2011年 10月 11日
続『「男泣き」について考える』~「男泣き」が許されるグローバルスタンダードについて~
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「男泣き」の是非について我が国で歴史的にどう見られていたか、以前の記事で考察してみました。それによれば、どうやら徳川前期より前には男性が涙を流す事へのタブー感は薄かったという事が分かりました。
さて、源平合戦期に平知盛や熊谷直実といった歴戦の勇士すらも人目を憚らず涙で袖をぬらしていた一方、同時代の大江広元は『吾妻鑑』によれば一度も涙を浮かべた事がないと豪語していたとか。因みに広元の主君であった源頼朝はというと、弟の義経が彼の元に駆けつけた際には嬉し泣きして迎え、父の仇を討った曽我兄弟の遺書を読んでは貰い泣きしたりとかなり涙もろい部類だったようです。広元は都出身の実務官僚で別に戦場の勇者ではないですからが泣かないのは冷徹さゆえだと思われ、日本ではいわゆる「男らしさ」と「泣かない」こととは必ずしも一致しない事が分かります。
とはいえ、『万葉集』に
といった歌があり、古代においても男性が涙を流す事を恥とする考え方が存在しなかった訳ではないようです。
他地域を見ると、西洋では早い段階から男は泣くものではないという考えが定着していたようです。例えば神話などで男性が泣くことは稀だそうですし、ストア派哲学者エピクテトスは「もしもオデュッセイアが泣いたりしたら、奴は下らん人間だ」(ウィリアム・H・フレイⅡ『涙 ひとはなぜ泣くのか』石井清子訳 日本教文社 142頁)と述べています。またユーゴの諺には「泣く男は信用できない。自分の貞潔を自慢する女はもっと信用できない」(同書 143頁)というのもあるようです。
イスラーム文化圏でも同様らしく、ナセル朝グラナダ最後の君主ボアブディルは母親から「お前は男らしく自分を守ることを知らないから、女々しく泣くのだ」(同書 143頁)と叱責されたりしてます。インドでも「笑う女性と泣く男性は決して信用してはならない」(同書 143頁)という格言があるそうですから、男性に強く支配的で自制心を持ち弱さを見せない事を求めるのは全世界的な傾向のようです。
しかし、西洋でもルネサンス以降は様子が多少変わるようで、シェークスピア作品の男性はしばしば自らの涙について語りますし、十六世紀のイギリス詩人エドワード・ヤングは「泣くことを恥じるような自尊心の強い男は軽べつせよ」(同書 143頁)なんて言っています。しかしやはり、現在でも男性が弱さを見せてはいけないのは変わらないようです。
そんな中で、除外規定としてはスポーツ選手が勝った時や負けた時に感極まって涙するのは肯定的に見られるようです。また政治家もリンカーンが他人のために泣けることを誇りにしていたとかリンドン・ジョンソンはガンジーの墓の前に立った時に号泣したとかいった話が好意的に伝えられています。
朝鮮半島では、男は無闇に家庭・対人関係を理由に涙すべきではないとされているようです。というのは、男には泣くべき時が定まっており、国家・民族に関わる事例がそれだとか。随分イデオロギー的な「男泣き」ですね。文化人類学者・崔吉城氏はそうした「男泣き」について「強者の涙は強弱の調和を意味する」(崔吉城『哭きの文化人類学 もう一つの韓国文化論』舘野晳訳 勉誠出版 81頁)と述べていますから、朝鮮半島でも男性は強くあるべきというのが前提になっているのが分かります。
こうしてみると、前近代の日本が「男泣き」に随分寛容だったのは世界的にも珍しい部類に入ると言えそうです。王朝時代のように「ここぞというところで泣いて見せ、女をとりこにしたという。泣きどころを心得ていたわけである。」(朝日新聞学芸部編『中世の光景』朝日選書 283-284頁)などと評される光源氏のような人物が理想的男性とされたりするわけですから。しかし、現代日本は強い感情を表面に出す事を慎むのがよしとされています(上述『哭きの文化人類学』でも韓国と対比して日本人は余り泣かないとしています)から西洋に準じて考えてよいでしょう。そこで、現代日本における「男泣き」許容基準について娯楽文化を題材に見てみます。
80年代の『週刊少年ジャンプ』を支えた人気作品である『北斗の拳』や『魁!!男塾』では、何だかんだいって登場する男性キャラたちが結構涙を流しています。同じジャンプでも90年代の『幽☆遊☆白書』あたりと比較しても、格段に男臭い作風である反面で漢たちが格段によく泣く。『北斗』作中における最大の宿敵で世紀末覇者であるラオウなどは、少年時代に「涙は拳に無用 涙をおのれの望みと拳にかえるのだ!」「おれはもうすでに涙を捨てた!!この拳のためそして天をつかむために!!」(『北斗の拳』文庫版第七巻 集英社文庫 58頁)と豪語したにかかわらず実弟トキとの戦いで弟の悲運に涙し、更にこの時に「これがオレがこの生涯で流す最後の涙となろう!!」(同 61頁)と宣言したのですが後に別の場面でまた男泣きしています。『男塾』でも戦いにおいて仲間が戦死した(まあ例によってすぐ生き返ってくるわけですが)時に応援していた塾生達が涙し、立ち会っていた僧侶が「人間の価値なんぞ どんなに名声を得ようが 金持ちになろうが 生きてるうちは わかりはせん それがわかるのは 死んで なん人の友が 自分のために 泣いてくれるかじゃ」(『魁!!男塾』文庫版第三巻 集英社文庫 81頁)と述懐していますから男泣き自体が否定されているわけではないようです。更に続編『暁!!男塾』になるともう一歩進んでいます。作中で、主人公・剣獅子丸(『魁!!男塾』の主人公・剣桃太郎の子)が父から「その使い手を男として認めん限り 絶対 抜くことは 出来んとされておる」(『暁!!男塾』第三漢 ジャンプリミックス版 48頁)という「漢魂刀」なる刀を受け継いだものの中々抜く事が出来ず大苦戦。刀が真価を発揮したのは、苦境を脱するべく自らを犠牲にした友の姿に獅子丸が男泣きしたその時の事だったのです。桃太郎曰く「オマエが友人の為に流した血の涙… その想いを漢魂刀が認めたのだ……!!」(同 57頁)。ここでは、「男泣き」こそが「漢」の証とみなされているわけです。
現代になっても、日本では少なくとも漫画の世界では「男らしさ」と「泣かない」事とは必ずしも一致していないようです(『暁!!男塾』などは完全に逆の事例ですからね)。近代に入り社会一般において泣く事が少なくなった傾向があると柳田国男が指摘しているのは以前に述べましたが、この傾向について歴史作家・村雨退二郎は
と手厳しく批判しています。この意見に関しては社会的情勢の変化や気質の変化などを無視してこう単純に決め付けてよいものか極めて疑問に思います(はっきり言って「近頃の若い者は」の一種以上ではないでしょう)が、
という意見は人情の一面を言い当てたものとはいえます。漫画世界において「男泣き」がしばしば登場する原因の一つでは間違いなくあるでしょう。村雨氏は
と結んでいますが、この辺りが現代日本における「男泣き」許容条件のような気がします。
ただ、近代日本においてはそれも否定的に見られることがあったようです。大正期の作家である中勘助が少年時代を回想した小説『銀の匙』中で、主人公が学校を病欠している間に担任教師が日清戦争のため出征。その際の様子を聞いた主人公は
といった経験をしており、相手を思いやっての「男泣き」も軟弱と見られることがままあった事が読み取れます。どの程度一般性のある話かは分かりませんが。そして昭和前期になると男だけでなく女が泣く事も否定的に取られ「戦争中、軍は戦死した子供たちのために、その母親が泣くことを嫌った。新聞は筆をそろえて、母親たちがみな「涙一滴見せなかった」と書立てた」(『史談蚤の市』 166頁)といった情景もあったとか。
以上、まとめますと、
・基本的にほとんどの文化圏で男は泣くものでないとされている(ただし、前近代の日本は「男泣き」に寛大)
・これは己自身の事で弱さを見せてはならないという意味であり、個人的な弱さゆえでなく他人のため情を動かされ流す涙は寧ろ好意的に見られる傾向がある
と考えてよいのだと思います。日本の近代においては(前近代の反動で)それをも否定する動きがあったようですが、それは人間の自然な感情を否定するものであろう事は以前に述べたとおりでしょうね。
【参考文献】
日本史の快楽 上横手雅敬 角川ソフィア文庫
史談あれやこれ 村雨退二郎 中公文庫
新訂新訓万葉集(上) 佐佐木信綱編 岩波文庫
涙 ひとはなぜ泣くのか ウィリアム・H・フレイⅡ著 石井清子訳 日本教文社
哭きの文化人類学 もう一つの韓国文化論 崔吉城著 舘野晳訳 勉誠出版
中世の光景 朝日新聞学芸部編 朝日選書
史談蚤の市 村雨退二郎 中公文庫
銀の匙 中勘助 岩波文庫
北斗の拳 1~15 武論尊・作 原哲夫・画 集英社文庫
魁!!男塾 3 宮下あきら 集英社文庫
暁!!男塾 第三漢 宮下あきら ジャンプリミックス
関連記事:
「「男泣き」について考える」
「外国から見た日本、日本から見た外国―娯楽文化の視点から―(前半)」、「(後半)」
「昔、オタクありけり ~伊勢物語 HENTAI side~」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
さて、源平合戦期に平知盛や熊谷直実といった歴戦の勇士すらも人目を憚らず涙で袖をぬらしていた一方、同時代の大江広元は『吾妻鑑』によれば一度も涙を浮かべた事がないと豪語していたとか。因みに広元の主君であった源頼朝はというと、弟の義経が彼の元に駆けつけた際には嬉し泣きして迎え、父の仇を討った曽我兄弟の遺書を読んでは貰い泣きしたりとかなり涙もろい部類だったようです。広元は都出身の実務官僚で別に戦場の勇者ではないですからが泣かないのは冷徹さゆえだと思われ、日本ではいわゆる「男らしさ」と「泣かない」こととは必ずしも一致しない事が分かります。
とはいえ、『万葉集』に
ますらをと思へる我や水茎の水城の上に涙拭はむ(巻六)
(立派な男と自分では思っている私であるが、水草の茎のように水中に浮かぶ水城の上で今こうして涙をぬぐっている事よ)
といった歌があり、古代においても男性が涙を流す事を恥とする考え方が存在しなかった訳ではないようです。
他地域を見ると、西洋では早い段階から男は泣くものではないという考えが定着していたようです。例えば神話などで男性が泣くことは稀だそうですし、ストア派哲学者エピクテトスは「もしもオデュッセイアが泣いたりしたら、奴は下らん人間だ」(ウィリアム・H・フレイⅡ『涙 ひとはなぜ泣くのか』石井清子訳 日本教文社 142頁)と述べています。またユーゴの諺には「泣く男は信用できない。自分の貞潔を自慢する女はもっと信用できない」(同書 143頁)というのもあるようです。
イスラーム文化圏でも同様らしく、ナセル朝グラナダ最後の君主ボアブディルは母親から「お前は男らしく自分を守ることを知らないから、女々しく泣くのだ」(同書 143頁)と叱責されたりしてます。インドでも「笑う女性と泣く男性は決して信用してはならない」(同書 143頁)という格言があるそうですから、男性に強く支配的で自制心を持ち弱さを見せない事を求めるのは全世界的な傾向のようです。
しかし、西洋でもルネサンス以降は様子が多少変わるようで、シェークスピア作品の男性はしばしば自らの涙について語りますし、十六世紀のイギリス詩人エドワード・ヤングは「泣くことを恥じるような自尊心の強い男は軽べつせよ」(同書 143頁)なんて言っています。しかしやはり、現在でも男性が弱さを見せてはいけないのは変わらないようです。
そんな中で、除外規定としてはスポーツ選手が勝った時や負けた時に感極まって涙するのは肯定的に見られるようです。また政治家もリンカーンが他人のために泣けることを誇りにしていたとかリンドン・ジョンソンはガンジーの墓の前に立った時に号泣したとかいった話が好意的に伝えられています。
朝鮮半島では、男は無闇に家庭・対人関係を理由に涙すべきではないとされているようです。というのは、男には泣くべき時が定まっており、国家・民族に関わる事例がそれだとか。随分イデオロギー的な「男泣き」ですね。文化人類学者・崔吉城氏はそうした「男泣き」について「強者の涙は強弱の調和を意味する」(崔吉城『哭きの文化人類学 もう一つの韓国文化論』舘野晳訳 勉誠出版 81頁)と述べていますから、朝鮮半島でも男性は強くあるべきというのが前提になっているのが分かります。
こうしてみると、前近代の日本が「男泣き」に随分寛容だったのは世界的にも珍しい部類に入ると言えそうです。王朝時代のように「ここぞというところで泣いて見せ、女をとりこにしたという。泣きどころを心得ていたわけである。」(朝日新聞学芸部編『中世の光景』朝日選書 283-284頁)などと評される光源氏のような人物が理想的男性とされたりするわけですから。しかし、現代日本は強い感情を表面に出す事を慎むのがよしとされています(上述『哭きの文化人類学』でも韓国と対比して日本人は余り泣かないとしています)から西洋に準じて考えてよいでしょう。そこで、現代日本における「男泣き」許容基準について娯楽文化を題材に見てみます。
80年代の『週刊少年ジャンプ』を支えた人気作品である『北斗の拳』や『魁!!男塾』では、何だかんだいって登場する男性キャラたちが結構涙を流しています。同じジャンプでも90年代の『幽☆遊☆白書』あたりと比較しても、格段に男臭い作風である反面で漢たちが格段によく泣く。『北斗』作中における最大の宿敵で世紀末覇者であるラオウなどは、少年時代に「涙は拳に無用 涙をおのれの望みと拳にかえるのだ!」「おれはもうすでに涙を捨てた!!この拳のためそして天をつかむために!!」(『北斗の拳』文庫版第七巻 集英社文庫 58頁)と豪語したにかかわらず実弟トキとの戦いで弟の悲運に涙し、更にこの時に「これがオレがこの生涯で流す最後の涙となろう!!」(同 61頁)と宣言したのですが後に別の場面でまた男泣きしています。『男塾』でも戦いにおいて仲間が戦死した(まあ例によってすぐ生き返ってくるわけですが)時に応援していた塾生達が涙し、立ち会っていた僧侶が「人間の価値なんぞ どんなに名声を得ようが 金持ちになろうが 生きてるうちは わかりはせん それがわかるのは 死んで なん人の友が 自分のために 泣いてくれるかじゃ」(『魁!!男塾』文庫版第三巻 集英社文庫 81頁)と述懐していますから男泣き自体が否定されているわけではないようです。更に続編『暁!!男塾』になるともう一歩進んでいます。作中で、主人公・剣獅子丸(『魁!!男塾』の主人公・剣桃太郎の子)が父から「その使い手を男として認めん限り 絶対 抜くことは 出来んとされておる」(『暁!!男塾』第三漢 ジャンプリミックス版 48頁)という「漢魂刀」なる刀を受け継いだものの中々抜く事が出来ず大苦戦。刀が真価を発揮したのは、苦境を脱するべく自らを犠牲にした友の姿に獅子丸が男泣きしたその時の事だったのです。桃太郎曰く「オマエが友人の為に流した血の涙… その想いを漢魂刀が認めたのだ……!!」(同 57頁)。ここでは、「男泣き」こそが「漢」の証とみなされているわけです。
現代になっても、日本では少なくとも漫画の世界では「男らしさ」と「泣かない」事とは必ずしも一致していないようです(『暁!!男塾』などは完全に逆の事例ですからね)。近代に入り社会一般において泣く事が少なくなった傾向があると柳田国男が指摘しているのは以前に述べましたが、この傾向について歴史作家・村雨退二郎は
他人の不幸を見たり聞いたりして、同情の涙を流さない人が、戦後特に若い人に、たいへん多くなっているように思う。
公式的説明への飛躍に急で、同情の涙を流したり、慰めの言葉を与えるひまがないということは、手段や方法の問題ではなくて、その人の人間失格への第一歩を語るものだ。
(村雨退二郎『史談蚤の市』中公文庫 165頁)
と手厳しく批判しています。この意見に関しては社会的情勢の変化や気質の変化などを無視してこう単純に決め付けてよいものか極めて疑問に思います(はっきり言って「近頃の若い者は」の一種以上ではないでしょう)が、
たとえ涙がすべてを解決しないにしても、人間は涙を愛しているのである。冷たい革命論だけでは、信頼をおかないのである。涙を通じて、はじめて不幸な自分達への同情を読み取り、社会の変革を必要とする理由にも耳を傾けるようになるのである。(同書 166頁)
という意見は人情の一面を言い当てたものとはいえます。漫画世界において「男泣き」がしばしば登場する原因の一つでは間違いなくあるでしょう。村雨氏は
悩みある人、苦しめる人に対して、われわれはまず慰めの言葉を与え、共に泣かなければならないが、同時に進んで、その不幸の根源の除去に努めなければならないのである。
自分のために泣かず、他人のために泣く人は、心の美しい人だと思う。
(同書 167頁)
と結んでいますが、この辺りが現代日本における「男泣き」許容条件のような気がします。
ただ、近代日本においてはそれも否定的に見られることがあったようです。大正期の作家である中勘助が少年時代を回想した小説『銀の匙』中で、主人公が学校を病欠している間に担任教師が日清戦争のため出征。その際の様子を聞いた主人公は
「先生は戦争にでるのだからもう二度とあえないかもしれないが皆は今度の先生のいうことをよくきいて勉強して偉い人にならなければならない」
といったというのをきき急にはらはらと涙をこぼしたものでみんなはあっけにとられて私の顔を見つめ、なかには目ひき袖ひき軽蔑の笑いをもらす者もあった。彼らはまだこのように泣くことを知らないゆえに 男は三年に一ぺん泣くものだ といった先生の訓えを破ってはならぬものと思ってるのであった。(中勘助『銀の匙』岩波文庫 125頁)
といった経験をしており、相手を思いやっての「男泣き」も軟弱と見られることがままあった事が読み取れます。どの程度一般性のある話かは分かりませんが。そして昭和前期になると男だけでなく女が泣く事も否定的に取られ「戦争中、軍は戦死した子供たちのために、その母親が泣くことを嫌った。新聞は筆をそろえて、母親たちがみな「涙一滴見せなかった」と書立てた」(『史談蚤の市』 166頁)といった情景もあったとか。
以上、まとめますと、
・基本的にほとんどの文化圏で男は泣くものでないとされている(ただし、前近代の日本は「男泣き」に寛大)
・これは己自身の事で弱さを見せてはならないという意味であり、個人的な弱さゆえでなく他人のため情を動かされ流す涙は寧ろ好意的に見られる傾向がある
と考えてよいのだと思います。日本の近代においては(前近代の反動で)それをも否定する動きがあったようですが、それは人間の自然な感情を否定するものであろう事は以前に述べたとおりでしょうね。
【参考文献】
日本史の快楽 上横手雅敬 角川ソフィア文庫
史談あれやこれ 村雨退二郎 中公文庫
新訂新訓万葉集(上) 佐佐木信綱編 岩波文庫
涙 ひとはなぜ泣くのか ウィリアム・H・フレイⅡ著 石井清子訳 日本教文社
哭きの文化人類学 もう一つの韓国文化論 崔吉城著 舘野晳訳 勉誠出版
中世の光景 朝日新聞学芸部編 朝日選書
史談蚤の市 村雨退二郎 中公文庫
銀の匙 中勘助 岩波文庫
北斗の拳 1~15 武論尊・作 原哲夫・画 集英社文庫
魁!!男塾 3 宮下あきら 集英社文庫
暁!!男塾 第三漢 宮下あきら ジャンプリミックス
関連記事:
「「男泣き」について考える」
「外国から見た日本、日本から見た外国―娯楽文化の視点から―(前半)」、「(後半)」
「昔、オタクありけり ~伊勢物語 HENTAI side~」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
by trushbasket
| 2011-10-11 23:55
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