2013年 10月 23日
主要戦国大名家の祖先たち in 南北朝<補足>~あの剣豪一族の先祖は~
|
以前、主要な戦国大名家の祖先について、南北朝期の動向を中心に概観しました。下剋上と言われながらも、案外と由緒ある祖先を持つ事例が多かった記憶があります。
今回、少しその補足の様なものをしてみようかと思います。なお、今回も資料が手に入らなかった部分はサイト『戦国大名研究』を参照し、その旨を文中でも明記しています。
柳生氏:南朝
元来は菅原氏であったと称する。春日大社の神領である神戸四箇郷の一つ・小柳生庄の管理者であった。後醍醐天皇が挙兵した際、柳生永珍はこれに味方し鎌倉政権に所領を没収されている。なお、この際に笠置山で篭城する後醍醐に楠木正成を推薦したと『太平記』で伝えられる中坊源専は永珍の弟であるという。戦国期、一時期は筒井氏に屈服するが柳生家厳は松永久秀と親密となりその協力者となった。その子・宗厳も久秀に従い、久秀滅亡後は信長配下となる。宗厳は剣客として名高く、上泉秀綱の門下となってその印加を得て「柳生新陰流」創始者となった。晩年、徳川家康に剣術の腕を認められるが高齢のため仕官を辞退し、嫡男・宗矩が徳川将軍家に仕える。宗矩は徳川家光によって重用され一万二千五百石の大名となった。
剣豪として徳川初期ににわかにクローズアップされた印象の柳生氏が、南北朝にも事跡があったのは意外な感を受けますね。なお、柳生氏と深いかかわりがあった松永久秀についても少し。
松永氏:不明
祖先の事跡は不明。ただし、松永久秀の大叔母が高槻の豪族・入江氏に嫁いだという説もあり、畿内で相応の実力がある家であった可能性はある。久秀は三好長慶の側近として台頭し、一時は畿内に勢力を誇る。織田信長が上洛するとその配下となり大和の支配権を認められるが、やがて信長に叛乱し滅ぼされた。
なお、入江氏は『戦国大名研究』によれば入江春倫が後醍醐天皇挙兵時に鎌倉方として笠置攻めに功績を挙げ、鎌倉政権が滅亡すると後醍醐に降伏。足利直義が北条氏の挙兵によって敗れた際に直義を助け、その後も足利氏に味方したという。
【参考文献】
松永久秀の真実 藤岡周三 文芸社
日本大百科全書 小学館
「戦国大名研究」(http://www2.harimaya.com/tankyu/index.html)
関連記事:
「主要戦国大名家の祖先たち in 南北朝(前半)」、「(後半)」
「南北朝研究史概論」
「戦国合戦の真実 ~荻生徂徠レポート~ 戦国の実戦経験者の証言を元に」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「軍事史概説 第4部 日本前近代軍事史(1/2) 陸軍編」
「南北朝関連発表まとめ」を参照ください。
関連サイト:
「やる夫+まとめ -戦国系-」(http://yromtm1059.blog117.fc2.com/)より
「やる夫で学ぶ柳生一族 まとめ」(http://yromtm1059.blog117.fc2.com/blog-entry-328.html)
※2013/10/23 リンクが一部繋がってなかったのでやり直しました。
関連記事:
「主要戦国大名家の祖先たち in 南北朝(前半)」、「(後半)」
今回、少しその補足の様なものをしてみようかと思います。なお、今回も資料が手に入らなかった部分はサイト『戦国大名研究』を参照し、その旨を文中でも明記しています。
柳生氏:南朝
元来は菅原氏であったと称する。春日大社の神領である神戸四箇郷の一つ・小柳生庄の管理者であった。後醍醐天皇が挙兵した際、柳生永珍はこれに味方し鎌倉政権に所領を没収されている。なお、この際に笠置山で篭城する後醍醐に楠木正成を推薦したと『太平記』で伝えられる中坊源専は永珍の弟であるという。戦国期、一時期は筒井氏に屈服するが柳生家厳は松永久秀と親密となりその協力者となった。その子・宗厳も久秀に従い、久秀滅亡後は信長配下となる。宗厳は剣客として名高く、上泉秀綱の門下となってその印加を得て「柳生新陰流」創始者となった。晩年、徳川家康に剣術の腕を認められるが高齢のため仕官を辞退し、嫡男・宗矩が徳川将軍家に仕える。宗矩は徳川家光によって重用され一万二千五百石の大名となった。
剣豪として徳川初期ににわかにクローズアップされた印象の柳生氏が、南北朝にも事跡があったのは意外な感を受けますね。なお、柳生氏と深いかかわりがあった松永久秀についても少し。
松永氏:不明
祖先の事跡は不明。ただし、松永久秀の大叔母が高槻の豪族・入江氏に嫁いだという説もあり、畿内で相応の実力がある家であった可能性はある。久秀は三好長慶の側近として台頭し、一時は畿内に勢力を誇る。織田信長が上洛するとその配下となり大和の支配権を認められるが、やがて信長に叛乱し滅ぼされた。
なお、入江氏は『戦国大名研究』によれば入江春倫が後醍醐天皇挙兵時に鎌倉方として笠置攻めに功績を挙げ、鎌倉政権が滅亡すると後醍醐に降伏。足利直義が北条氏の挙兵によって敗れた際に直義を助け、その後も足利氏に味方したという。
【参考文献】
松永久秀の真実 藤岡周三 文芸社
日本大百科全書 小学館
「戦国大名研究」(http://www2.harimaya.com/tankyu/index.html)
関連記事:
「主要戦国大名家の祖先たち in 南北朝(前半)」、「(後半)」
「南北朝研究史概論」
「戦国合戦の真実 ~荻生徂徠レポート~ 戦国の実戦経験者の証言を元に」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「軍事史概説 第4部 日本前近代軍事史(1/2) 陸軍編」
「南北朝関連発表まとめ」を参照ください。
関連サイト:
「やる夫+まとめ -戦国系-」(http://yromtm1059.blog117.fc2.com/)より
「やる夫で学ぶ柳生一族 まとめ」(http://yromtm1059.blog117.fc2.com/blog-entry-328.html)
※2013/10/23 リンクが一部繋がってなかったのでやり直しました。
by trushbasket
| 2013-10-23 19:31
| NF








