「言った」「言ってない」は本人すら曖昧~それを利用して王族の人気取りに繋げた政治家の話~
|
ところで、自分の発言に関する記憶は流石に確かじゃないのか、と思いがちですが必ずしもそうでもないようです。歴史からそうした事例を見てみましょう。
時はナポレオン戦争後のフランス。フランス革命を通じて台頭し皇帝にまでなった天才軍人・ナポレオンも最終的には全欧州を敵に回す形になって敗北、帝位を追われます。その後釜としてフランスの支配者に迎えられたのが革命で追われた旧王家でした。
新国王ルイ18世の弟アルトワ伯を外相タレイランらが出迎え祝福の言葉を述べた際、アルトワ伯の返答は「私はあまりに幸せです。前に進みましょう」(鹿島茂『ナポレオン フーシェ タレーラン』講談社学術文庫 458頁)というごくありきたりなものでした。タレイランはそれに不満を抱きます。
王政復古は、必ずしも国民から広範な支持を受けていると言いがたい。だから人気を得るためにも、もう少し気の利いた台詞を返して欲しかったものだ。
そこでタレイランは官報『モニトゥール』紙の編集室にアルトワ伯の発言を印象的なものに捏造しろと厳命。その結果、アルトワ伯が述べたとされる台詞は
やっと、元のフランスに再会できました。何一つ変わってはいません。フランス人が一人増えただけです(同書 同頁)
というものに。この発言、気が利いているとして好評を得たようで、ちょっとした流行語になりました。それが王家の人気回復に幾許かの貢献をしたであろうことは想像に難くありません。
とはいえ、国王の弟たる超VIPの発言を捏造してしまったら、後が怖くないだろうか。編集部は当然それを懸念しましたが、タレイランは平気な顔で
なに、うまい言葉なら、アルトワ伯は自分がいったように思うだろうよ(同書 同頁)
と言ってのけたとか。実際、この発言が公表なのを受けたアルトワ伯は正真正銘自分の発言だと思い込んで大いに得意がったそうです。
以上、たとえ自分の発言だったとしても人間の記憶と言うのは当てにならない、というお話でした。
【参考文献】
ナポレオン フーシェ タレーラン 鹿島茂 講談社学術文庫
関連記事:
「【『世界ナンバー2列伝』関連】祖国再建のため、「皇帝ナポレオン」に美女を献じた人々~歴史は繰り返す~」
「十九世紀フランス人、おっぱい占いを好む~おっぱいは決して怖くなーい~」
「リアル世界の「オナカの大きな王さま」の話~ボタンが飛んでさあ大変~」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「フランス史概説」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2004/050204.html)
ナポレオン戦争後に王政復古政府を担ったルイ十八世については社会評論社『戦後復興首脳列伝』を御参照ください。
楽天ブックス:戦後復興首脳列伝
セブンネット : 戦後復興首脳列伝
タレイランが行ったナポレオン戦争後の巧みな処理については社会評論社『敗戦処理首脳列伝』で扱っています。
楽天ブックス :敗戦処理首脳列伝
セブンネット :敗戦処理首脳列伝
王・王族を補佐する政治家による、主君の巧みな対処・操縦法については、社会評論社『世界ナンバー2列伝』が参考になるかもしれません。
楽天ブックス :世界ナンバー2列伝
セブンネット :世界ナンバー2列伝