王者と食欲~超人はなぜ大食い自慢をするのか~
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関連サイト:
「アニメソングの歌詞ならここにおまかせ?」(http://www.jtw.zaq.ne.jp/animesong/)より
「ベジータさまのお料理地獄!!~「お好み焼き」の巻~」(http://www.jtw.zaq.ne.jp/animesong/to/dragonballz/vegeta.html)
さて、80年代に人気を博した漫画作品に『キン肉マン』という作品があります。ゆでたまご先生による作品で、現在続編が連載されているようですが、正義や悪魔といった属性の「超人」たちが覇権を廻ってレスリングで戦うという物語。そこに登場する超人たちのキャラクターソングは全体的に歌唱力が高く面白いものが多い印象があります。とはいえ、中盤のタッグトーナメント編に登場する超人のキャラクターソングは何だか変。超人たちがやけにその食欲旺盛ぶりを豪傑笑いと共にアピールしています。該当するものを挙げると、
モンゴルマン:焼肉100人前を食べると表明
ネプチューンマン:優勝すれば牛の丸焼きを10頭食べると宣言
ビッグ・ザ・武道:寿司100人分食べる
プリンス・カメハメ:日本の醤油ラーメンが食べたいとこぼす
ペンタゴン:ハンバーガーが好物で200個は食べられる
スクリューキッド:鰐の蒲焼が好物と言明
ジェロニモ:稲荷寿司が好きで1000個食べると宣言
ケンダマン:タイトルは不要だが鯛焼き1万個食べる
といった具合。戦闘力の強さをアピールするならともかく、なにゆえ大食い自慢?それも色物キャラだけでなくモンゴルマンのような味方の実力者キャラやタッグトーナメント編のラスボスであるビッグ・ザ・武道とネプチューンマンのコンビまでそれに参加している始末。ケンダマンに至っては(本業であるはずの)タイトル獲得よりも好物の方を優先する発言をしています。彼らは何を考えて大食いぶりを主張しているのでしょう?例によって歴史を参考にして考えてみる事にしましょう。
中国古代の殷王朝最後の王で、暴君として知られる紂王は伝承によれば酒を池に満たし林の樹木に干し肉をぶらさげて裸の男女がそこで戯れるのを見て一晩中宴会をし牛飲馬食したと伝えられるとか。彼の贅沢ぶりを井波律子氏は「基本的にまったくソフィストケイトされない、即物的なもの」(井波律子『酒池肉林』 講談社学術文庫 17頁)と評しています。井波氏は紂に限らず中国の歴代皇帝による贅沢は「絶大な権力をもって有無をいわさず自らのもとに一極集中」(同書 107頁)させるもので「いずれの場合も、財宝、食糧、美女など、なんでもかんでも手もとに一極集中させたうえで、巨大な建造物や庭園を造営したり、大旅行を試みたりして、その富をはなばなしく蕩尽するというスタイルであり、せんじつめれば分量重視の物量作戦」(同書 21頁)であると要約。
中国史研究の大家・宮崎市定氏もまた「中国における奢侈の変遷」で紂を例に挙げて「単に酒池肉林でいわゆる長夜の宴をなしたのであって、当時の奢侈は何でも物量を貴んだ」(同書 18頁より引用)と述べ、「奢侈」という言葉の語源についても「奢は大きな者と書き、侈は多い人と書き、いずれも分量的な意味を離れない」(同書 18-19頁)としているそうで。だとすると、中国史において王者の贅沢は、本質的に分量の問題であると言えるのでしょうか。例を挙げると中国王朝時代の最後を飾る最高権力者であった清の西太后は一日の食事のうち二回の正餐では百皿、二回の間食で五十皿の料理を毎日並べさせていたといいます。実際に手をつけるのは数皿だけにせよ、分量が王者の威厳を示すと考えられていたのはこの時期に至っても同じである事が読み取れるでしょう。
次に西洋史にも目を向けてみましょう。中央政府の実力が安定し国王の権力が頂点に達したルイ十四世の時代、公式晩餐は国民に公開されており、「臣下にとっては最上の見世物だった。彼らは柵ごしに、あるいは階段にならんで、国王がもりもり食べ、手をソースにつっこむ(というのもルイ十四世はまだ指を使って食べていたからだが)をよく見物した」(ロミ著『悪食大全』 作品社 93頁)そうで国王がその食欲を見せ付けていた事が伺えますが、サン・シモンによれば「国王は夜昼となく、そして例外なくたっぷりと召し上がったが、あまりにはなばなしいので何度拝見しても驚かざるを得なかった」「サラダも、汁と香辛料がふんだんに入ったスープも信じられないほどたくさん召し上がったが、パンたるや酵母と牛乳がいっぱいの粗悪きわまるものだった」(同書 93頁)といった具合でフランス宮廷でも質をおいてでも分量を優先していた事が分かります。ルイ十四世時代の祝宴では236皿の料理が並び、ルイ十五世も少食であったにもかかわらず256皿が用意されたといいますから、王者の贅沢が本質的に分量重視であったのはフランスでも変らないようです。中国・フランスと美食で知られた国の両方で物量重視であったことを考慮すると、これはある程度普遍性をもっていると考えても良いでしょう。
農耕の普及により余剰食糧生産物が生じ、それを多く貯蔵したものが権力者となっていったというのは日本を含めた農耕文明圏の共通した特徴であると思われますので、食糧を多く持っている事を見せ付ける事、さらにそれらを平らげられると見せる事が王者の威厳に繋がるという発想が生まれたのも自然な事かもしれません。
以上から考えると、超人たちがやたらと食欲をアピールしているのも自分の強さや威厳を見せつけようと意図してだと考えられます。
【参考文献】
酒池肉林 井波律子 講談社学術文庫
悪食大全 ロミ著 高遠弘美訳 作品社
食べる日本史 樋口清之 朝日文庫
キン肉マン超人大全集(CD) コロムビアミュージックエンタテインメント
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歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「人を食った話」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/cannibal.html)
「食卓越しの政治史」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/eating.html)
関連サイト:
「アニメソングの歌詞ならここにおまかせ?」(http://www.jtw.zaq.ne.jp/animesong/)より
「キン肉マンの曲リスト」(http://www.jtw.zaq.ne.jp/animesong/ki/kinniku/index.html)