2012年 10月 06日
漢字廃止論を漢文で論じた男や汽船・汽車を愛用した西洋文明排撃論者の話~極論は自己矛盾の元~
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明治維新は、日本史上で最大級の文化的転換期でした。新たな文化が西洋から導入され、古い文化に取って代わる。そうした転換期には、古い文化を積極的に廃絶しようという運動や、逆に新しい文化を有害無益として徹底排除する動きが見られるものです。その中には、主張が激烈すぎた結果として論者自らもそれについていけない事態が生じたこともありました。
以前の記事で、近代前期に漢字廃止論が一部で唱えられた事についてお話しました。その有力な論客の一人に、西周(にし・あまね)という人物がいます。西は近代化にあたって、教育への便宜上、言文一致の必要性を痛感。その一環として、漢字を廃止しローマ字書きとするよう唱えるようになります。明治七年(1874)には「洋字ヲ以テ国語ヲ書スルノ論」を著し、急に漢字を全廃するのではなく漸進的にローマ字に慣れさせる事を主張しています。
さて一方で、彼は西洋から新たな概念を導入するにあたり、訳語・造語を多く行い日本語の語彙増加に貢献しています。加藤周一はその功績をたたえ『明治初期の翻訳』で
と述べています。実際、この加藤の文章にしても西周が作り出した熟語を除外すると
という具合になってしまうのだとか。これじゃ、何が何だかわかりません。これほど西の功績を実感しやすい話はないですよね。
しかし、一見して明らかなように西はこの際に新たな漢字熟語を多数作成するという方法を採用しています。本人としては、「西洋の先進文化を積極的に取り入れ、日本を進歩させる」という意味において漢字廃止論も新漢字熟語作成も首尾一貫しているはず。ですが、現象としては漢字の重要性をますます増加させる結果となってしまいました。これは言葉を使用する立場からすると、相互の方向性が矛盾していると言わざるを得ません。
これは、西に限った話ではなく、漢字廃止論者が陥りやすかった「罠」のようです。かな文字に一本化するよう唱えた前島密も、漢字を駆使して漢字廃止論を述べています。更に、ローマ字論者であった南部美籌に至っては漢文で論旨を展開している。訳がわかりません。
古い文化を闇雲に撤廃しようと極論を出すと、こうした事態に陥るわけですね。
もちろん、こうした自己矛盾は新しい文化を排撃する側にも見られました。同じく明治前期に佐田介石という僧侶が『ランプ亡国論』を唱えて一部で注目を浴び、ランプに限らずあらゆる西洋起源のものは亡国の元だと唱え各地を遊説していたそうです。その言説は一定の影響力を有したようで、彼に共鳴して全ての舶来品を売り払った村もあったとか。そんな彼ですが、そのトンデモぶりや言行不一致を咎める声も強かったようです。例えば明治十四年(1881)7月7日『朝野新聞』によれば、京都での講演会の際に「どうやって京都まで来たか」を尋ねられた佐田が汽車で来たと答えたところ、「なるほど西洋のものは便利ですなあ」とやりこめられたという話です。また、明治十九年(1886)の『古今人物狂詩百面相』でも「洋品ヲ用ルハ総テ馬鹿ト嘲リ己レ安閑ト蒸気船ニ乗ル」と嘲弄されています。やれやれ。
以上を考えると、理想にこだわって現実顧みない無茶な主張をすると自分に返ってきて矛盾が生じる、という結論が出そうです。要は、何事もバランス感覚、「ほどほど」、という事でしょうか。
【参考文献】
明治を生きる群像 近代日本語の成立 飯田晴巳 おうふう
パオロ・マッツァリーノの日本史漫談 パオロ・マッツァリーノ 二見書房
関連記事:
「きんだいのかんじはいしうんどうについて~漢字と日本語~」
「古代・中世中国における、とある風俗紊乱への懸念~宿屋は猥雑、廃止すべし~」
自己矛盾ではないですが、実行不能な極論の話
「古代人「文字を使うとバカになる」 ~新興メディア叩き in 古代ギリシア~」
新しいものへの反発は、大昔から。
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2002/021206.html)
「日本語の歴史概説」
※10/9 関連記事の一つがちゃんとリンクできてなかったので再リンク。
言ってることとやってること、もしくは今言ってる事と前言った事を一致させられず自己矛盾に…。それは偉人ですら例外ではありません。興味のある方は、社会評論社『ダメ人間の世界史』『ダメ人間の日本史』をご覧いただければ該当する人があるかもです。
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以前の記事で、近代前期に漢字廃止論が一部で唱えられた事についてお話しました。その有力な論客の一人に、西周(にし・あまね)という人物がいます。西は近代化にあたって、教育への便宜上、言文一致の必要性を痛感。その一環として、漢字を廃止しローマ字書きとするよう唱えるようになります。明治七年(1874)には「洋字ヲ以テ国語ヲ書スルノ論」を著し、急に漢字を全廃するのではなく漸進的にローマ字に慣れさせる事を主張しています。
さて一方で、彼は西洋から新たな概念を導入するにあたり、訳語・造語を多く行い日本語の語彙増加に貢献しています。加藤周一はその功績をたたえ『明治初期の翻訳』で
西周の訳語を用いずに、現象を観察し、抽象し、概念を定義して、理性的な命題を合成することはできない。すなわち一般に哲学的な思考は不可能である。
(飯田晴巳『明治を生きる群像 近代日本語の成立』おうふう 47頁)
と述べています。実際、この加藤の文章にしても西周が作り出した熟語を除外すると
西周の訳語を用いずに、**を**し、**し、**を**して、**的な**を**することはできない。すなわち一般に**的な**は不可能である。(同書 同頁)
という具合になってしまうのだとか。これじゃ、何が何だかわかりません。これほど西の功績を実感しやすい話はないですよね。
しかし、一見して明らかなように西はこの際に新たな漢字熟語を多数作成するという方法を採用しています。本人としては、「西洋の先進文化を積極的に取り入れ、日本を進歩させる」という意味において漢字廃止論も新漢字熟語作成も首尾一貫しているはず。ですが、現象としては漢字の重要性をますます増加させる結果となってしまいました。これは言葉を使用する立場からすると、相互の方向性が矛盾していると言わざるを得ません。
これは、西に限った話ではなく、漢字廃止論者が陥りやすかった「罠」のようです。かな文字に一本化するよう唱えた前島密も、漢字を駆使して漢字廃止論を述べています。更に、ローマ字論者であった南部美籌に至っては漢文で論旨を展開している。訳がわかりません。
古い文化を闇雲に撤廃しようと極論を出すと、こうした事態に陥るわけですね。
もちろん、こうした自己矛盾は新しい文化を排撃する側にも見られました。同じく明治前期に佐田介石という僧侶が『ランプ亡国論』を唱えて一部で注目を浴び、ランプに限らずあらゆる西洋起源のものは亡国の元だと唱え各地を遊説していたそうです。その言説は一定の影響力を有したようで、彼に共鳴して全ての舶来品を売り払った村もあったとか。そんな彼ですが、そのトンデモぶりや言行不一致を咎める声も強かったようです。例えば明治十四年(1881)7月7日『朝野新聞』によれば、京都での講演会の際に「どうやって京都まで来たか」を尋ねられた佐田が汽車で来たと答えたところ、「なるほど西洋のものは便利ですなあ」とやりこめられたという話です。また、明治十九年(1886)の『古今人物狂詩百面相』でも「洋品ヲ用ルハ総テ馬鹿ト嘲リ己レ安閑ト蒸気船ニ乗ル」と嘲弄されています。やれやれ。
以上を考えると、理想にこだわって現実顧みない無茶な主張をすると自分に返ってきて矛盾が生じる、という結論が出そうです。要は、何事もバランス感覚、「ほどほど」、という事でしょうか。
【参考文献】
明治を生きる群像 近代日本語の成立 飯田晴巳 おうふう
パオロ・マッツァリーノの日本史漫談 パオロ・マッツァリーノ 二見書房
関連記事:
「きんだいのかんじはいしうんどうについて~漢字と日本語~」
「古代・中世中国における、とある風俗紊乱への懸念~宿屋は猥雑、廃止すべし~」
自己矛盾ではないですが、実行不能な極論の話
「古代人「文字を使うとバカになる」 ~新興メディア叩き in 古代ギリシア~」
新しいものへの反発は、大昔から。
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2002/021206.html)
「日本語の歴史概説」
※10/9 関連記事の一つがちゃんとリンクできてなかったので再リンク。
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by trushbasket
| 2012-10-06 10:51
| NF








