2013年 02月 21日
「たべちゃうぞ」~補足「泣く子も黙る世界の勇将、知将、名将、殺戮者」~
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子供向け番組において長期にわたり人気を博しているキャラクターとしてガチャピンとムックというのがいます。彼等が登場する番組『ポンキッキ』では「パタパタママ」「はたらくくるま」「ぼくはでんしゃ」を始めとして数々の人気曲が生み出されてきましたが、その中でも一部から強い関心を集めている歌に「たべちゃうぞ」というのがあります。何でも昔にガチャピンが歌った曲らしく、子供への躾を意図した歌だったようです。ただ、詳細な歌詞を御存じの方は少なくないと思いますが、この歌、悪い子は捕まえて食べてしまうとしょっぱなから宣言。それもバターや砂糖をつけるだの大鍋で煮込んでスープにするだのと料理手順を随分と具体的に例示しています。で、聞いた子供が怖がるからと世間の親たちからの抗議を受ける羽目になり短期間で放送中止になったとか。
しかし、この手の脅しは子供の躾けにおける常道のようで、絵本なんかにも同じようなのがあります。個人的には、夜更かしする子がお化けにされる『ねないこだれだ』が結構トラウマでした。ところで、むずかる子供への対応を扱った興味深い民話として、朝鮮半島の「虎と干し柿」というものがあります。なんでも、泣き出した子に対して母親が「山犬が来るよ、虎が来るよ」と言って脅しても効果がなかった。そこで、それなら食べ物で釣ってやろうと「干し柿」と言うと泣き止んだそうで。それを聞いた虎は、「自分の名を聞いても泣き止まなかった子供が、『干し柿』なる名で黙った。『干し柿』とはどんな恐ろしい獣なのか」と考えて恐怖し逃げ去ったということです。ここからは、泣く子を黙らせるのに、怖がらせるという方法は昔からしばしば用いられていたことがわかります。ただし、一方で必ず効果があったわけでもないこと、他の方法が取られることもあったこともうかがい知れるのですが。
さて、マザーグース、すなわち英語圏(主にイギリス)における童謡にもおそらくはそうした意図を込めているであろう作品があります。
ここで脅しのネタに使われているのはナポレオンですね。聞き分けのない子供を「たべちゃうぞ」と脅しているところといい、その際の調理法をえらく具体的に述べている辺りといいガチャピンの歌とそっくりです。それにしても、ナポレオンはどちらかといえばチビとして認識されていたような気がするんですが…、まあそれはどうでもよいですね。イギリスにとって、ヨーロッパを軍事的に席巻したナポレオン帝国は嘗て大きな脅威でしたが、この歌はその名残と見るべきでしょう。
同様に、軍事的脅威であった敵の名を子供の躾けに用いられた例は東西を問わず多く見られていたようで、以前の記事でも数多くの事例が挙げられています。そこから漏れたものを以下で少し追加していきます。
十六世紀初頭の南ドイツではむずかる子供たちに「トルコ人が来るぞ」といえば泣きやんだとか。この頃、オスマン帝国はスレイマン大帝の下で最盛期を迎えており、西欧諸国にとって相当な脅威であったといわれています。一方、イスラーム世界でも十一世紀にリチャード一世が十字軍で猛威を振るった際にその名が轟きわたり泣く子を黙らせる効果があったといいますから双方おあいこかも知れません。
薩摩・大隅の大名であった島津義弘は関ヶ原の戦いにおいて少数の兵で敵中を突破した事で知られていますが、秀吉による朝鮮出兵でも様々な武勲を挙げていたようです。中でも1598年の泗川の戦いにおいては数万に上る明軍・朝鮮の大軍を、約七千の軍勢で散々に打ち破り一説では三万以上の敵を討ち取ったとされています。戦役全体では守勢に曝されていましたが、この凄まじい戦果もあり「石曼子」と呼ばれ恐れられるようになりました。以後、朝鮮では子供を叱る際に「石曼子が来る」と言ったとか。
一方、日本側が朝鮮ら大陸を恐れた例もあります。十三世紀後半にモンゴルの率いる大軍が二度にわたり攻め入ってきましたが、いずれも対馬・壱岐は真っ先に攻撃され大きな被害を出しています。男は殺され、女は捕えられ手に穴を開けられ船に繋がれたという悲惨な話も伝わっています。こうした恐怖がこれらの地域では後世まで残っていたと見え、言う事を聞かない子供に「ムクリコクリ(蒙古・高麗)が来るぞ」といって脅す風習が対馬・壱岐などにあったそうです。
以上のように、子供を脅しつけて叱るのは古今東西で変わらないようです。それも、恐ろしい存在を引き合いに出すという発想も共通していますが、その際に用いられるのは自国を恐怖に陥れた敵の名前が最も多かったようです。とにかく怖いものとして親自身が聞き及んだ事のあるものが選ばれ、恐怖は語り継がれていったと言えそうですね。そう考えると、ガチャピンの歌が抗議によって放送中止になったのは過敏反応な気はするものの、怖ーい敵将と同じ扱いになってしまう事を考えるとやむを得ないんでしょうかね。
【参考文献】
マザーグース1~4 谷川俊太郎訳 和田誠絵 講談社文庫
オスマン帝国 鈴木董 講談社現代新書
戦争の日本史16文禄・慶長の役 中野等著 吉川弘文館
日本史小百科武将 小和田哲夫著 近藤出版社
島津義弘のすべて 三木靖 新人物往来社
蒙古襲来(上) 網野善彦 小学館ライブラリー
日本大百科全書 小学館
哭きの文化人類学 崔吉城著 舘野皙訳 勉誠出版
封印歌謡大全 石橋春海著 三才ブックス
ねないこだれだ 瀬名恵子 福音館書店
関連記事:
「世界各地の「遼 来 来」 ~泣く子も黙る世界の勇将、知将、名将、殺戮者~」
「どれほど兵は神速を尊ぶか? ~歴史的に行軍速度を探求し戦争術評価の尺度とする試み~」
「涼宮ハルヒの名将の憂鬱 前編」、「後編」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「西洋軍事史」
「ハンニバル」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/1997/970627.html)
「民族英雄考―楠木正成と諸国の英雄たち―」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/minzoku.html)
「引きこもりニート列伝その31 李舜臣」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet31.html)
本文と逆に、祖国の危機に立ち向かった英雄たちの話です。
関連サイト:
「ポンキッキ」(http://www.fujitv.co.jp/b_hp/ponkicki/index.html)
「ガチャピン日記」(http://gachapin.fujitvkidsclub.jp/)より
「たべちゃうの?」(http://gachapin.fujitvkidsclub.jp/2008/06/2008626.html)
ガチャピンのブログ。例のネタは、どうもガチャピンについて回るようで。
「たべちゃうぞ」(http://gachapin.fujitvkidsclub.jp/2007/08/2007816.html)
開き直った?(カラオケ屋店長をするイベントの話)
※2013/2/28 マザーグース引用部分が不正確だったので訂正、情報追加しました。
しかし、この手の脅しは子供の躾けにおける常道のようで、絵本なんかにも同じようなのがあります。個人的には、夜更かしする子がお化けにされる『ねないこだれだ』が結構トラウマでした。ところで、むずかる子供への対応を扱った興味深い民話として、朝鮮半島の「虎と干し柿」というものがあります。なんでも、泣き出した子に対して母親が「山犬が来るよ、虎が来るよ」と言って脅しても効果がなかった。そこで、それなら食べ物で釣ってやろうと「干し柿」と言うと泣き止んだそうで。それを聞いた虎は、「自分の名を聞いても泣き止まなかった子供が、『干し柿』なる名で黙った。『干し柿』とはどんな恐ろしい獣なのか」と考えて恐怖し逃げ去ったということです。ここからは、泣く子を黙らせるのに、怖がらせるという方法は昔からしばしば用いられていたことがわかります。ただし、一方で必ず効果があったわけでもないこと、他の方法が取られることもあったこともうかがい知れるのですが。
さて、マザーグース、すなわち英語圏(主にイギリス)における童謡にもおそらくはそうした意図を込めているであろう作品があります。
ぼうや ぼうや いたずらぼうや
なくな わめくな しずかにおしよ
いますぐやめぬと
ボナパルトがくるぞ
ぼうや ぼうや やつはでっかい
せいがたかくて いろがくろくて まるでルーアンのせんとうのよう
いたずらするやつ まいにちたべる
あさめしばんめし ほんとだよ
ぼうや ぼうや うまをとばして とおるとき
やつがなきごえ きいたら
てあしつかんで おまえをひとさき
ねこがねずみを ひきさくように
それからおまえを うってたたいて
おかゆになるまで こまかくくだいて
たべちゃう たべちゃう たべちゃうぞ
ひとくちひとくち がりがりがりと
(谷川俊太郎訳)
(『マザーグース1』谷川俊太郎訳 和田誠絵 講談社文庫 52-53頁)
ここで脅しのネタに使われているのはナポレオンですね。聞き分けのない子供を「たべちゃうぞ」と脅しているところといい、その際の調理法をえらく具体的に述べている辺りといいガチャピンの歌とそっくりです。それにしても、ナポレオンはどちらかといえばチビとして認識されていたような気がするんですが…、まあそれはどうでもよいですね。イギリスにとって、ヨーロッパを軍事的に席巻したナポレオン帝国は嘗て大きな脅威でしたが、この歌はその名残と見るべきでしょう。
同様に、軍事的脅威であった敵の名を子供の躾けに用いられた例は東西を問わず多く見られていたようで、以前の記事でも数多くの事例が挙げられています。そこから漏れたものを以下で少し追加していきます。
十六世紀初頭の南ドイツではむずかる子供たちに「トルコ人が来るぞ」といえば泣きやんだとか。この頃、オスマン帝国はスレイマン大帝の下で最盛期を迎えており、西欧諸国にとって相当な脅威であったといわれています。一方、イスラーム世界でも十一世紀にリチャード一世が十字軍で猛威を振るった際にその名が轟きわたり泣く子を黙らせる効果があったといいますから双方おあいこかも知れません。
薩摩・大隅の大名であった島津義弘は関ヶ原の戦いにおいて少数の兵で敵中を突破した事で知られていますが、秀吉による朝鮮出兵でも様々な武勲を挙げていたようです。中でも1598年の泗川の戦いにおいては数万に上る明軍・朝鮮の大軍を、約七千の軍勢で散々に打ち破り一説では三万以上の敵を討ち取ったとされています。戦役全体では守勢に曝されていましたが、この凄まじい戦果もあり「石曼子」と呼ばれ恐れられるようになりました。以後、朝鮮では子供を叱る際に「石曼子が来る」と言ったとか。
一方、日本側が朝鮮ら大陸を恐れた例もあります。十三世紀後半にモンゴルの率いる大軍が二度にわたり攻め入ってきましたが、いずれも対馬・壱岐は真っ先に攻撃され大きな被害を出しています。男は殺され、女は捕えられ手に穴を開けられ船に繋がれたという悲惨な話も伝わっています。こうした恐怖がこれらの地域では後世まで残っていたと見え、言う事を聞かない子供に「ムクリコクリ(蒙古・高麗)が来るぞ」といって脅す風習が対馬・壱岐などにあったそうです。
以上のように、子供を脅しつけて叱るのは古今東西で変わらないようです。それも、恐ろしい存在を引き合いに出すという発想も共通していますが、その際に用いられるのは自国を恐怖に陥れた敵の名前が最も多かったようです。とにかく怖いものとして親自身が聞き及んだ事のあるものが選ばれ、恐怖は語り継がれていったと言えそうですね。そう考えると、ガチャピンの歌が抗議によって放送中止になったのは過敏反応な気はするものの、怖ーい敵将と同じ扱いになってしまう事を考えるとやむを得ないんでしょうかね。
【参考文献】
マザーグース1~4 谷川俊太郎訳 和田誠絵 講談社文庫
オスマン帝国 鈴木董 講談社現代新書
戦争の日本史16文禄・慶長の役 中野等著 吉川弘文館
日本史小百科武将 小和田哲夫著 近藤出版社
島津義弘のすべて 三木靖 新人物往来社
蒙古襲来(上) 網野善彦 小学館ライブラリー
日本大百科全書 小学館
哭きの文化人類学 崔吉城著 舘野皙訳 勉誠出版
封印歌謡大全 石橋春海著 三才ブックス
ねないこだれだ 瀬名恵子 福音館書店
関連記事:
「世界各地の「遼 来 来」 ~泣く子も黙る世界の勇将、知将、名将、殺戮者~」
「どれほど兵は神速を尊ぶか? ~歴史的に行軍速度を探求し戦争術評価の尺度とする試み~」
「涼宮ハルヒの名将の憂鬱 前編」、「後編」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「西洋軍事史」
「ハンニバル」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/1997/970627.html)
「民族英雄考―楠木正成と諸国の英雄たち―」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/minzoku.html)
「引きこもりニート列伝その31 李舜臣」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet31.html)
本文と逆に、祖国の危機に立ち向かった英雄たちの話です。
関連サイト:
「ポンキッキ」(http://www.fujitv.co.jp/b_hp/ponkicki/index.html)
「ガチャピン日記」(http://gachapin.fujitvkidsclub.jp/)より
「たべちゃうの?」(http://gachapin.fujitvkidsclub.jp/2008/06/2008626.html)
ガチャピンのブログ。例のネタは、どうもガチャピンについて回るようで。
「たべちゃうぞ」(http://gachapin.fujitvkidsclub.jp/2007/08/2007816.html)
開き直った?(カラオケ屋店長をするイベントの話)
※2013/2/28 マザーグース引用部分が不正確だったので訂正、情報追加しました。
by trushbasket
| 2013-02-21 21:13
| NF








