<言葉>「読書は心の栄養」~食に関する名言(in 漫画)は読書に当てはまるか?~
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しかしそれはさておき、考えてみれば、外部から何かを自分の中に取り入れるという点で食事と読書は似ています。体にとって食物がそうであるように、本が精神にエネルギーを与え育ててくれるという事例はありえなくもないのかもしれません。もっとも、作家にして大僧正であった今東光は読書に関して「本を読んで栄養になると思ったら大間違いだ。」と言って
オレが本を読め、本を読めとすすめるのは、それを栄養にするためじゃないんだ。本を読めばいかに世の中にバカが多いかということがわかるからでね。本を読んでいても常に自主的に物を考えるんでないと逆効果になるんだ。本読んで、その本に負けて、その著者の考えに捉われたらもうおしまいだよ。いつでも‘自分’というものがこれを読んで、「オレはこの説に反対である」という意識忘れたらダメだ。それがなかったら、読書なんてなんの役にも立たん。
(今東光『毒舌身の上相談』集英社文庫 156-157頁)
と喝破していますが、これはこれで傾聴に値すると思います。
というわけで今回は、漫画で印象に残った食に関する有名な台詞を紹介し、読書にも当てはまるかどうかちょっと見てみましょう。…読書の尊さに賛同した矢先に引用元が漫画なのはアレかもしれませんが、漫画だって出版物の一種には違いありません。
・モノを食べる時はね 誰にも邪魔されず 自由で なんというか 救われてなきゃあ ダメなんだ 独りで静かで 豊かで……(by井之頭五郎 久住昌之原作・谷口ゴロー作画『孤独のグルメ新装版』扶桑社 123頁より)
外食店で昼食をとっていた主人公が、客の前でもバイトの従業員を怒鳴りつけたり小突いたりと態度の悪い店長に切れて発した台詞。なんとなくですが、読書に関しても当てはまりそうな気はします。読書は、ある意味で作者との対話ともいえるもの。外野からあれこれ言われる状況で読むのではなく、心静かに味わいたいですよね。
・うむ…… 防腐剤… 着色料… 保存料… 様々な 化学物質 身体によかろう ハズもない しかし だからとて 健康にいい ものだけを採る これも 健全とは 言い難い 毒も喰らう 栄養も喰らう 両方を共に 美味いと 感じ― 血肉に変える 度量こそが 食には肝要だ(by範馬勇次郎 板垣恵介『範馬刃牙』30巻 秋田書店 59-61頁より)
この台詞の主は「地上最強の生物」らしいので、そりゃアンタは少々の毒なら平気だろうけど…(でも麻酔銃は効くみたいですが)と言いたくなってしまいます。しかし、実際のところ、現代社会において「毒」を除外して食生活を送るのは至難でしょう。致死量を摂取するのは論外にしても、どこかで折り合いをつけるしかないのかも。
そして読書についても、このセリフは当てはまるように思います。第一、精神に対しては何が栄養で何が毒か判別するのもおぼ付きませんし、「毒」だって量や使い方によっては薬になりますよ(無論、逆もしかり)。大事なのは「何を読むか」ではなく、「どう読み、どう活かしたか」ではないでしょうか。そう考えると、「悪書」を追放しようとしたり規制したりといった動きが時々あるのはどうなのかと思います。どんな内容の書物であれ、世に出る機会・手に取る機会を奪ってはいけません。
・こんな場合でなかったら、俺は懐石料理の席でマヨネーズで食べようとは思わない、なぜなら日本の偉大な文化である懐石料理を尊重しているからだ。それと同じことで、フランスの偉大な文化であるフランス料理を尊重するから、カモをわさび醤油で食べるような真似はしたくない、他者の文化を理解しようとせず嘲笑したり破壊しようとする人間は野蛮で下劣だ!!(by山岡士郎 雁屋哲原作・花咲アキラ作画『美味しんぼ』3巻 小学館 92頁より)
発言者の父である美食家・海原雄山がフランス料理を侮辱した振る舞いに出て、懐石料理より完成度で劣ると放言したのを受け、刺身を懐石料理のルールから外れたマヨネーズで食べてみせ雄山の発言が間違いである事を証明して見せた際の台詞です。
これも、一つ前の台詞に通じるものがありそうですね。人間の判断は不完全なものですから、基準はどうしても自分の好みに左右されてしまいます。しかし、自分の好みに合わないからといって、それを劣ったもの・悪いものと決め付け排除してしてしまうのは言語道断かと思います。もし世に劣ったもの・悪いものがあるとしたら、気に入らないというだけの理由で存在を否定し抹消しようとするそうした狭量さがそれではないでしょうか。
いくつか見てきましたが、確かに食に関する台詞には読書にも当てはまるものが結構ありそうです。
【参考文献】
反社会学講座 パオロ・マッツァリーノ ちくま文庫
毒舌身の上相談 今東光 集英社文庫
孤独のグルメ新装版 久住昌之原作・谷口ゴロー作画 扶桑社
範馬刃牙 板垣恵介 秋田書店
美味しんぼ 雁屋哲原作・花咲アキラ作画 小学館
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歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2002/021206.html)
※一ヶ所、引用の誤りを訂正しました。(2012/2/9)