古代後期民衆の「サイレントテロ」は現代より過激だった~「車離れ」どころか「戸籍離れ」~
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「サイレントテロとは」(http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%B5%A5%A4%A5%EC%A5%F3%A5%C8%A5%C6%A5%ED)
こうした行動自体は、基本的に時代の流れに合理的に適応しようとしたものと評価すべきだと思いますが、社会・経済にとっては規模縮小に繋がる痛手なのも理解できます。これらの風潮は法に背く行動でも暴力に訴える訳でもありませんが、それでも時の政権にとって悩みの種なのもまた当然といや当然でしょう。
ところで、閉塞感が漂う時代に人々がこうした「サイレントテロ」的な行動に出るのは別に現代に限った話ではありません。過去記事からいくつか紹介いたしますと、
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という具合です。
さて、全世界的に見て、古代後期の時代はやはりそういう意味で似たような風潮があったようです。宮崎市定先生の著作を参考にしながら中国の後漢後期を例に挙げてみましょう。当時の中国は全体的に不景気であり、世の中からも余裕がなくなり
いつも犠牲は弱い立場の者の上にしわよせされる。親にたいしては子が、夫にたいしては妻が、献身的に奉仕をするように要求されるのであった。(宮崎市定『世界の歴史7大唐帝国』河出書房新社 38頁)
という世知辛い世相に。世間全体に悲観的な空気が充満し、仲長統『昌言』のように歴史全体を苦悩罪悪の連続とみなすような思想まで現れました。そんな中、人々は
ひたすら現金を出さぬ工夫をし、ありあわせのものでまにあわせるのが、結局もっとも効果的だという世の中(同書 33頁)
と考えるようになります。まさしく現代の「サイレントテロ」と似たような発想ですね。その結果、貨幣は死蔵され市場への流通量が減少するため経済規模はまた縮小。庶民は租税の徴収に苦しみ、政府の保護から得られるメリットより収奪によるデメリットの方が上回ると判断。公民権を捨てて逃亡し、有力豪族の支配・保護の下に入るようになります。自由民としての権利を捨て、隷属的な地位に甘んじた方がましだ、と考えるのですから凄まじい。現代でも「若者の○○離れ」とか言われますが、この時代は「戸籍離れ」「公民権離れ」ですからねえ。
当時の政府としても無論、こうした風潮は痛手でした。戸籍に登録される人数が減りますと、兵役を課したり徴税したりが難しくなりますからね。これが中央政府の弱体化に繋がるのは言うまでもありません。一方、多くの人々を支配下におさめた豪族は、それに伴い防衛力を強化。政府の圧力を撥ね退けられるようになっていきます。かくして、政府の統制力低下に拍車がかかる。悩んだ上で政府は、移り住んできた異民族を軍事力として起用するようになっていきました。現代世界では移民を労働力として起用する話が時に聞かれますが、当時は国防を担わせてたんですな。無論、これには危険もありました。すなわち、独自の文化を保持し独立性の強い移民集団が武力を保持し、従来の住民と摩擦を引き起こすリスクが無視できませんでした。ただ、時の政府としては背に腹は代えられぬ思いだったと思われます。結局、これが後々に戦乱の遠因となっていくのですが。
なお、宮崎氏は、中国のこうした現象はローマ帝国衰退期の西洋とも共通点が多いと指摘しています。
次に、少しだけ日本についても見ておきましょう。以前の記事でも触れましたが、日本でも古代後期から中世前期へかけて、上記中国と共通点を有する社会状況にありました。そうした世相を受けて末法思想(ブッダ死後一定年数がたつと仏教の教えが衰滅するという考え方)が終末論的に受け取られ、「三界の獄縛は一として楽むべきことなし」(『往生要集』)といった現世否定的な思想が流行。「たえぬ光はこの世にはない」と考え「無価値なる現世現在の人間生活を棄てて、一向にかの弥陀の浄土に急がうとあせる」傾向があった(括弧内は平泉澄著『中世に於ける精神生活』錦正社 358頁)ため来世に希望を託して自殺する者が続出したそうです。
世間が長い経済的退潮に苦しみ、生活も楽じゃない状況が続くといわゆる「サイレントテロ」のような風潮が蔓延するのは古今東西変わらないようですね。時の政権にしてみれば、国力の更なる低下を招くので何とか避けたい事態だったのは昔も今も変わらないようですが、なかなか有効な手が打ちにくいのも似たり寄ったりのようですね。やっぱり、人間というのは昔からそうそう変わらない存在なのかも。
上述したように、いわゆる「サイレントテロ」と称される行動様式は、「自分ではどうしようもない時代の風潮」に合わせ順応するためのものといえます。それだけに、これを非難したりやめるよう説得しても余り効果はないと思われます。社会を動かす側としても、彼らに「サイレントテロ」とされる行動を取らなくともよい環境を用意できない以上は、こうした流れを「自分ではどうしようもない時代の風潮」としてそれに合わせて順応する形で対策していく他はないのかもしれません。
【参考文献】
世界の歴史7大唐帝国 宮崎市定 河出書房新社
中世に於ける精神生活 平泉澄著 錦正社
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歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「テキスト一覧」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/index.html)
に「引きこもりニート列伝」があります。
「歴史の基本原則」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2005/050520b.html)
「中国史概説」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2005/050520a.html)
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