2013年 06月 22日
作家・今東光が見た「リア王」(リア充の王)近衛文麿の風格 ~真のリア充は非コミュ、ぼっちにも優しい~
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「リア充」という言葉がネットだけでなく一般にも広がって久しいように思います。…一応念のため解説しておきますと、「リア充」とはリアル、すなわち現実生活が充実していると思しき人々を指すネットスラングです。こちらに来られる方は大概ご存知かとは思いますが。広く使われるようになったせいか、どこからが「リア充」なのかという定義は人それぞれになっているようです。そうした人々の中には、友人がいなかったり(「一人ぼっち」から「ぼっち」と呼ばれます)対人関係が苦手だったり(コミュニケーション能力が乏しい事から「非コミュ」といわれたりします)する非「リア充」に対し嘲弄する者がいる(※)とされる一方で、こうした「ぼっち」や「非コミュ」に対しても普通に親切に接する能力・人格とも優れた人も少なくないとも言われるようですね。
※彼らの事を、周囲の価値観に付和雷同し自らのステイタスを挙げようと必死な「キョロ充」として区別する向きもあります。
さて、「リア充」の定義がばらばらなのは前述した通りですが、誰もが「リア充」と認めるであろう「リア充の中のリア充」というべき人は、後者なイメージを持たれている事が多い気がします。娯楽作品において、そうしたキャラクターとして最も有名なのが国民的人気漫画『ドラえもん』に登場する出木杉少年でしょう。学業優秀、スポーツ万能で容姿や性格まで良いというのですから、まさしく「出来すぎ」。比較的最近の作品から見られる事例としては、人気ライトノベル作品『僕は友達が少ない』に登場する生徒会長・日高日向が挙げられるでしょう。何しろヒロインの一人・三日月夜空から「リア充の王」という意味で「リア王」とあだ名されています。彼女も容姿端麗・スポーツ万能であるだけでなく、闊達な性格と度量の大きさを併せ持った人物。もっとも、重度のぼっち気質な夜空からすれば存在自体が妬ましいらしく、「リア王」というのは同名のシェイクスピア悲劇の主人公のように悲惨な末路を遂げろというニュアンスもこめた呼称のようで。やれやれ。
それはさておき、リア中の中のリア充というのは実際に昔から出木杉少年や「リア王」な会長さんのようなものなのでしょうか。少し歴史的実例から見てみましょう。選ぶべきサンプルとしては、やはり権力者たちが分かりやすいでしょう。中でも、日本の権力者たちの頂点である歴代首相の中からリア充度が高そうな人物を見繕えば、リア充の中のリア充と呼べそう。という訳で、昭和前期に首相を務めた近衛文麿を見てみる事にいたしましょう。
近衛文麿がどれだけリア充度が高かったかといえば、最初に首相就任した際には洗練された容姿もあって庶民からの人気者。そして京大卒。当時の京大は「京都帝国大学」と呼ばれていた時代で卒業生は現代よりはるかに希少価値がありました。それも考慮すると、近衛は学力も十二分にあったと考えてよいでしょう。更に名門中の名門出身で、それでいながら社会主義思想にも一定の理解がある。そうした事から、左右両翼から期待されていたようです。さて、近衛は名門出身と申し上げましたが、どの位名門かといえば、藤原摂関家の嫡流。歴代首相で彼より家格が高いのは皇族である東久邇宮稔彦だけです。近衛とも交流があった作家・今東光によれば、こんな逸話があったとか。近衛がまだ京都帝大で学生だった時分の頃、既に政界の大物であった西園寺公望から別邸へ招待されました。その別邸が京大からすぐ北にある事もあって、近衛は久留米の白絣に小倉の袴を身につけ、腰にタオル、下駄履きといういかにもな書生スタイルで訪問。近衛が座敷に入って待っていると、主人である西園寺が現れて次の間で手をついて平伏し
と言ったとか。まだ一介の書生であるうちから既に日本の臣下筆頭で、政界の大立者から平伏される御身分。まさにリア充の中のリア充と申せましょう。余談ながら、近衛に平伏して挨拶した西園寺は部屋に通ると今度は自身が上座につき、
と言葉を続けたそうです。年齢も公人としても西園寺の方が考えるまでもなく格上ですものね。
さて、このリア充中のリア充である近衛は、非リア充にどのように接していたのか。これについても、今東光の証言があります。一族等が集まって大宴会が開かれたときの事。近衛は当然、最上席である床の間の正面に座しており一流どころの芸者たちが次々と酌にやってきます。しかし彼は彼女たちを周囲の客たちに回し、部屋の入り口にいた末座の芸者を呼んだそうです。芸者仲間内でもパッとせず小さくなっていた彼女は、上位の芸者から小馬鹿にされつつも「何々ちゃん、御前がお呼びよ」(今東光『毒舌身の上相談』集英社文庫 150頁)と伝えられ驚き緊張して震えながら近衛の前に出る。ひょっとするとこの時、彼女は「ひょっとして何か粗相をしただろうか」といった思いすら抱いていたかもしれません。そうして自分の前にやってきた彼女に、近衛がやった事はと申しますと。まず彼女に酒を注がせて飲み、その上で今度は自ら「君に一杯ご返杯」(同書150-151頁)と彼女に酌をしたそうです。これを目の当たりにした今東光は、天性の政治家だと感嘆。曰く、
とのこと。何しろ彼は、凡百の国会議員たちの
という光景をしばしば目にしていたようですからそうした感想を抱くのも無理はありません。
近衛の首相としての事跡は、日本が泥沼の戦争に突っ込んでいくのを止められなかったというのもあって歴代でもかなり残念な部類といわざるを得ません。しかしそんな近衛でも、首相になるだけあって平凡な政治家と比べると人物としての度量が違ったという事なのでしょうね。非リア充な立場の人間にもごく自然に優しく振舞えて初めて本当のリア充である、という事は彼の逸話からも読み取って良さそうです。近衛はまさしく、その意味でもリア中の王たる「リア王」と呼んで良さそうな。…末路が悲惨だった点まで「リア王」っぽくなくてもよさそうなものですが。
まあここは、今東光がこの件から引き出した
という教訓を心に刻んで綺麗にしめるのが良さそうです。
【参考文献】
毒舌身の上相談 今東光 集英社文庫
毒舌日本史 今東光 文春文庫
内閣総理大臣ファイル GB
近衛文麿と重臣たち 戸川猪佐武 講談社文庫
東条英機と軍部独裁 戸川猪佐武 講談社文庫
僕は友達が少ない7・8 平坂読 MF文庫
関連記事:
「ローマ帝国の英知に学ぶ彼女の作り方 ~これで来年こそリア充だ~」
「石原慎太郎著『太陽の季節』に学ぶキモオタでもできる女の口説き方 ~これで「お前ら」もリア充だ~」
「「エア友達」をめぐる考え方について~とあるサラリーマン漫画の視線~」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「足利尊氏」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2001/010511.html)
この人も、「リア王」気質かもしれません。
近衛文麿が歴史の表舞台に立った時代に我が国が舐めた苦難。その収拾について興味のある方は、社会評論社『敗戦処理首脳列伝』を御参照下さいますと幸いです。
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当ブログ内紹介記事
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※追記。御存じの方も多いかとは思いますが、冒頭で触れた日向と夜空の間にはそれだけでない因縁があるのだそうです。でもまあ、ネタバレになってもいけないし、本題には直接関係ない話題でもあるのであえてこのままにしておきます。…実際は面倒なだけという疑惑もありますが。(2014/6/8)
※彼らの事を、周囲の価値観に付和雷同し自らのステイタスを挙げようと必死な「キョロ充」として区別する向きもあります。
さて、「リア充」の定義がばらばらなのは前述した通りですが、誰もが「リア充」と認めるであろう「リア充の中のリア充」というべき人は、後者なイメージを持たれている事が多い気がします。娯楽作品において、そうしたキャラクターとして最も有名なのが国民的人気漫画『ドラえもん』に登場する出木杉少年でしょう。学業優秀、スポーツ万能で容姿や性格まで良いというのですから、まさしく「出来すぎ」。比較的最近の作品から見られる事例としては、人気ライトノベル作品『僕は友達が少ない』に登場する生徒会長・日高日向が挙げられるでしょう。何しろヒロインの一人・三日月夜空から「リア充の王」という意味で「リア王」とあだ名されています。彼女も容姿端麗・スポーツ万能であるだけでなく、闊達な性格と度量の大きさを併せ持った人物。もっとも、重度のぼっち気質な夜空からすれば存在自体が妬ましいらしく、「リア王」というのは同名のシェイクスピア悲劇の主人公のように悲惨な末路を遂げろというニュアンスもこめた呼称のようで。やれやれ。
それはさておき、リア中の中のリア充というのは実際に昔から出木杉少年や「リア王」な会長さんのようなものなのでしょうか。少し歴史的実例から見てみましょう。選ぶべきサンプルとしては、やはり権力者たちが分かりやすいでしょう。中でも、日本の権力者たちの頂点である歴代首相の中からリア充度が高そうな人物を見繕えば、リア充の中のリア充と呼べそう。という訳で、昭和前期に首相を務めた近衛文麿を見てみる事にいたしましょう。
近衛文麿がどれだけリア充度が高かったかといえば、最初に首相就任した際には洗練された容姿もあって庶民からの人気者。そして京大卒。当時の京大は「京都帝国大学」と呼ばれていた時代で卒業生は現代よりはるかに希少価値がありました。それも考慮すると、近衛は学力も十二分にあったと考えてよいでしょう。更に名門中の名門出身で、それでいながら社会主義思想にも一定の理解がある。そうした事から、左右両翼から期待されていたようです。さて、近衛は名門出身と申し上げましたが、どの位名門かといえば、藤原摂関家の嫡流。歴代首相で彼より家格が高いのは皇族である東久邇宮稔彦だけです。近衛とも交流があった作家・今東光によれば、こんな逸話があったとか。近衛がまだ京都帝大で学生だった時分の頃、既に政界の大物であった西園寺公望から別邸へ招待されました。その別邸が京大からすぐ北にある事もあって、近衛は久留米の白絣に小倉の袴を身につけ、腰にタオル、下駄履きといういかにもな書生スタイルで訪問。近衛が座敷に入って待っていると、主人である西園寺が現れて次の間で手をついて平伏し
「今日は藤原家の氏の長者(氏の上)に御いで頂きまして、まことに身にあまる光栄で御座います。西園寺公望あらためて御挨拶いたします」(今東光『毒舌日本史』文春文庫 184頁)
と言ったとか。まだ一介の書生であるうちから既に日本の臣下筆頭で、政界の大立者から平伏される御身分。まさにリア充の中のリア充と申せましょう。余談ながら、近衛に平伏して挨拶した西園寺は部屋に通ると今度は自身が上座につき、
「今度はわたくしが政界の先輩として貴方にお話を申し上げる番です。どうか御気にされないでお聞き下さい」(同書 185頁)
と言葉を続けたそうです。年齢も公人としても西園寺の方が考えるまでもなく格上ですものね。
さて、このリア充中のリア充である近衛は、非リア充にどのように接していたのか。これについても、今東光の証言があります。一族等が集まって大宴会が開かれたときの事。近衛は当然、最上席である床の間の正面に座しており一流どころの芸者たちが次々と酌にやってきます。しかし彼は彼女たちを周囲の客たちに回し、部屋の入り口にいた末座の芸者を呼んだそうです。芸者仲間内でもパッとせず小さくなっていた彼女は、上位の芸者から小馬鹿にされつつも「何々ちゃん、御前がお呼びよ」(今東光『毒舌身の上相談』集英社文庫 150頁)と伝えられ驚き緊張して震えながら近衛の前に出る。ひょっとするとこの時、彼女は「ひょっとして何か粗相をしただろうか」といった思いすら抱いていたかもしれません。そうして自分の前にやってきた彼女に、近衛がやった事はと申しますと。まず彼女に酒を注がせて飲み、その上で今度は自ら「君に一杯ご返杯」(同書150-151頁)と彼女に酌をしたそうです。これを目の当たりにした今東光は、天性の政治家だと感嘆。曰く、
この芸者、もう夜も眠れないぜ、感激しちゃってよ。そのやり方がいかにも自然なんだ。わざとこれ見よがしじゃなく、他の客が気がつかないくらいにスッとやる。(同書151頁)
とのこと。何しろ彼は、凡百の国会議員たちの
ド真中にいて、ナンバー・ワンとナンバー・ツーを左右に抱いちゃって、「議会でな、おれ、この間やってやったんだ……」てなことを言ってやがる(同書151頁)
という光景をしばしば目にしていたようですからそうした感想を抱くのも無理はありません。
近衛の首相としての事跡は、日本が泥沼の戦争に突っ込んでいくのを止められなかったというのもあって歴代でもかなり残念な部類といわざるを得ません。しかしそんな近衛でも、首相になるだけあって平凡な政治家と比べると人物としての度量が違ったという事なのでしょうね。非リア充な立場の人間にもごく自然に優しく振舞えて初めて本当のリア充である、という事は彼の逸話からも読み取って良さそうです。近衛はまさしく、その意味でもリア中の王たる「リア王」と呼んで良さそうな。…末路が悲惨だった点まで「リア王」っぽくなくてもよさそうなものですが。
まあここは、今東光がこの件から引き出した
バーなんかでも、どうしたって馴染みが側へ来る。あるいはそこのナンバー・ワンが、っていうようなもんだろう。ところが隅っこに客もつかずにいてモテナイのがいるよ、侘しく。それを、「おいで、こっちに」って言って、そして話したりなんかする。人間には、こういうのがなくっちゃね。(同書 151頁)
という教訓を心に刻んで綺麗にしめるのが良さそうです。
【参考文献】
毒舌身の上相談 今東光 集英社文庫
毒舌日本史 今東光 文春文庫
内閣総理大臣ファイル GB
近衛文麿と重臣たち 戸川猪佐武 講談社文庫
東条英機と軍部独裁 戸川猪佐武 講談社文庫
僕は友達が少ない7・8 平坂読 MF文庫
関連記事:
「ローマ帝国の英知に学ぶ彼女の作り方 ~これで来年こそリア充だ~」
「石原慎太郎著『太陽の季節』に学ぶキモオタでもできる女の口説き方 ~これで「お前ら」もリア充だ~」
「「エア友達」をめぐる考え方について~とあるサラリーマン漫画の視線~」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「足利尊氏」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2001/010511.html)
この人も、「リア王」気質かもしれません。
近衛文麿が歴史の表舞台に立った時代に我が国が舐めた苦難。その収拾について興味のある方は、社会評論社『敗戦処理首脳列伝』を御参照下さいますと幸いです。
Amazon :『敗戦処理首脳列伝』楽天ブックス:『敗戦処理首脳列伝』
当ブログ内紹介記事
楽天ブックス:敗戦処理首脳列伝
※追記。御存じの方も多いかとは思いますが、冒頭で触れた日向と夜空の間にはそれだけでない因縁があるのだそうです。でもまあ、ネタバレになってもいけないし、本題には直接関係ない話題でもあるのであえてこのままにしておきます。…実際は面倒なだけという疑惑もありますが。(2014/6/8)
by trushbasket
| 2013-06-22 22:40
| NF








