 -
彼について皆さんはどのような印象をお持ちでしょうか?
彼について知っている方は、カノッサの屈辱を思い出される方が多いでしょう。
一応説明しておくと、カノッサの屈辱とは、ハインリヒ4世がキリスト教の親玉ローマ教皇に喧嘩を売って破門され、キリスト教の社会的影響力の強い時代のことですから、それが原因で臣下たちの反抗を受け窮地に陥り、どうにか教皇に破門を解いてもらおうと教皇の滞在するカノッサ城を訪れ、
冬場だというのに城外に裸足で三日間も突っ立って「ごめんなさい」アピールをし続けた、
という屈辱的な事件のことです。
この屈辱的な謝罪エピソードのせいで、彼について格好悪い残念な王様というイメージを持たれている方が多いのではないでしょうか?
ところが、彼は最終的に教皇と喧嘩する道を選び、教皇をローマから追い出すことさえしていて、教皇に屈服していたのは一時のことに過ぎません。
それどころか彼は、才能溢れ数多の勝利に輝く軍事的偉才だったりします。
なんと彼は、
56年のハインリヒの生涯は戦いの連続であった。それは実に66回にものぼる。優れた戦略家であった彼は、そのほとんどに勝利を収めた。
(『週刊朝日百科世界の歴史43 11世紀の世界 人物』C-264頁)
とのことで、当時の一級の名将だったのです。
この数字がどれくらいのものか理解していただくために、強いと評判の他国の武将の例を引いてみますと、
例えば、
日本だと、
勇将だの軍神だのと名高く、ゲーム等で軍事部門の能力に高い数値を与えられたりしている上杉謙信が、生涯70回あまりの戦闘を行い、43勝2敗25引き分けだったと言われます。
この他、
中国だと、
古代の名将で、かの有名な『孫子』と並び称される兵法書『呉子』の著者とされる呉起が、生涯76に達する主な会戦のうち、64に勝利、残り12は引き分けであったといいます。
これらの例を参考にすると、66の「ほとんど」に勝利したというハインリヒの生涯戦績は、数字としてなかなか大した物ではあります。
(「ほとんど」というのがどのくらいの比率を指すのかは知りませんが。)
勝ち数や勝率から即、武将としての格が決まるというものでもないですが、それでもそれだけ勝ってれば十分に称賛に値する戦績といえるでしょう。
bというわけで、カノッサの屈辱で必至に哀れっぽくごめんなさいする姿ばかりでなく、たまにはハインリヒ4世が名将であることにも目を向けてあげてください。
参考資料
『週刊朝日百科世界の歴史43 11世紀の世界 人物』 朝日新聞社
『グラフィック戦史シリーズ戦略戦術兵器事典 ①中国古代編』 学研
歴史街道 2011年10月号 今月号の読みどころ
(上杉謙信の生涯の勝敗数が載っています)
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呉起については社会評論社『ダメ人間の世界史』でも取り上げたので、よろしければそちらもご参照下さい。
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ハインリヒ4世
http://kurekiken.web.fc2.com/data/2002/020628a.html
西洋キリスト教史 2
http://kurekiken.web.fc2.com/data/1997/971017.html
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by trushbasket
| 2011-09-12 00:25
| My(山田昌弘)








