2012年 07月 27日
サムライとナデシコの意味を歴史的に調べてみよう
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さて世の中スポーツがらみで騒がしくなって参りました。
どうせまたサムライだのナデシコだの言ってメディアなど大騒ぎするのでしょうが、
武士だの侍だの美女だのはごく一部で、だいたいにおいて平々凡々たる土百姓・素町人にすぎなかった日本人に、
安易にサムライとかナデシコとかつけるのはいかがなものかと、いささか疑問に感じることもなきにしもあらず。
ところで、良い機会ですからサムライとかナデシコというのがどういう言葉であるのか、ここで一度再確認しておきましょう。
サムライとは貴族の側に仕えることを意味する「さぶらう」という動詞の名詞形「さぶらひ」がなまったものです。
この語は近待、近習を意味していたのですが、武士が台頭し貴族の側に仕えるようになったことで、平安時代に滝口、北面などの武士を意味するようになりました。
それら武士達の出自は郡司、郷司、荘官やその一族で、要は一族郎従を率いて開墾と農業経営に従事する領主階層の生まれでした。鎌倉時代末期に成立した訴訟手続解説書『沙汰未練書』には「侍トハ開発領主ノコト也」との記述があるそうです。
そして武士政権の成立した鎌倉時代において、サムライは社会的身分として確立され、凡下と言われる下の階級と区別されるようになっていきました。ちなみに凡下とは一般民衆やサムライの手下である郎従等を指します。
その後江戸時代には
サムライは、幕臣では御目見え以上(旗本以上)、諸藩では中小姓以上の者がサムライとされました。
中小姓というのは、主君の側近くに仕える小姓と、下っ端で騎乗を許されない徒士の中間の身分だそうです。
ということで
おおざっぱに言って
サムライというのは、金持ちで馬に乗れるえらい武士だ理解しておいて構いません。
さてナデシコの方ですが
言うまでもなく植物の名前です。
これを人間の例えにつかうようになったのは8世紀に成立した『万葉集』において。
美しさの象徴としてナデシコの語が使われ、ナデシコの歌26首中8首において、愛しい女性のおもかげをナデシコに重ねられています。
ただナデシコに例えられるのは女性に限られず男性がナデシコに例えられていることもあります。
で、それがいつのまにやら、辞書的には
日本女性の清楚な美しさをたたえて
大和撫子と呼ぶようになったと。
以上からして、
サムライジャパンとかナデシコジャパンとか自国の人間に名付けて外国に送り出すのは、セレブ集団ニッポンとかビューティー集団ニッポンとか自称してるようなものなので、やっぱりどうかと思ってしまいます。
参考資料
『スーパー・ニッポニカ Professional』小学館
関連記事
外国から見た日本、日本から見た外国―娯楽文化の視点から―(前半),(後半)
年表 日本ヘンタイ帝国史 ~萌えてシコった日本人1500年の軌跡~
日本前近代軍事史
れきけん・とらっしゅばすけっと/京都大学歴史研究会関連発表
本居宣長
http://kurekiken.web.fc2.com/data/2001/011214.html
日本民衆文化史
http://kurekiken.web.fc2.com/data/2002/021206.html
どうせまたサムライだのナデシコだの言ってメディアなど大騒ぎするのでしょうが、
武士だの侍だの美女だのはごく一部で、だいたいにおいて平々凡々たる土百姓・素町人にすぎなかった日本人に、
安易にサムライとかナデシコとかつけるのはいかがなものかと、いささか疑問に感じることもなきにしもあらず。
ところで、良い機会ですからサムライとかナデシコというのがどういう言葉であるのか、ここで一度再確認しておきましょう。
サムライとは貴族の側に仕えることを意味する「さぶらう」という動詞の名詞形「さぶらひ」がなまったものです。
この語は近待、近習を意味していたのですが、武士が台頭し貴族の側に仕えるようになったことで、平安時代に滝口、北面などの武士を意味するようになりました。
それら武士達の出自は郡司、郷司、荘官やその一族で、要は一族郎従を率いて開墾と農業経営に従事する領主階層の生まれでした。鎌倉時代末期に成立した訴訟手続解説書『沙汰未練書』には「侍トハ開発領主ノコト也」との記述があるそうです。
そして武士政権の成立した鎌倉時代において、サムライは社会的身分として確立され、凡下と言われる下の階級と区別されるようになっていきました。ちなみに凡下とは一般民衆やサムライの手下である郎従等を指します。
その後江戸時代には
サムライは、幕臣では御目見え以上(旗本以上)、諸藩では中小姓以上の者がサムライとされました。
中小姓というのは、主君の側近くに仕える小姓と、下っ端で騎乗を許されない徒士の中間の身分だそうです。
ということで
おおざっぱに言って
サムライというのは、金持ちで馬に乗れるえらい武士だ理解しておいて構いません。
さてナデシコの方ですが
言うまでもなく植物の名前です。
これを人間の例えにつかうようになったのは8世紀に成立した『万葉集』において。
美しさの象徴としてナデシコの語が使われ、ナデシコの歌26首中8首において、愛しい女性のおもかげをナデシコに重ねられています。
ただナデシコに例えられるのは女性に限られず男性がナデシコに例えられていることもあります。
で、それがいつのまにやら、辞書的には
日本女性の清楚な美しさをたたえて
大和撫子と呼ぶようになったと。
以上からして、
サムライジャパンとかナデシコジャパンとか自国の人間に名付けて外国に送り出すのは、セレブ集団ニッポンとかビューティー集団ニッポンとか自称してるようなものなので、やっぱりどうかと思ってしまいます。
参考資料
『スーパー・ニッポニカ Professional』小学館
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by trushbasket
| 2012-07-27 00:04
| My(山田昌弘)








