2014年 01月 01日
おせち料理に関するあれこれ
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あけましておめでとう御座います。本年もよろしくお願い申し上げます。
毎年、正月を祝って食べる「おせち料理」。「おせち」とは当初は正月限定ではなく、季節の変わり目である五つの節句、すなわち1月7日・3月3日・5月5日・7月7日・9月9日を意味するものだったそうで、それぞれを特別な料理で祝っていたものだそうです。徳川中期以降になると現在と近い形が定着し、「おせち料理」と言えばいつしか節句の代表である正月のそれを意味する事が次第に多くなっていったとか。なお、他の節句に用いられる料理としては3月3日にはハマグリ・白酒、5月5日には粽・鰹料理、7月7日にはそうめん、9月9日には菊料理があるそうです。正月の「おせち料理」は重箱に詰めておくことから「食詰」という呼び方もされたといいます。年末に作っておくため保存の利く料理が好まれるのは御存知の方も多いかと思いますが、これに関しては、
なんて意見もあったりするようですね。なお、用いられる料理には目出度い意味合いが込められているのも有名です。数の子・里芋が子孫繁栄、ごまめ(カタクチイワシの稚魚、肥料に使われた)が豊作、黒豆が「マメで健康」、昆布が「喜ぶ」、海老が「腰が曲がるまで長生き」といった具合に。
かつては各家庭で作られ、自慢の味を来客に誇ったり地方出身者は故郷特産の名物を取り寄せて使ったりしたそうで、「めったに食べられない自慢のご馳走」であった事も伺われます。味ばかりでなく、見たもの美しさも競われていたようで。
ところが、この「おせち料理」、必ずしも賞賛されるばかりではないようです。作家・獅子文六は『食味歳時記』でおせち料理について以下のように述べました。
…散々な評価ですね。もっとも「おせち料理」にこうした感想を持つのは彼だけではないらしく、正月に田舎へ帰省した後、休みが終わって都市へ帰ったところ子どもがサンドイッチを欲しがったので有り合わせのものを挟んで出したら「こんなうまいもん、知らんわ」(同書 137頁)とがっついたという話もあったりするようで。飽食の時代からすると、昔はご馳走だったはずのおせち料理も有り合わせの食材にすら及ばないという事でしょうか。終戦直後の食糧難時代には、「腹いっぱい食べることがイコール美味しいことだった」(鴨下信一『誰も「戦後」を覚えていない』文春新書 20頁)という状況だったのを考えると隔世の感。
それだけ、現代の食生活が豊かになったという事でしょうね。伝統的な「ご馳走」は、伝統ゆえに急激には大きく変わらないがために、こうした現象が生まれるのでしょう。アメリカである老人が「私が子供のころには、サンドイッチはパンのほうが厚かったが、今ははさんだ肉のほうが厚くなっている」(大塚滋著『食の文化史』中公新書 93頁)と述懐したという話がありますが、日本も高度成長期に似たような食生活の劇的変化が生じた結果といえます。
それでも個人的な感想としては、最近の「おせち料理」は十二分に美味しいと思うのですけれどね。これも、上述の時代の流れに合わせた結果なのでしょうか。「伝統」もゆっくりとではあっても確実に変化するものだ、とはよく言ったものです。かくして、「おせち料理」は現在も何だかんだで正月に欠かせないものという位置づけをしっかりと守っているようで。やっぱり、「おせち料理」を目にしないと新年を迎えた実感がわかない、という人は僕を含め多いんじゃないでしょうか。
今年は、良い年でありますように。
【参考文献】
食の文化史 大塚滋著 中公新書
動物のお医者さん5 佐々木倫子 白泉社
にっぽん食発見 長友麻希子 京都新聞出版センター
誰も「戦後」を覚えていない 鴨下信一 文春新書
日本大百科全書 小学館
関連記事:
「飲める人、飲めない人」
「神様に、ファインプレイを―神道における祭祀への一考察―」
「「戦後日本の父」の言葉に耳を傾けよう~吉田茂『大磯随想』をみる~」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「食卓越しの政治史」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2007/070622.html)
毎年、正月を祝って食べる「おせち料理」。「おせち」とは当初は正月限定ではなく、季節の変わり目である五つの節句、すなわち1月7日・3月3日・5月5日・7月7日・9月9日を意味するものだったそうで、それぞれを特別な料理で祝っていたものだそうです。徳川中期以降になると現在と近い形が定着し、「おせち料理」と言えばいつしか節句の代表である正月のそれを意味する事が次第に多くなっていったとか。なお、他の節句に用いられる料理としては3月3日にはハマグリ・白酒、5月5日には粽・鰹料理、7月7日にはそうめん、9月9日には菊料理があるそうです。正月の「おせち料理」は重箱に詰めておくことから「食詰」という呼び方もされたといいます。年末に作っておくため保存の利く料理が好まれるのは御存知の方も多いかと思いますが、これに関しては、
おせち料理には 台所で働く者を 正月ぐらいは 休ませようと いう意味と 正月休みたければ 年末に2倍 働かねばならない という教訓が 含まれている(佐々木倫子『花とゆめComics 動物のお医者さん5』白泉社 13頁)
なんて意見もあったりするようですね。なお、用いられる料理には目出度い意味合いが込められているのも有名です。数の子・里芋が子孫繁栄、ごまめ(カタクチイワシの稚魚、肥料に使われた)が豊作、黒豆が「マメで健康」、昆布が「喜ぶ」、海老が「腰が曲がるまで長生き」といった具合に。
かつては各家庭で作られ、自慢の味を来客に誇ったり地方出身者は故郷特産の名物を取り寄せて使ったりしたそうで、「めったに食べられない自慢のご馳走」であった事も伺われます。味ばかりでなく、見たもの美しさも競われていたようで。
ところが、この「おせち料理」、必ずしも賞賛されるばかりではないようです。作家・獅子文六は『食味歳時記』でおせち料理について以下のように述べました。
「重箱に詰まっているものには、まったく手が出ない」
「三献肴、口取り、うま煮の類は、一見しただけで、食欲を失う。それを三日間出されるのだから、新年を呪う気分にもなる」
「四日の朝に、平常食に帰ると、ホッとした感じになる。やっと厄逃れをした気持になる」
「いつの頃からか、私の家では、三々日の午食だけは、パン食にすることにした。酒はブドー酒を飲み、コールド・ミートの類を食べ、そして食後にコーヒーということにする」
(大塚滋著『食の文化史』中公新書 136頁)
…散々な評価ですね。もっとも「おせち料理」にこうした感想を持つのは彼だけではないらしく、正月に田舎へ帰省した後、休みが終わって都市へ帰ったところ子どもがサンドイッチを欲しがったので有り合わせのものを挟んで出したら「こんなうまいもん、知らんわ」(同書 137頁)とがっついたという話もあったりするようで。飽食の時代からすると、昔はご馳走だったはずのおせち料理も有り合わせの食材にすら及ばないという事でしょうか。終戦直後の食糧難時代には、「腹いっぱい食べることがイコール美味しいことだった」(鴨下信一『誰も「戦後」を覚えていない』文春新書 20頁)という状況だったのを考えると隔世の感。
それだけ、現代の食生活が豊かになったという事でしょうね。伝統的な「ご馳走」は、伝統ゆえに急激には大きく変わらないがために、こうした現象が生まれるのでしょう。アメリカである老人が「私が子供のころには、サンドイッチはパンのほうが厚かったが、今ははさんだ肉のほうが厚くなっている」(大塚滋著『食の文化史』中公新書 93頁)と述懐したという話がありますが、日本も高度成長期に似たような食生活の劇的変化が生じた結果といえます。
それでも個人的な感想としては、最近の「おせち料理」は十二分に美味しいと思うのですけれどね。これも、上述の時代の流れに合わせた結果なのでしょうか。「伝統」もゆっくりとではあっても確実に変化するものだ、とはよく言ったものです。かくして、「おせち料理」は現在も何だかんだで正月に欠かせないものという位置づけをしっかりと守っているようで。やっぱり、「おせち料理」を目にしないと新年を迎えた実感がわかない、という人は僕を含め多いんじゃないでしょうか。
今年は、良い年でありますように。
【参考文献】
食の文化史 大塚滋著 中公新書
動物のお医者さん5 佐々木倫子 白泉社
にっぽん食発見 長友麻希子 京都新聞出版センター
誰も「戦後」を覚えていない 鴨下信一 文春新書
日本大百科全書 小学館
関連記事:
「飲める人、飲めない人」
「神様に、ファインプレイを―神道における祭祀への一考察―」
「「戦後日本の父」の言葉に耳を傾けよう~吉田茂『大磯随想』をみる~」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「食卓越しの政治史」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2007/070622.html)
by trushbasket
| 2014-01-01 00:01
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