2012年 08月 22日
前近代の軍隊の戦死者数について ~どれだけ殺せば軍隊を全滅させられるか?~
|
先日、ネット上で軍隊の何割が死ぬと全滅(戦闘能力の喪失のこと)と言われるかについて、近現代と前近代は違うという議論が為されているのを目にしました。3割死亡で全滅と言われるが、それは非戦闘員の多い近代軍の話で前近代は違う云々と。
では前近代の軍隊はどの程度死ぬと全滅になるのか、
実際に全滅した軍隊で何割ぐらいが戦死したのかから推論してみたいと思います。
全滅した軍隊と言えば、この手の話題に関心のある人なら誰でも思いつくところとして、第二次ポエニ戦争カンネーの戦いにおけるローマ軍があります。
この戦いでは、
ローマ軍7万6千がカルタゴ軍5万によって四周を出口無く包囲の上、殲滅されました。
おそらく世界の歴史上で最も全滅という語のふさわしい負け戦と言えるでしょう。
で完全に包囲され虐殺されたローマ軍の戦死者ですが、
ローマ系の伝承で4万8千人、カルタゴ系の伝承で7万人
だそうです。
だいたいにおいて戦争史の数字は小さい方が信頼できる傾向にありますから、ここは4万8千の方を信じるとして、
死亡率は63パーセント。
盛時のローマ軍は戦闘意欲・能力の点で前近代の軍隊の最強クラスなので、前近代の軍隊を強さの限界を極めた場合、6割戦死するまでは戦闘能力を維持していると言って良いと思います。つまり6割戦死で全滅。
(スパルタ市民兵だのテーベの神聖部隊だのという特殊な少数精鋭は除く。)
ところで逆にローマ軍がカルタゴ軍の四周を包囲して殲滅したザマの戦いではカルタゴ軍4万3千のうち2万人が死んだと言われています。
これだと47パーセント。まあこの戦いは包囲殲滅戦と言っても、カルタゴ軍に弱っちい新兵が多く含まれ、新兵を並べた戦列はまともな働きをすることなく早々と混乱・逃走、邪魔者として味方から攻撃される有様だったので、カンネーのローマ軍との差はその辺から来ているのでしょう。
このカルタゴ軍、ハンニバルの子飼いの最精鋭、新兵、傭兵の三段の戦列を組んでいまして、それぞれ超強い、超弱い、普通に優秀って感じの戦いぶりを見せてまして、たぶん平均すると普通レベルの軍隊と言うことになるんじゃないかと思います。
ということは普通レベルの軍隊だと5割戦死するまでは戦闘能力を維持していると言って良いかと思います。つまり5割戦死で全滅。
ただ、ここで注意すべき事として前近代の軍隊も戦闘員だけで構成されているわけではないということです。
戦闘員の従者とか、輸送要員とか、女子供とかを軍隊がひきつれてる事が多いですし、従軍商人とか勝手に寄ってくる商売人とか、軍隊のおこぼれを期待する兵士崩れ(状況次第では兵士に戻る)とか、諸々の連中が集まって、前近代の軍隊には戦闘員以上の人数の非戦闘員、準戦闘員の長蛇の列が同伴しているのが通例。酷い場合は戦闘員の数倍に及ぶとか。
印象的な事例だと、ペルシア帝国奥深くでの戦いに参加した後、ペルシア軍や帝国各地の住民と戦闘を交えながら長距離行軍、6000キロの敵中横断の末に故郷へと帰還したギリシア人傭兵部隊など、歴史上でも屈指の過酷な行軍を行った部類だと言って良いでしょうが、この部隊ですら娼婦を同伴してたりします。
敵地深くで前後に敵を受けつつ渡河なんていう極悪なシチュエーションにすら娼婦多数の姿が見えます。
これが前近代の軍隊の実態ですよ。
この他、アレクサンドロス大王がインド遠征の帰りの行った砂漠越えなど、
飲み水の入手も不規則で、水が手に入らない時には、岩の凹みからわずか一杯手に入れて王に献上された水を、その場にぶちまけ、王が兵士と苦難をともにすることをアピールしなければならなかったくらいハードなものでしたが、
この砂漠越え部隊にも女子供は同行していまして、
運良く水場にありつき野営していたところ、
アレクサンドロス大王軍はまぎれもなく古代世界の最強軍の一つで、非常に迅速な行軍で知られているのですが、その軍隊ですら女子供を同伴し、しかも最も過酷な作戦にも連れて行く。
これが前近代の軍隊の実態です。
ちなみに非戦闘員問題についてもう少し話をしておくと、歴史上、従者とか輸送要員を減らし戦闘員に自ら食料を背負わせるという改革で軍隊の機動力を高める例が時に見られることがあり、その実施者は偉大な組織者・改革者としてその名が軍事史に刻まれています。マケドニアのフィリッポス2世とかローマのマリウスとか。
軍隊に結構な人数同行する非戦闘員や準戦闘員のうちどこまでを軍隊の構成員に数え、どの程度の人数と見積もるのか難しい問題ではありますが、確か歴史家ヘロドトスがペルシア軍の兵力を計算する際に、従者を戦闘員と同数と計算していた先例もありますし、ここは戦闘員と同数程度と見ることにして、
前近代の軍隊も非戦闘員まで含めて考えた場合、5~6割のさらに半分
だいたい3割死んだら戦闘能力を喪失し全滅するということになると思います。
なお戦闘員の6割で全滅するとして、軍隊というのは普通戦闘ではそうそう全滅しないもの。
通常はどの程度死ぬのでしょうか?
一般的な戦死率を挙げると、西洋古代の場合、参戦者の10パーセントほどになるそうです(勝利側が5パーセント、敗北側が15パーセントほど)。
西洋古代の戦争は、両軍が正面衝突して白兵戦を交えるという、世界史的に見て特異な異常に激しい戦術を採用しているので、他の地域や他の時代だと戦死率はもっと下がる可能性が高いです。
(意外なことかもしれませんが、戦いで互いに肉薄して白兵戦なんてことは、あまりしないものらしいです。)
参考資料
Geoffrey Parkar編『CAMBRIDGE ILLUSTRATED HISTORY WARFARE』CAMBRIDGE UNIVERSITY PRESS
アーサー・フェリル著『戦争の起源 石器時代からアレクサンドロスにいたる戦争の古代史』鈴木主税・石原正毅訳 河出書房新社
『スーパー・ニッポニカ Professional』小学館
関連記事
歴史における兵士の死因と負傷について ~兵士は意外と戦闘では倒れない~
軍事史概説 戦略と戦術の東西文明五千年史
戦争史における兵力について ~軍事史の巨人ハンス・デルブリュックの著作から~
とらっしゅのーと軍事史図書室(軍事系の重要記事のリンク集)
れきけん・とらっしゅばすけっと/京都大学歴史研究会関連発表
アレクサンドロス
http://kurekiken.web.fc2.com/data/1999/991022.html
では前近代の軍隊はどの程度死ぬと全滅になるのか、
実際に全滅した軍隊で何割ぐらいが戦死したのかから推論してみたいと思います。
全滅した軍隊と言えば、この手の話題に関心のある人なら誰でも思いつくところとして、第二次ポエニ戦争カンネーの戦いにおけるローマ軍があります。
この戦いでは、
ローマ軍7万6千がカルタゴ軍5万によって四周を出口無く包囲の上、殲滅されました。
おそらく世界の歴史上で最も全滅という語のふさわしい負け戦と言えるでしょう。
で完全に包囲され虐殺されたローマ軍の戦死者ですが、
ローマ系の伝承で4万8千人、カルタゴ系の伝承で7万人
だそうです。
だいたいにおいて戦争史の数字は小さい方が信頼できる傾向にありますから、ここは4万8千の方を信じるとして、
死亡率は63パーセント。
盛時のローマ軍は戦闘意欲・能力の点で前近代の軍隊の最強クラスなので、前近代の軍隊を強さの限界を極めた場合、6割戦死するまでは戦闘能力を維持していると言って良いと思います。つまり6割戦死で全滅。
(スパルタ市民兵だのテーベの神聖部隊だのという特殊な少数精鋭は除く。)
ところで逆にローマ軍がカルタゴ軍の四周を包囲して殲滅したザマの戦いではカルタゴ軍4万3千のうち2万人が死んだと言われています。
これだと47パーセント。まあこの戦いは包囲殲滅戦と言っても、カルタゴ軍に弱っちい新兵が多く含まれ、新兵を並べた戦列はまともな働きをすることなく早々と混乱・逃走、邪魔者として味方から攻撃される有様だったので、カンネーのローマ軍との差はその辺から来ているのでしょう。
このカルタゴ軍、ハンニバルの子飼いの最精鋭、新兵、傭兵の三段の戦列を組んでいまして、それぞれ超強い、超弱い、普通に優秀って感じの戦いぶりを見せてまして、たぶん平均すると普通レベルの軍隊と言うことになるんじゃないかと思います。
ということは普通レベルの軍隊だと5割戦死するまでは戦闘能力を維持していると言って良いかと思います。つまり5割戦死で全滅。
ただ、ここで注意すべき事として前近代の軍隊も戦闘員だけで構成されているわけではないということです。
戦闘員の従者とか、輸送要員とか、女子供とかを軍隊がひきつれてる事が多いですし、従軍商人とか勝手に寄ってくる商売人とか、軍隊のおこぼれを期待する兵士崩れ(状況次第では兵士に戻る)とか、諸々の連中が集まって、前近代の軍隊には戦闘員以上の人数の非戦闘員、準戦闘員の長蛇の列が同伴しているのが通例。酷い場合は戦闘員の数倍に及ぶとか。
印象的な事例だと、ペルシア帝国奥深くでの戦いに参加した後、ペルシア軍や帝国各地の住民と戦闘を交えながら長距離行軍、6000キロの敵中横断の末に故郷へと帰還したギリシア人傭兵部隊など、歴史上でも屈指の過酷な行軍を行った部類だと言って良いでしょうが、この部隊ですら娼婦を同伴してたりします。
……。河を渡って前面の敵を破り、背後の敵からも損害を受けぬための、最善の策について協議した。その結論として、ケイリソポスが全軍の半分を率いて先導し河を渡る、残りの半分はクセノポンとともに後に残る、輜重部隊と非戦闘員の一団は、両部隊にはさまって渡河することになった。
……。生贄が吉兆を示すと、全軍の将士が戦いの歌を高らかに唱して鬨の声をあげ、それに合せて女たちもみな叫んだ──隊中には多数の娼婦がいたのである。
(クセノポン『アナバシス 敵中横断6000キロ』松平千秋訳 岩波文庫』168、169頁)
敵地深くで前後に敵を受けつつ渡河なんていう極悪なシチュエーションにすら娼婦多数の姿が見えます。
これが前近代の軍隊の実態ですよ。
この他、アレクサンドロス大王がインド遠征の帰りの行った砂漠越えなど、
飲み水の入手も不規則で、水が手に入らない時には、岩の凹みからわずか一杯手に入れて王に献上された水を、その場にぶちまけ、王が兵士と苦難をともにすることをアピールしなければならなかったくらいハードなものでしたが、
この砂漠越え部隊にも女子供は同行していまして、
運良く水場にありつき野営していたところ、
その川が雨のために増水してふくれ上がり、鉄砲水となって押し寄せた結果、軍に同行していた女子供大多数の命がうばわれ、王専用の行李全部に加えて、せっかく生き残った役畜までもが押し流されてしまったのである。兵士たち自身にしてもやっとのことで、武器とか武具だけを身につけ、かろうじて命拾いしたようなありさまで、そうした戦道具さえ、その一式を全部持ち出せたというわけではなかったのだ。
(アッリアノス『アレクサンドロス大王東征記』大牟田章訳 岩波文庫 141、142頁)
アレクサンドロス大王軍はまぎれもなく古代世界の最強軍の一つで、非常に迅速な行軍で知られているのですが、その軍隊ですら女子供を同伴し、しかも最も過酷な作戦にも連れて行く。
これが前近代の軍隊の実態です。
ちなみに非戦闘員問題についてもう少し話をしておくと、歴史上、従者とか輸送要員を減らし戦闘員に自ら食料を背負わせるという改革で軍隊の機動力を高める例が時に見られることがあり、その実施者は偉大な組織者・改革者としてその名が軍事史に刻まれています。マケドニアのフィリッポス2世とかローマのマリウスとか。
軍隊に結構な人数同行する非戦闘員や準戦闘員のうちどこまでを軍隊の構成員に数え、どの程度の人数と見積もるのか難しい問題ではありますが、確か歴史家ヘロドトスがペルシア軍の兵力を計算する際に、従者を戦闘員と同数と計算していた先例もありますし、ここは戦闘員と同数程度と見ることにして、
前近代の軍隊も非戦闘員まで含めて考えた場合、5~6割のさらに半分
だいたい3割死んだら戦闘能力を喪失し全滅するということになると思います。
なお戦闘員の6割で全滅するとして、軍隊というのは普通戦闘ではそうそう全滅しないもの。
通常はどの程度死ぬのでしょうか?
一般的な戦死率を挙げると、西洋古代の場合、参戦者の10パーセントほどになるそうです(勝利側が5パーセント、敗北側が15パーセントほど)。
西洋古代の戦争は、両軍が正面衝突して白兵戦を交えるという、世界史的に見て特異な異常に激しい戦術を採用しているので、他の地域や他の時代だと戦死率はもっと下がる可能性が高いです。
(意外なことかもしれませんが、戦いで互いに肉薄して白兵戦なんてことは、あまりしないものらしいです。)
参考資料
Geoffrey Parkar編『CAMBRIDGE ILLUSTRATED HISTORY WARFARE』CAMBRIDGE UNIVERSITY PRESS
アーサー・フェリル著『戦争の起源 石器時代からアレクサンドロスにいたる戦争の古代史』鈴木主税・石原正毅訳 河出書房新社
『スーパー・ニッポニカ Professional』小学館
関連記事
歴史における兵士の死因と負傷について ~兵士は意外と戦闘では倒れない~
軍事史概説 戦略と戦術の東西文明五千年史
戦争史における兵力について ~軍事史の巨人ハンス・デルブリュックの著作から~
とらっしゅのーと軍事史図書室(軍事系の重要記事のリンク集)
れきけん・とらっしゅばすけっと/京都大学歴史研究会関連発表
アレクサンドロス
http://kurekiken.web.fc2.com/data/1999/991022.html
by trushbasket
| 2012-08-22 00:22
| My(山田昌弘)








