2013年 01月 27日
8 騎兵論 ~戦国に騎馬戦は存在したか?~
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荻生徂徠『鈐録外書』8/11
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問題提起(1巻)
異国の軍事書には、騎兵・歩兵と言うことがある。我が国でも藤原不比等公の書簡には、騎兵・歩兵が存在する。しかし最近の軍法では騎兵や歩兵といった名称はあるけれども、馬は道中で足を休めるためのものにすぎない。敵前に至れば騎馬の戦士も皆、徒歩になる。そのため用いるのは歩兵ばかりである。この点、どういうことなのか訳が分からない。
補足(3巻)
第8条の疑問点については、結局今の時代、馬術が拙劣になってしまっているのが原因である。しかし馬術といったところで、元来は乗馬に特別な術も存在しなかった。ただ牧民が馬に乗っていただけといって良い状態が、戦の妙術として扱われたが、これは関東の特技であった。上方は馬が少ないので、乗馬しての働きは戦国の時も未熟であった。他方関東武士は極めつけの文盲である。上方の侍は仮名交じりの文章を綴る程度のことはできるのだが、戦国の時代もこの通りであった。そのため信玄・謙信二公の流儀も、多くは上方武士の覚え書きをかき集めたものである。上方武士は馬に熟練しておらず、騎馬の侍も馬より下り立ち、徒歩となって働くのを、見聞きし覚え書きしておいたのを、太平の世になって軍法として学習することになったため、戦は全てこういうものだと諸流派一同に作法のように考えているのである。牧民の馬に乗るやり方に、学習法や術や口伝といったものは無いので、昔から今に至るまで、馬術などとは称していないのである。大坪・八条の馬術は、天皇・朝廷の御前の馬場で乗馬する際の乗り方であって、馬の姿を見事に見せ、礼儀が乱れないことを主な目的としているため、戦国の時代にも武士の特殊な一芸として、戦に使うのとは別にこれを稽古したのである。上方武士は馬に熟練していないが、馬を稽古せねばならぬ時に、関東の牧民が乗馬するようなやり方は、学習法も口伝もないために、身につけようがなかったのである。そのため大坪・八条などの馬術を習い、その結果馬上での戦闘は成り立ちにくくなり、戦においては騎馬の侍もみな下馬することになった。この覚え書きが世間に行き渡り、今の時代になって全て戦はそういうものだと、様式化してしまったようである。世の中が治まると、侍も裕福になって、関東の武士も大坪・八条を習うことになってきた。近年には大坪・八条も軍馬というものを付け足している。また別に軍馬を教える輩も登場した。真理を知らない、些末な作り事で、心許ない代物である。以上愚考する次第だが、戦はとにかく徒歩が有利になるというのが、定まった道理であるのか。この点よく吟味したいものである。
反論および再反論(5巻)
第8条の馬術の論は、全くもって正しく、指摘の通りである。
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問題提起(1巻)
異国の軍事書には、騎兵・歩兵と言うことがある。我が国でも藤原不比等公の書簡には、騎兵・歩兵が存在する。しかし最近の軍法では騎兵や歩兵といった名称はあるけれども、馬は道中で足を休めるためのものにすぎない。敵前に至れば騎馬の戦士も皆、徒歩になる。そのため用いるのは歩兵ばかりである。この点、どういうことなのか訳が分からない。
補足(3巻)
第8条の疑問点については、結局今の時代、馬術が拙劣になってしまっているのが原因である。しかし馬術といったところで、元来は乗馬に特別な術も存在しなかった。ただ牧民が馬に乗っていただけといって良い状態が、戦の妙術として扱われたが、これは関東の特技であった。上方は馬が少ないので、乗馬しての働きは戦国の時も未熟であった。他方関東武士は極めつけの文盲である。上方の侍は仮名交じりの文章を綴る程度のことはできるのだが、戦国の時代もこの通りであった。そのため信玄・謙信二公の流儀も、多くは上方武士の覚え書きをかき集めたものである。上方武士は馬に熟練しておらず、騎馬の侍も馬より下り立ち、徒歩となって働くのを、見聞きし覚え書きしておいたのを、太平の世になって軍法として学習することになったため、戦は全てこういうものだと諸流派一同に作法のように考えているのである。牧民の馬に乗るやり方に、学習法や術や口伝といったものは無いので、昔から今に至るまで、馬術などとは称していないのである。大坪・八条の馬術は、天皇・朝廷の御前の馬場で乗馬する際の乗り方であって、馬の姿を見事に見せ、礼儀が乱れないことを主な目的としているため、戦国の時代にも武士の特殊な一芸として、戦に使うのとは別にこれを稽古したのである。上方武士は馬に熟練していないが、馬を稽古せねばならぬ時に、関東の牧民が乗馬するようなやり方は、学習法も口伝もないために、身につけようがなかったのである。そのため大坪・八条などの馬術を習い、その結果馬上での戦闘は成り立ちにくくなり、戦においては騎馬の侍もみな下馬することになった。この覚え書きが世間に行き渡り、今の時代になって全て戦はそういうものだと、様式化してしまったようである。世の中が治まると、侍も裕福になって、関東の武士も大坪・八条を習うことになってきた。近年には大坪・八条も軍馬というものを付け足している。また別に軍馬を教える輩も登場した。真理を知らない、些末な作り事で、心許ない代物である。以上愚考する次第だが、戦はとにかく徒歩が有利になるというのが、定まった道理であるのか。この点よく吟味したいものである。
反論および再反論(5巻)
第8条の馬術の論は、全くもって正しく、指摘の通りである。
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by trushbasket
| 2013-01-27 02:18
| My(山田昌弘)








