2013年 10月 20日
「結婚35歳限界説」からみる35歳と言う年齢~昔から、後半生への入り口?~
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男女を問わず結婚しない人が増えている中、何とか相手を見つけようあるいは結婚を促進させようと「婚活」なる動きが見られるのは御存知の方も多いかと思います。しかし、2010年の国勢調査からは35歳時点で独身の場合はその後に結婚できる可能性がぐんと低くなる事が浮き彫りに成ったとか。
どうやら結婚に関する限り、35歳という年齢は大きな区切りのようですね。もっとも、これは結婚に限った事ではないようで、厚生労働省は「ニート」の定義を「総務省が行っている労働力調査における、15~34歳で、非労働力人口のうち家事も通学もしていない方」と述べています。就労という側面においても、この年頃が一つの区分点になっているという事なんでしょうね。
世間から向けられる視線という点でも、この年頃は大きなターニングポイントのようです。例えば哲学者・鷲田小弥太氏は著作で35歳を自己保身になるかどうかの境目だと述べています。上述した結婚・就労という要素も考えると、若さを武器にできるのは長く見積もってこれくらい、という事なのでしょう。哲学者・中島義道氏もツルゲーネフの作品『ルージン』を引き合いに出して、「俺はやればできるんだよ」とばかりに才気走って空回りする人物が世間から胡散臭く思われ始めるのが30代半ばであると述べています。ちなみにこの作品の主人公ルージンは30代半ばの男性で、その博識さと如才なさで一時的には人々を魅了するものの長続きしない小才子。ツルゲーネフが十九世紀の作家である事も考慮すると、寿命が延びた現代だけでなく当時から35歳というのは「若気の至り」を大目に見てもらえるかどうかの分岐点だったのかもしれません。
世間からの目だけでなく、本人の意識としても35歳という年齢は昔から一つの区切りであったようです。本田透氏は「三五歳という年齢は、喪男が一本切れるお年頃」(本多透『喪男の哲学史』講談社 30頁)と述べていますが、哲学者・思想家にはこの時期に転機を迎える事例が多いようです。35歳とはブッダが悟りを開いた年齢であり、日蓮が鎌倉に出て他宗派との対決も辞さず本格的な伝道に入った年齢であり、陽明学を成立させた王守仁(王陽明)が時の権力者・劉瑾に忌避され流罪にあった年齢であり、思想家クリシュナムルティが自らを救世主として育てようとしていた神智学協会を脱退した年齢であり、ヘーゲルが最初の大著『精神現象学』を著した年齢であり、ニーチェが職を辞して闘病生活の中での活動に入った年齢。また周辺の年齢も視点に入れれば、孔子が斉に亡命し初めて表舞台に出てきたのが36歳、親鸞が越後に流罪となり独自の活動を始める契機となったのは34歳。徳川後期の町人に大きな影響を与えた思想家・石田梅岩もこの年頃にそれまで独学で築き上げた自分の思想に自信を失い、各地に師を求め始めたとされています。なお、上述の王守仁が流刑地で独自の思想的境地に達したのは37歳だとか。
そして、だいぶ昔に触れましたが、徳川期に「昔の日本」について追求した国学者の先生たちにも35歳頃が転機になった人は多数いました。興味のある方は、下記記事を御参照ください。
思想家・哲学者の事跡を見る限り、この年代が前半生の集大成を成し遂げたり後半生への転機となる人が多々見られるのは、昔から変わらないようです。まあ、外因的な要素が絡んでいる人も多いので偶然の所産という面も少なからずあるのでしょうけど。
「若い」時代の集大成となり、壮年以降への転機となる年代。30代半ばは、昔からそうした時期であったようです。それが今日、結婚における区切りとなっているというのは、やはり「結婚は就職同様、若いうちに片付けるもの」という事なんでしょうか。
それはさておき、寿命が長くなると「年頃」というのも大きく変わるイメージがありましたが、そうでもないものもあるのですね。
【参考文献】
あの哲学者にでも聞いてみるか 鷲田小弥太 祥伝社新書
「人間嫌い」のルール 中島義道 PHP新書
喪男の哲学史 本田透 講談社
日本大百科全書 小学館
世界文学大事典 集英社
関連記事:
「年頃」というものの境界というか限界というのは、意外にいつの時代も変わらないものかもしれません。
「大人と子供の境界はどの辺り?~性的な意味、社会的な意味で~」
「南北朝・室町を中心に性的年齢の範囲について考える」
「戦う老人力 ~戦闘の限界年齢を西洋古代史から考える~ 古代のジジィが強すぎるの巻」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「『ダメ人間の世界史&日本史』ブログ版(試し読み用)(02)キモオタ引きこもりの大軍師 諸葛亮」
幸いにして、問題となる年齢以前にニート脱出できた事例。
「引きこもりニート列伝その7 カエサル」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet07.html)
中には、40を越えて初めて大活躍し始めた事例もあります。何事も、例外はあるようで。
※2013/10/20 少し加筆。
「若気の至り」が大目に見てもらえるギリギリまで、いやそれどころかその年頃を過ぎてまでアホな事をやってた偉人も結構いるようです。興味のある方は、社会評論社『ダメ人間の世界史』『ダメ人間の日本史』を御覧くださいませ。
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関連サイト:
「J-CASTニュース」(http://www.j-cast.com/)より
「35歳過ぎると結婚はほぼ不可能 できたのは「男性で3% 女性で2%」」(http://www.j-cast.com/2011/12/30117585.html?p=all)
どうやら結婚に関する限り、35歳という年齢は大きな区切りのようですね。もっとも、これは結婚に限った事ではないようで、厚生労働省は「ニート」の定義を「総務省が行っている労働力調査における、15~34歳で、非労働力人口のうち家事も通学もしていない方」と述べています。就労という側面においても、この年頃が一つの区分点になっているという事なんでしょうね。
関連サイト:
「厚生労働省」(http://www.mhlw.go.jp/)より
「よくあるご質問について」(http://www.mhlw.go.jp/bunya/nouryoku/other/faq.html)
世間から向けられる視線という点でも、この年頃は大きなターニングポイントのようです。例えば哲学者・鷲田小弥太氏は著作で35歳を自己保身になるかどうかの境目だと述べています。上述した結婚・就労という要素も考えると、若さを武器にできるのは長く見積もってこれくらい、という事なのでしょう。哲学者・中島義道氏もツルゲーネフの作品『ルージン』を引き合いに出して、「俺はやればできるんだよ」とばかりに才気走って空回りする人物が世間から胡散臭く思われ始めるのが30代半ばであると述べています。ちなみにこの作品の主人公ルージンは30代半ばの男性で、その博識さと如才なさで一時的には人々を魅了するものの長続きしない小才子。ツルゲーネフが十九世紀の作家である事も考慮すると、寿命が延びた現代だけでなく当時から35歳というのは「若気の至り」を大目に見てもらえるかどうかの分岐点だったのかもしれません。
世間からの目だけでなく、本人の意識としても35歳という年齢は昔から一つの区切りであったようです。本田透氏は「三五歳という年齢は、喪男が一本切れるお年頃」(本多透『喪男の哲学史』講談社 30頁)と述べていますが、哲学者・思想家にはこの時期に転機を迎える事例が多いようです。35歳とはブッダが悟りを開いた年齢であり、日蓮が鎌倉に出て他宗派との対決も辞さず本格的な伝道に入った年齢であり、陽明学を成立させた王守仁(王陽明)が時の権力者・劉瑾に忌避され流罪にあった年齢であり、思想家クリシュナムルティが自らを救世主として育てようとしていた神智学協会を脱退した年齢であり、ヘーゲルが最初の大著『精神現象学』を著した年齢であり、ニーチェが職を辞して闘病生活の中での活動に入った年齢。また周辺の年齢も視点に入れれば、孔子が斉に亡命し初めて表舞台に出てきたのが36歳、親鸞が越後に流罪となり独自の活動を始める契機となったのは34歳。徳川後期の町人に大きな影響を与えた思想家・石田梅岩もこの年頃にそれまで独学で築き上げた自分の思想に自信を失い、各地に師を求め始めたとされています。なお、上述の王守仁が流刑地で独自の思想的境地に達したのは37歳だとか。
そして、だいぶ昔に触れましたが、徳川期に「昔の日本」について追求した国学者の先生たちにも35歳頃が転機になった人は多数いました。興味のある方は、下記記事を御参照ください。
関連記事:
「「喪男」としての国学者たち」
思想家・哲学者の事跡を見る限り、この年代が前半生の集大成を成し遂げたり後半生への転機となる人が多々見られるのは、昔から変わらないようです。まあ、外因的な要素が絡んでいる人も多いので偶然の所産という面も少なからずあるのでしょうけど。
「若い」時代の集大成となり、壮年以降への転機となる年代。30代半ばは、昔からそうした時期であったようです。それが今日、結婚における区切りとなっているというのは、やはり「結婚は就職同様、若いうちに片付けるもの」という事なんでしょうか。
それはさておき、寿命が長くなると「年頃」というのも大きく変わるイメージがありましたが、そうでもないものもあるのですね。
【参考文献】
あの哲学者にでも聞いてみるか 鷲田小弥太 祥伝社新書
「人間嫌い」のルール 中島義道 PHP新書
喪男の哲学史 本田透 講談社
日本大百科全書 小学館
世界文学大事典 集英社
関連記事:
「年頃」というものの境界というか限界というのは、意外にいつの時代も変わらないものかもしれません。
「大人と子供の境界はどの辺り?~性的な意味、社会的な意味で~」
「南北朝・室町を中心に性的年齢の範囲について考える」
「戦う老人力 ~戦闘の限界年齢を西洋古代史から考える~ 古代のジジィが強すぎるの巻」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「『ダメ人間の世界史&日本史』ブログ版(試し読み用)(02)キモオタ引きこもりの大軍師 諸葛亮」
幸いにして、問題となる年齢以前にニート脱出できた事例。
「引きこもりニート列伝その7 カエサル」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet07.html)
中には、40を越えて初めて大活躍し始めた事例もあります。何事も、例外はあるようで。
※2013/10/20 少し加筆。
「若気の至り」が大目に見てもらえるギリギリまで、いやそれどころかその年頃を過ぎてまでアホな事をやってた偉人も結構いるようです。興味のある方は、社会評論社『ダメ人間の世界史』『ダメ人間の日本史』を御覧くださいませ。
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当ブログ内紹介記事
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by trushbasket
| 2013-10-20 21:14
| NF








