2012年 09月 30日
四天王の五人目や面汚しを生まないための言葉の使い方 ~強者を数えるための名数について~
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四人の強者をグループ化して称する呼称に「四天王」という語がありますが、
世の中の四天王はしばしば深刻な問題を抱えているようです。
人数が多すぎて四天王の五人とかいうおかしな状態に陥ったり、適格者が足りないせいで本来選ばれてはおかしい最弱野郎を四天王に含めてしまい、四天王の面汚しが誕生してしまったり。
こんなことになってしまうのも、三人や五人のグループに使う呼称が普及していないのが原因なのです。
そういうわけで今日は歴史的に生み出されてきた由緒正しい三人グループや五人グループの呼称を発掘し、将来における四天王問題の発生を抑止するべく、その普及に努めたいと思います。
まず三人グループを指す呼称としては、結構使用頻度の高いものが幾つか存在していています。
三傑
これなど特に著名かと思われます。中国の漢の高祖の特に有能な家臣三名「蕭何・張良・韓信」が三傑と呼ばれているのをご存じの方も多いでしょう。この他、唐の「宋璟・張説・源乾曜」、三国志の英雄劉備の臣下である「諸葛亮(孔明)・関羽・張飛」なども三傑と呼ばれることがあります。日本の人物だと南北朝時代の護良親王に仕えた忠臣「赤松則祐・平賀三郎・村上義光」や、戦国時代の武将徳川家康に仕えた「本多忠勝・榊原康政・井伊直政」も三傑と呼ばれます。また博多の大商人「島井宗室・神谷宗湛・大賀九郎左衛門」を博多の三傑と呼び、江戸時代の儒学者山崎闇斎門下の俊英「佐藤直方・浅見絅斎・三宅尚斎」を崎門三傑と呼びます。この他、明治維新の功労者の内「大久保利通・西郷隆盛・木戸孝允」を維新の三傑と呼びますし、他にも三傑は色々使われています。江戸時代の儒学者である浅見門下三傑、明治の三味線の作曲の三傑、中国清代の京劇俳優の老生三傑、戦前の大物右翼である玄洋社三傑、幕末の儒学者である東条一堂門下の三傑などなどです。
三聖(さんせい)
これも使用頻度の高い語で、世界や地域(主に中国)の聖人を三人ひとまとめにして呼ぶときによく使われますが、聖人以外でも技能に優れた三人を三聖と呼ぶことがあります。
前者の使用例だと「釈迦・孔子・キリスト」「釈迦・孔子・老子」「老子・孔子・顔回」「伏羲・文王・孔子」「尭・舜・禹」「禹・周公・孔子」「文王・武王・周公」「ソクラテス・プラトン・アリストテレス」があります。中国唐代の禅僧「寒山・拾得・豊干」も三聖と呼ばれます。
後者の使用例だと和歌の達人である「柿本人麻呂・山部赤人・衣通姫」、書道の達人である「空海・菅原道真・小野道風」、俳諧の達人である「荒木田守武・山崎宗鑑・飯尾宗祇」があります。
この他仏教においては、「盧遮那仏・文珠菩薩・普賢菩薩」を華厳の三聖、「阿弥陀仏・観世音菩薩・勢至菩薩」を弥陀の三聖と呼びます。
なお「三聖」と書いて「さんしょう」と読む場合もあり、これだとおおむね仏教の仏や菩薩を指し、「釈迦如来・文殊菩薩・弥勒菩薩」を円頓戒の三聖、「毘盧舎那仏・文殊菩薩・普賢菩薩」を華厳の三聖、「阿弥陀如来・観世音菩薩・勢至菩薩」を阿弥陀の三聖、「月光菩薩・光浄菩薩・迦葉菩薩」を震旦の三聖と言います。この他日本では僧侶を「さんしょう」と呼ぶ例があり、天台宗の伝教・慈覚・智証の三大師を「さんしょう」と呼びます
三哲
この語もよく使われたようです。日本では江戸時代の国学の巨人「契沖・賀茂真淵・本居宣長」を三哲と称しますが、中国では学者以外に政治家についても三哲の語が使われたようで、漢の学者「劉向・谷永・耿育」のほか、三国志の英雄「劉備・孫権・曹操」、北魏の政治家「遵業・袁翻・王誦」も三哲と呼ばれます。
三人グループの呼称で使用頻度の高いものは以上ですが、和歌の神をを並べ称する「三神」の語が、「柿本人麻呂・山部赤人・衣通姫」に対して使われることがありますし、通常三つの優れた技芸を指す「三絶」の語が三人の技芸の達人に使われることもあるようです。
この他中国古代の三人の聖王「夏の禹王・殷の湯王・周の文王(または武王)」をあわせて「三王」というのもあります。
では五人グループの呼称を見てみましょう。三人グループの「三傑」「三聖」「三哲」ほど使用頻度の高い呼称は、五人グループにはありません。
五覇
その中で比較的よく使用されているものを敢えて選び出すなら、中国で使われた「五覇」ということになります。春秋の五覇が有名ですが、その他にも「夏伯昆吾・商伯大彭・商伯豕韋・周伯斉桓公・周伯晋文公」の五人を五覇と呼ぶこともあるようです。
この他歴史上使用された五人組の呼称としては
中、東、南、西、北の五方に配置されて魔を下す仏教の五大明王を呼ぶ別称の「五大尊」、
仏法を守護する五人の大力ある菩薩五大力菩薩の別称「五大力」、
中国古代の聖人五人「尭・舜・禹・湯・文王」あるいは「包犠・神農・黄帝・尭・舜」あるいは「神農・尭・舜・禹・湯」を合わせて呼ぶ「五聖」、
「孟子・荀子・揚雄・王通・韓愈」などの組み合わせで中国史上の賢人五人を並称する「五賢」、
中国での浄土教の五人の祖師「曇鸞・道綽・善導・懐感・少康」を呼ぶ「五家」
『三国志演義』や『水滸伝』で使われる「五虎将」
などがあります。
四天王が仏教由来ですから、
実力者三人組や五人組を呼ぶ名称も仏教関連のものを選ぶと調和が取れて良いと思うので、個人的なオススメとしては
「三聖」「五大尊」
を挙げておきます。
参考資料
『スーパー・ニッポニカ Professional』
関連記事(名数いろいろ)
金太郎あるいは坂田金時伝 ~熊と戦う天才少年戦士はその後いかなる功業を打ち立てたか~
「四天王」と呼ばれた人の話
名和長年
「三木一草」と呼ばれた人の話
「南朝五忠臣」
「五忠臣」と呼ばれた人の話
れきけん・とらっしゅばすけっと/京都大学歴史研究会関連発表
中国仏教史
http://kurekiken.web.fc2.com/data/2001/011221.html
世の中の四天王はしばしば深刻な問題を抱えているようです。
人数が多すぎて四天王の五人とかいうおかしな状態に陥ったり、適格者が足りないせいで本来選ばれてはおかしい最弱野郎を四天王に含めてしまい、四天王の面汚しが誕生してしまったり。
こんなことになってしまうのも、三人や五人のグループに使う呼称が普及していないのが原因なのです。
そういうわけで今日は歴史的に生み出されてきた由緒正しい三人グループや五人グループの呼称を発掘し、将来における四天王問題の発生を抑止するべく、その普及に努めたいと思います。
まず三人グループを指す呼称としては、結構使用頻度の高いものが幾つか存在していています。
三傑
これなど特に著名かと思われます。中国の漢の高祖の特に有能な家臣三名「蕭何・張良・韓信」が三傑と呼ばれているのをご存じの方も多いでしょう。この他、唐の「宋璟・張説・源乾曜」、三国志の英雄劉備の臣下である「諸葛亮(孔明)・関羽・張飛」なども三傑と呼ばれることがあります。日本の人物だと南北朝時代の護良親王に仕えた忠臣「赤松則祐・平賀三郎・村上義光」や、戦国時代の武将徳川家康に仕えた「本多忠勝・榊原康政・井伊直政」も三傑と呼ばれます。また博多の大商人「島井宗室・神谷宗湛・大賀九郎左衛門」を博多の三傑と呼び、江戸時代の儒学者山崎闇斎門下の俊英「佐藤直方・浅見絅斎・三宅尚斎」を崎門三傑と呼びます。この他、明治維新の功労者の内「大久保利通・西郷隆盛・木戸孝允」を維新の三傑と呼びますし、他にも三傑は色々使われています。江戸時代の儒学者である浅見門下三傑、明治の三味線の作曲の三傑、中国清代の京劇俳優の老生三傑、戦前の大物右翼である玄洋社三傑、幕末の儒学者である東条一堂門下の三傑などなどです。
三聖(さんせい)
これも使用頻度の高い語で、世界や地域(主に中国)の聖人を三人ひとまとめにして呼ぶときによく使われますが、聖人以外でも技能に優れた三人を三聖と呼ぶことがあります。
前者の使用例だと「釈迦・孔子・キリスト」「釈迦・孔子・老子」「老子・孔子・顔回」「伏羲・文王・孔子」「尭・舜・禹」「禹・周公・孔子」「文王・武王・周公」「ソクラテス・プラトン・アリストテレス」があります。中国唐代の禅僧「寒山・拾得・豊干」も三聖と呼ばれます。
後者の使用例だと和歌の達人である「柿本人麻呂・山部赤人・衣通姫」、書道の達人である「空海・菅原道真・小野道風」、俳諧の達人である「荒木田守武・山崎宗鑑・飯尾宗祇」があります。
この他仏教においては、「盧遮那仏・文珠菩薩・普賢菩薩」を華厳の三聖、「阿弥陀仏・観世音菩薩・勢至菩薩」を弥陀の三聖と呼びます。
なお「三聖」と書いて「さんしょう」と読む場合もあり、これだとおおむね仏教の仏や菩薩を指し、「釈迦如来・文殊菩薩・弥勒菩薩」を円頓戒の三聖、「毘盧舎那仏・文殊菩薩・普賢菩薩」を華厳の三聖、「阿弥陀如来・観世音菩薩・勢至菩薩」を阿弥陀の三聖、「月光菩薩・光浄菩薩・迦葉菩薩」を震旦の三聖と言います。この他日本では僧侶を「さんしょう」と呼ぶ例があり、天台宗の伝教・慈覚・智証の三大師を「さんしょう」と呼びます
三哲
この語もよく使われたようです。日本では江戸時代の国学の巨人「契沖・賀茂真淵・本居宣長」を三哲と称しますが、中国では学者以外に政治家についても三哲の語が使われたようで、漢の学者「劉向・谷永・耿育」のほか、三国志の英雄「劉備・孫権・曹操」、北魏の政治家「遵業・袁翻・王誦」も三哲と呼ばれます。
三人グループの呼称で使用頻度の高いものは以上ですが、和歌の神をを並べ称する「三神」の語が、「柿本人麻呂・山部赤人・衣通姫」に対して使われることがありますし、通常三つの優れた技芸を指す「三絶」の語が三人の技芸の達人に使われることもあるようです。
この他中国古代の三人の聖王「夏の禹王・殷の湯王・周の文王(または武王)」をあわせて「三王」というのもあります。
では五人グループの呼称を見てみましょう。三人グループの「三傑」「三聖」「三哲」ほど使用頻度の高い呼称は、五人グループにはありません。
五覇
その中で比較的よく使用されているものを敢えて選び出すなら、中国で使われた「五覇」ということになります。春秋の五覇が有名ですが、その他にも「夏伯昆吾・商伯大彭・商伯豕韋・周伯斉桓公・周伯晋文公」の五人を五覇と呼ぶこともあるようです。
この他歴史上使用された五人組の呼称としては
中、東、南、西、北の五方に配置されて魔を下す仏教の五大明王を呼ぶ別称の「五大尊」、
仏法を守護する五人の大力ある菩薩五大力菩薩の別称「五大力」、
中国古代の聖人五人「尭・舜・禹・湯・文王」あるいは「包犠・神農・黄帝・尭・舜」あるいは「神農・尭・舜・禹・湯」を合わせて呼ぶ「五聖」、
「孟子・荀子・揚雄・王通・韓愈」などの組み合わせで中国史上の賢人五人を並称する「五賢」、
中国での浄土教の五人の祖師「曇鸞・道綽・善導・懐感・少康」を呼ぶ「五家」
『三国志演義』や『水滸伝』で使われる「五虎将」
などがあります。
四天王が仏教由来ですから、
実力者三人組や五人組を呼ぶ名称も仏教関連のものを選ぶと調和が取れて良いと思うので、個人的なオススメとしては
「三聖」「五大尊」
を挙げておきます。
参考資料
『スーパー・ニッポニカ Professional』
関連記事(名数いろいろ)
金太郎あるいは坂田金時伝 ~熊と戦う天才少年戦士はその後いかなる功業を打ち立てたか~
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名和長年
「三木一草」と呼ばれた人の話
「南朝五忠臣」
「五忠臣」と呼ばれた人の話
れきけん・とらっしゅばすけっと/京都大学歴史研究会関連発表
中国仏教史
http://kurekiken.web.fc2.com/data/2001/011221.html
by trushbasket
| 2012-09-30 20:01
| My(山田昌弘)








