2013年 08月 21日
「バースの再来」と呼ばれたメジャーリーガーたち~虎で夢破れた助っ人たちが海の向こうで見せていた雄姿~
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プロ野球開幕前には、助っ人外国人選手は大きな期待を受ける事がしばしばです。中でも阪神の助っ人は、しばしば「バースの再来」と呼ばれたりします。プロ野球史上最強とも呼ばれる偉大な実績を残したランディ・バース内野手と同様な活躍を期待されるわけですから、これは大きなプレッシャーでしょう。そのせいか、それとも阪神の眼力に問題があるせいなのか、「バースの再来」といわれた選手たちはどうも振るわない傾向があります。とはいえ、彼らにも海の向こうで実績を残してきた事例は少なくありません。そこで、今回はランディ・バース退団後に阪神へ入団した助っ人野手のうち、メジャーリーグでレギュラー格あるいはそれに準ずる実績(シーズン300打席以上を目安に)がある人々を概観してみます。
<ルパート・ジョーンズ>
バースが日本を去った年に、その後釜としてやってきた選手です。バースの直後という事もあって期待外れとして一年で解雇されました。しかしこうしてみると、打席数を考慮すると思ったより悪くないですね。打率は残念ですが選球眼は良いようですし、結構走ってる。9月以降は調子を上げたか打率は.333だったそうですし、もう一年見ても良かったかも。彼のアメリカでの戦いぶりは、
というもの。年によって変動が激しいですが、基本的に打率を稼ぐタイプではなく.250 15本塁打 15盗塁したら好調な部類に入る選手に見えますね。阪神での成績は変動の範囲内と言いますか、出場試合数を考えると頑張っている部類でしょう。
<マーベル・ウイン>
彼がメジャーで残した主な成績は、
です。機動力はまずまずありますが、打率・選球眼もパワーも目立ったものがあるとはいえなさそう。.240 5本塁打 15盗塁くらいなイメージですね。阪神時代の成績は、メジャー時代と比べてさほど変化しているとはいえない気がします。あえて言えば、少し大振りになったかな?
<ロブ・ディアー>
キャンプでは長距離砲ぶりを見せ付けていましたが、実戦では苦闘を物語る数字に。メジャー時代の成績は以下の通りです。
ある意味壮観です。「当ればデカイが当らない」を地で行っています。素人目にも、日本野球への適性はなさそうに見えるのですが、案の定、日本時代は「当らなければどうという事はない」という結果になってしまいました。日本でもアメリカでも選球眼は良かったようなのですが…。
<グレン・デービス>
低迷する当時の阪神においては上出来な部類の成績であり、外れと称するのは流石に気の毒でしょう。ただ、当たりと呼ぶのもためらわれるのであえてここで扱う事とします。彼もメジャーで長らくレギュラーとして活躍しており、
という成績。やや荒さはあるものの堂々たる長距離砲ぶりです。日本での成績は、やや調子が悪い部類とはいえ変動の範囲内と言えそうです。
<ケビン・マース>
「バース」と「マース」の響きが似ている事もあって、期待されたという話を聞いた事があるようなないような。彼も、メジャーで活躍した時期はありました。
パワーはありそうですが、日本で適応するには厳しいタイプに見えます。
<クレイグ・ワーシントン>
マースともども「打ってクレイグ、頼んマース」と期待を寄せられたものの及ばず。とはいえ、出場試合数も少ないし選球眼・出塁率は悪くないわけでもう一年見てもよかったように思います。彼がメジャーでレギュラー級だったと言って良さそうな時期は
というもの。日本では寧ろアメリカよりも適応していたように見えますけれどねえ。
<マイク・グリーンウェル>
…ノーコメントで。有名な話ですが、彼のメジャーにおける成績は堂々たるものでした。
そこそこ足も使える中距離アベレージ打者という印象です。数字を見ている限り日本向けに思えるのも無理はない話ですが、「神のお告げ」相手ではどうにもなりませんでした。
<デーブ・ハンセン>
彼も一年メジャーで出番が多かった時期がありました。
残念ながら、メジャーでレギュラーを確保するには至らなかったようです。
<マイケル・ブロワーズ>
随分と打席の外側に立っていた記憶があります。彼もメジャーで活躍した時期があり
年によって変動が激しいですね。日本での成績は、その変動の範囲内に思えます。
<マーク・ジョンソン>
ゲーム『ワールドスタジアム3』をプレイしている際に使いやすかった選手なのを覚えています。実際の成績も、こうしてみるとまずまず。もう一年見ても良かったんじゃないかという気もしますが、後半戦に極度の不振に陥った(本塁打がわずか1本)のを考えるとやむを得ないのかもしれません。メジャーリーグでは、
という成績が一度あります。
<トニー・タラスコ>
彼がメジャーリーグでレギュラー級だった年は
と似たような印象の数字を残しています。
<エドワード・ペレス>
父親は向こうで殿堂入りを果たした大選手だそうです。彼自身もメジャーでは
という成績を残した年もあったのですが。
<シェーン・スペンサー>
実は、マット・マートン入団までは彼が2000年代で唯一複数年プレイした自前助っ人野手でした。メジャーでもそこそこ出番はあったようで、
といった具合。日本での成績と似たような印象ですね。
<ルー・フォード>
メジャーでは
といった成績。2004年は選球眼がよく機動力もある中距離アベレージヒッターといった風情の数字なので日本向きと期待したくなるところですが、難しいものですね。
<ケビン・メンチ>
キャンプ中には随分とスポーツ紙が期待を煽る記事を書いたせいで、その見出しの数々がネタとして定着してしまった感のある選手です。メジャーでは
と少し打率に荒さがあるもののなかなかの成績だったんですけどねえ…。
以上、「バースの再来」と呼ばれながらも阪神で活躍できなかった助っ人たちの中には、メジャーリーグでレギュラー級の実績を持つ人々も少なからずいました。アメリカでも日本時代と大差ない成績を残した人もいれば、アメリカでは堂々たる実績で日本向きと思わされる人も。数字だけからは日本で成功できるかどうかを予測するのは難しそうです。ついでながら、「もう一年見ても良かったかも」という選手も三名ほど。
ついでなので、バース以降で阪神で成功しなおかつメジャーでもレギュラー格の経験がある人たちを見てみましょう。
<トーマス・オマリー>
「ハンシンファンハ、イチバンヤ!」という名台詞もあり、人気を博した名助っ人。
打率もさることながら、選球眼が凄まじい。1995年・1996年にはヤクルトでも活躍した事は御存知の方も多いかと。メジャー時代には、
と今ひとつパッとしない成績。見事に日本で化けた選手といえます。
<マット・マートン>
日本一年目でシーズン安打数新記録を更新し、現在進行形で活躍中の助っ人です。
2012年には深刻な不調に陥りましたが、今年は復活し四番打者としてチームを支えています。メジャー時代には、
という好成績を残した年もありました。ここから伺える中距離アベレージヒッターというイメージ通りの活躍を日本でも見せてくれていますね。
他の当たり助っ人についてですが、ランディ・バース、スコット・クールボーはメジャーリーグでレギュラー級であった年がないため割愛。セシル・フィルダーもアメリカ帰国後に本塁打王獲得など一気に開花したのは知られていますが、阪神入団前にはメジャーでの実績が乏しいため扱わない事とします。ジム・パチョレック、ラリー・パリッシュ、ジョージ・アリアス、アンディ・シーツ、クレイグ・ブラゼルは阪神入団前に日本の他球団で実績を残しているので省略。
成功例も見てみますと、メジャーでの実績と同様な成績を残してくれるケースもありますが、メジャーで成功できなかった事例の方が多いですね。一般論としてメジャーのほうが日本より格上なのは事実なんでしょうが、だからといって単純にメジャーで成功したから日本でも成功できるというわけでもない。相性というのも大きいんでしょうね。助っ人獲得の見極めというのは、実に大変なのですね。その辺りで成功率の高さを誇っているヤクルト等の球団は、どうやってノウハウを築いたのか、気になるところです。
関連記事:
「統一球時代の成績をどう評価するか ~簡易補正式が作れないか考えてみる~」
「続・統一球時代の成績をどう評価するか ~簡易補正式が作れないか考えてみる OPS、WHIP、DIPS編~」
「<雑記>野球ファン漫画から考える、女性ファンの増加について」
<ルパート・ジョーンズ>
1988年 53試合 222打席 .254 出塁率.344 8本塁打 26打点 10盗塁 OPS.802
バースが日本を去った年に、その後釜としてやってきた選手です。バースの直後という事もあって期待外れとして一年で解雇されました。しかしこうしてみると、打席数を考慮すると思ったより悪くないですね。打率は残念ですが選球眼は良いようですし、結構走ってる。9月以降は調子を上げたか打率は.333だったそうですし、もう一年見ても良かったかも。彼のアメリカでの戦いぶりは、
1977年 160試合 663打席 .263 出塁率.324 24本塁打 13盗塁 OPS.778
1978年 129試合 540打席 .235 出塁率.312 6本塁打 22盗塁 OPS.649
1979年 162試合 716打席 .267 出塁率.356 21本塁打 33盗塁 OPS.799
1980年 83試合 373打席 .223 出塁率.299 9本塁打 18盗塁 OPS.656
1981年 105試合 451打席 .249 出塁率.318 4本塁打 7盗塁 OPS.688
1982年 116試合 493打席 .283 出塁率.373 12本塁打 18盗塁 OPS.798
1983年 133試合 372打席 .233 出塁率.305 12本塁打 11盗塁 OPS.699
1985年 125試合 456打席 .231 出塁率.328 21本塁打 7盗塁 OPS.775
1986年 126試合 470打席 .245 出塁率.339 17本塁打 10盗塁 OPS.767
というもの。年によって変動が激しいですが、基本的に打率を稼ぐタイプではなく.250 15本塁打 15盗塁したら好調な部類に入る選手に見えますね。阪神での成績は変動の範囲内と言いますか、出場試合数を考えると頑張っている部類でしょう。
<マーベル・ウイン>
1991年 123試合 473打席 .230 出塁率.260 13本塁打 6盗塁 OPS.637
彼がメジャーで残した主な成績は、
1983年 103試合 415打席 .243 出塁率.319 7本塁打 12盗塁 OPS.674
1984年 154試合 702打席 .266 出塁率.310 0本塁打 24盗塁 OPS.647
1985年 103試合 363打席 .205 出塁率.247 2本塁打 10盗塁 OPS.505
1986年 137試合 308打席 .264 出塁率.300 7本塁打 11盗塁 OPS.716
1988年 128試合 369打席 .264 出塁率.325 11本塁打 3盗塁 OPS.752
1989年 125試合 365打席 .243 出塁率.274 7本塁打 6盗塁 OPS.628
です。機動力はまずまずありますが、打率・選球眼もパワーも目立ったものがあるとはいえなさそう。.240 5本塁打 15盗塁くらいなイメージですね。阪神時代の成績は、メジャー時代と比べてさほど変化しているとはいえない気がします。あえて言えば、少し大振りになったかな?
<ロブ・ディアー>
1994年 70試合 226打席 .151 出塁率.279 8本塁打 0盗塁 OPS.576
キャンプでは長距離砲ぶりを見せ付けていましたが、実戦では苦闘を物語る数字に。メジャー時代の成績は以下の通りです。
1986年 134試合 546打席 .232 出塁率.336 33本塁打 5盗塁 OPS.830
1987年 134試合 566打席 .238 出塁率.360 28本塁打 12盗塁 OPS.816
1988年 135試合 555打席 .252 出塁率.328 23本塁打 9盗塁 OPS.769
1989年 130試合 532打席 .210 出塁率.305 26本塁打 4盗塁 OPS.729
1990年 134試合 511打席 .209 出塁率.313 27本塁打 2盗塁 OPS.745
1991年 134試合 539打席 .179 出塁率.314 25本塁打 1盗塁 OPS.700
1992年 110試合 448打席 .247 出塁率.337 32本塁打 4盗塁 OPS.884
1993年 128試合 532打席 .210 出塁率.303 21本塁打 5盗塁 OPS.689
ある意味壮観です。「当ればデカイが当らない」を地で行っています。素人目にも、日本野球への適性はなさそうに見えるのですが、案の定、日本時代は「当らなければどうという事はない」という結果になってしまいました。日本でもアメリカでも選球眼は良かったようなのですが…。
<グレン・デービス>
1995年 120試合 501打席 .256 出塁率.315 25本塁打 1盗塁 OPS.783
1996年 33試合 128打席 .237 出塁率.320 5本塁打 1盗塁 OPS.750
低迷する当時の阪神においては上出来な部類の成績であり、外れと称するのは流石に気の毒でしょう。ただ、当たりと呼ぶのもためらわれるのであえてここで扱う事とします。彼もメジャーで長らくレギュラーとして活躍しており、
1985年 100試合 390打席 .271 出塁率.332 20本塁打 0盗塁 OPS.807
1986年 158試合 654打席 .265 出塁率.344 31本塁打 3盗塁 OPS.836
1987年 151試合 635打席 .251 出塁率.310 27本塁打 4盗塁 OPS.769
1988年 152試合 634打席 .271 出塁率.341 30本塁打 4盗塁 OPS.818
1989年 158試合 663打席 .269 出塁率.350 34本塁打 4盗塁 OPS.842
1990年 93試合 381打席 .251 出塁率.357 22本塁打 8盗塁 OPS.880
1992年 106試合 442打席 .276 出塁率.338 13本塁打 1盗塁 OPS.760
という成績。やや荒さはあるものの堂々たる長距離砲ぶりです。日本での成績は、やや調子が悪い部類とはいえ変動の範囲内と言えそうです。
<ケビン・マース>
1996年 63試合 269打席 .245 出塁率.320 8本塁打 1盗塁 OPS.606
「バース」と「マース」の響きが似ている事もあって、期待されたという話を聞いた事があるようなないような。彼も、メジャーで活躍した時期はありました。
1990年 79試合 300打席 .252 出塁率.367 21本塁打 1盗塁 OPS.902
1991年 148試合 592打席 .220 出塁率.333 23本塁打 5盗塁 OPS.723
1992年 98試合 315打席 .248 出塁率.305 11本塁打 3盗塁 OPS.710
パワーはありそうですが、日本で適応するには厳しいタイプに見えます。
<クレイグ・ワーシントン>
1996年 22試合 92打席 .267 出塁率.380 3本塁打 0盗塁 OPS.794
マースともども「打ってクレイグ、頼んマース」と期待を寄せられたものの及ばず。とはいえ、出場試合数も少ないし選球眼・出塁率は悪くないわけでもう一年見てもよかったように思います。彼がメジャーでレギュラー級だったと言って良さそうな時期は
1989年 145試合 566打席 .247 出塁率.334 15本塁打 1盗塁 OPS.718
1990年 133試合 501打席 .226 出塁率.328 8本塁打 1盗塁 OPS.650
というもの。日本では寧ろアメリカよりも適応していたように見えますけれどねえ。
<マイク・グリーンウェル>
1997年 7試合 29打席 .231 出塁率.310 0本塁打 0盗塁 OPS.656
…ノーコメントで。有名な話ですが、彼のメジャーにおける成績は堂々たるものでした。
1987年 125試合 456打席 .328 出塁率.386 19本塁打 5盗塁 OPS.956
1988年 158試合 590打席 .325 出塁率.416 22本塁打 16盗塁 OPS.946
1989年 145試合 641打席 .308 出塁率.370 14本塁打 13盗塁 OPS.813
1990年 159試合 682打席 .297 出塁率.367 14本塁打 8盗塁 OPS.801
1991年 147試合 598打席 .300 出塁率.350 9本塁打 15盗塁 OPS.769
1993年 146試合 603打席 .315 出塁率.379 13本塁打 5盗塁 OPS.859
1994年 95試合 374打席 .269 出塁率.348 11本塁打 2盗塁 OPS.800
1995年 120試合 525打席 .297 出塁率.349 15本塁打 9盗塁 OPS.808
1996年 77試合 318打席 .295 出塁率.336 7本塁打 4盗塁 OPS.777
そこそこ足も使える中距離アベレージ打者という印象です。数字を見ている限り日本向けに思えるのも無理はない話ですが、「神のお告げ」相手ではどうにもなりませんでした。
<デーブ・ハンセン>
1998年 121試合 451打席 .253 出塁率.322 11本塁打 0盗塁 OPS.695
彼も一年メジャーで出番が多かった時期がありました。
1992年 132試合 378打席 .214 出塁率.286 6本塁打 0盗塁 OPS.585
残念ながら、メジャーでレギュラーを確保するには至らなかったようです。
<マイケル・ブロワーズ>
1999年 73試合 292打席 .251 出塁率.336 10本塁打 0盗塁 OPS.737
随分と打席の外側に立っていた記憶があります。彼もメジャーで活躍した時期があり
1993年 127試合 429打席 .280 出塁率.357 15本塁打 1盗塁 OPS.832
1994年 85試合 300打席 .289 出塁率.348 9本塁打 2盗塁 OPS.785
1995年 134試合 498打席 .257 出塁率.335 23本塁打 2盗塁 OPS.809
1996年 92試合 358打席 .265 出塁率.341 6本塁打 0盗塁 OPS.735
1998年 129試合 455打席 .237 出塁率.302 11本塁打 1盗塁 OPS.689
年によって変動が激しいですね。日本での成績は、その変動の範囲内に思えます。
<マーク・ジョンソン>
1999年 125試合 438打席 .253 出塁率.345 20本塁打 1盗塁 OPS.823
ゲーム『ワールドスタジアム3』をプレイしている際に使いやすかった選手なのを覚えています。実際の成績も、こうしてみるとまずまず。もう一年見ても良かったんじゃないかという気もしますが、後半戦に極度の不振に陥った(本塁打がわずか1本)のを考えるとやむを得ないのかもしれません。メジャーリーグでは、
1996年 127試合 396打席 .274 出塁率.361 13本塁打 6盗塁 OPS.819
という成績が一度あります。
<トニー・タラスコ>
2000年 102試合 422打席 .239 出塁率.306 19本塁打 1盗塁 OPS.735
彼がメジャーリーグでレギュラー級だった年は
1995年 126試合 495打席 .249 出塁率.329 14本塁打 24盗塁 OPS.733
と似たような印象の数字を残しています。
<エドワード・ペレス>
2001年 52試合 190打席 .222 出塁率.311 3本塁打 3盗塁 OPS.652
父親は向こうで殿堂入りを果たした大選手だそうです。彼自身もメジャーでは
1997年 106試合 330打席 .253 出塁率.321 16本塁打 5盗塁 OPS.796
という成績を残した年もあったのですが。
<シェーン・スペンサー>
2005年 108試合 313打席 .243 出塁率.326 9本塁打 0盗塁 OPS.724
2006年 59試合 115打席 .222 出塁率.261 6本塁打 1盗塁 OPS.696
実は、マット・マートン入団までは彼が2000年代で唯一複数年プレイした自前助っ人野手でした。メジャーでもそこそこ出番はあったようで、
2001年 80試合 311打席 .258 出塁率.315 10本塁打 4盗塁 OPS.743
2002年 94試合 329打席 .247 出塁率.324 6本塁打 0盗塁 OPS.699
2003年 119試合 448打席 .251 出塁率.328 12本塁打 2盗塁 OPS.721
といった具合。日本での成績と似たような印象ですね。
<ルー・フォード>
2008年 47試合 144打席 .225 出塁率.292 3本塁打 0盗塁 OPS.656
メジャーでは
2004年 154試合 658打席 .299 出塁率.381 15本塁打 20盗塁 OPS.827
2005年 147試合 522打席 .264 出塁率.338 7本塁打 13盗塁 OPS.715
といった成績。2004年は選球眼がよく機動力もある中距離アベレージヒッターといった風情の数字なので日本向きと期待したくなるところですが、難しいものですね。
<ケビン・メンチ>
2009年 15試合 56打席 .148 出塁率.179 0本塁打 1盗塁 OPS.382
キャンプ中には随分とスポーツ紙が期待を煽る記事を書いたせいで、その見出しの数々がネタとして定着してしまった感のある選手です。メジャーでは
2002年 110試合 412打席 .260 出塁率.327 15本塁打 1盗塁 OPS.775
2004年 125試合 481打席 .279 出塁率.335 26本塁打 0盗塁 OPS.874
2005年 150試合 615打席 .264 出塁率.328 25本塁打 4盗塁 OPS.797
2006年 127試合 482打席 .269 出塁率.313 13本塁打 1盗塁 OPS.733
2007年 101試合 308打席 .267 出塁率.305 8本塁打 3盗塁 OPS.746
と少し打率に荒さがあるもののなかなかの成績だったんですけどねえ…。
以上、「バースの再来」と呼ばれながらも阪神で活躍できなかった助っ人たちの中には、メジャーリーグでレギュラー級の実績を持つ人々も少なからずいました。アメリカでも日本時代と大差ない成績を残した人もいれば、アメリカでは堂々たる実績で日本向きと思わされる人も。数字だけからは日本で成功できるかどうかを予測するのは難しそうです。ついでながら、「もう一年見ても良かったかも」という選手も三名ほど。
ついでなので、バース以降で阪神で成功しなおかつメジャーでもレギュラー格の経験がある人たちを見てみましょう。
<トーマス・オマリー>
「ハンシンファンハ、イチバンヤ!」という名台詞もあり、人気を博した名助っ人。
1991年 130試合 537打席 .307 出塁率.382 21本塁打 0盗塁 OPS.882
1992年 111試合 478打席 .325 出塁率.460 15本塁打 3盗塁 OPS.993
1993年 125試合 515打席 .329 出塁率.427 23本塁打 1盗塁 OPS.994
1994年 124試合 430打席 .314 出塁率.429 15本塁打 2盗塁 OPS.899
打率もさることながら、選球眼が凄まじい。1995年・1996年にはヤクルトでも活躍した事は御存知の方も多いかと。メジャー時代には、
1982年 92試合 327打席 .275 出塁率.350 2本塁打 0盗塁 OPS.714
1983年 135試合 473打席 .259 出塁率.345 5本塁打 2盗塁 OPS.684
と今ひとつパッとしない成績。見事に日本で化けた選手といえます。
<マット・マートン>
日本一年目でシーズン安打数新記録を更新し、現在進行形で活躍中の助っ人です。
2010年 144試合 668打席 .349 出塁率.395 17本塁打 11盗塁 OPS.894
2011年 142試合 606打席 .311 出塁率.339 13本塁打 6盗塁 OPS.762
2012年 121試合 473打席 .260 出塁率.290 5本塁打 2盗塁 OPS.632
2012年には深刻な不調に陥りましたが、今年は復活し四番打者としてチームを支えています。メジャー時代には、
2006年 144試合 508打席 .297 出塁率.365 13本塁打 5盗塁 OPS.809
という好成績を残した年もありました。ここから伺える中距離アベレージヒッターというイメージ通りの活躍を日本でも見せてくれていますね。
他の当たり助っ人についてですが、ランディ・バース、スコット・クールボーはメジャーリーグでレギュラー級であった年がないため割愛。セシル・フィルダーもアメリカ帰国後に本塁打王獲得など一気に開花したのは知られていますが、阪神入団前にはメジャーでの実績が乏しいため扱わない事とします。ジム・パチョレック、ラリー・パリッシュ、ジョージ・アリアス、アンディ・シーツ、クレイグ・ブラゼルは阪神入団前に日本の他球団で実績を残しているので省略。
成功例も見てみますと、メジャーでの実績と同様な成績を残してくれるケースもありますが、メジャーで成功できなかった事例の方が多いですね。一般論としてメジャーのほうが日本より格上なのは事実なんでしょうが、だからといって単純にメジャーで成功したから日本でも成功できるというわけでもない。相性というのも大きいんでしょうね。助っ人獲得の見極めというのは、実に大変なのですね。その辺りで成功率の高さを誇っているヤクルト等の球団は、どうやってノウハウを築いたのか、気になるところです。
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by trushbasket
| 2013-08-21 20:03
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