2014年 04月 02日
<言葉>茶人が残した人付き合いの心得~主人も客も、それぞれの価値観・人格に敬意と尊重を~
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昔の偉い人というのは、言動が残され場合によっては名言として語り継がれたりしています。茶人もその辺りは例外でなく、弟子たちに残した心得とかが残っている事が多いものです。茶道というのは主人と客という人間の交わりを扱うもので、少し古いですが日本における「お・も・て・な・し」の真髄があると言えるでしょう。それだけに、人間関係につながる心得もなくはないようで。
山上宗二は千利休の弟子にあたり、秀吉の不興をかい処刑された茶人です。彼が残した言葉をまとめた『山上宗二記』にはこのような言葉があります。
社会的に偉い人、名人として名高い人はもちろん、そうではなくて平生に出会うような人でも敬意を忘れてはいけない。これは別に茶の湯に限った話ではないように思います。徳川期の茶人としても名高い大名・松平不昧が
と述べているのも同様の趣旨でしょう。もてなす側・もてなされる側とも相手への心配り・思いやりが求められるという事かと。
また、やはり茶人としても名高かった戦国武将・藤堂高虎はこのような言葉を残したとされています。
人間の顔貌が人それぞれなのと同様、人の趣味も様々なのだから、他人の流派や持っている茶道具などをけなしてはならない。という意味のようです。利休の師である武野紹鷗が『門弟への法度』で
と述べているのも似たような理由からでしょう。誤解のないよう申し上げますと、他人をけなすな、といっても別に相手に何でも追従せよというわけではありません。立花実山『壺中炉談』は禅僧・南坊宗啓の言葉として
と記しています。相手に媚びへつらうのは不可で、心を通じさせるのが大事という事でしょう。自分をしっかりと持ち、たとえ世間一般や自分のそれとは異なっていても相手の好みをどうこう言わない。そしてこちらの好みについても言わせない。無論、他人に実害が及ばない範囲においてでしょうが。上の方で述べた、主客とも相手に敬意を抱き尊重する、というのはそういう事を言っているのかもと思わされます。
そういや、薮内竹心は『源流茶話』で
と世間の流行に乗って道具を集め用いる愚を説いています。流行りものに手を出す事自体がどうというより、自分自身の価値観をしっかり持て、という事なんでしょうね。
中々に難しい内容も多かったですが、伝統が伝統として重んじられるのは、それ相応の理由があるという事なんだろうなあ、と思わされる言葉も多々ありました。
【参考文献】
茶道名言辞典 桑田忠親編 東京堂出版
茶道名言集 井口海仙 講談社学術文庫
大辞泉 小学館
関連記事:
「<言葉>他人に意見する際の心得~「非難」「叩き」より「面白さ」「寛容さ」を~」
「とある茶人の知名度から見る世間一般の文化的素養~やっぱり漫画の影響は侮れません~」
「元禄赤穂事件と茶会―戦術的な面から見る―」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「徳川期の茶の湯」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/tokucha.html)
「続茶の湯 数寄者たち」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/1999/991029.html)
山上宗二は千利休の弟子にあたり、秀吉の不興をかい処刑された茶人です。彼が残した言葉をまとめた『山上宗二記』にはこのような言葉があります。
一期に一度の会のやうに、亭主を敬畏す可し。(『茶道名言辞典』東京堂出版 65頁)
心に成るべきほど、客人を敬すべし。貴人の茶湯上手の事は云ふに及ばず、常の参会する人をも、心の底には名人の如くに思ふべし。(同書 64頁)
社会的に偉い人、名人として名高い人はもちろん、そうではなくて平生に出会うような人でも敬意を忘れてはいけない。これは別に茶の湯に限った話ではないように思います。徳川期の茶人としても名高い大名・松平不昧が
客の心になりて亭主せよ。亭主の心になりて客いたせ。(井口海仙『茶道名言集』講談社学術文庫 62頁)
と述べているのも同様の趣旨でしょう。もてなす側・もてなされる側とも相手への心配り・思いやりが求められるという事かと。
また、やはり茶人としても名高かった戦国武将・藤堂高虎はこのような言葉を残したとされています。
人の芸能または諸道具などこなすべからず、面面数寄ずきなるべし。(同書 129頁)
人間の顔貌が人それぞれなのと同様、人の趣味も様々なのだから、他人の流派や持っている茶道具などをけなしてはならない。という意味のようです。利休の師である武野紹鷗が『門弟への法度』で
他会の批判申すまじきこと(『茶道名言辞典』東京堂出版 30頁)
と述べているのも似たような理由からでしょう。誤解のないよう申し上げますと、他人をけなすな、といっても別に相手に何でも追従せよというわけではありません。立花実山『壺中炉談』は禅僧・南坊宗啓の言葉として
賓主歴然の会、巧言令色入るべからず。(井口海仙『茶道名言集』講談社学術文庫 144頁)
と記しています。相手に媚びへつらうのは不可で、心を通じさせるのが大事という事でしょう。自分をしっかりと持ち、たとえ世間一般や自分のそれとは異なっていても相手の好みをどうこう言わない。そしてこちらの好みについても言わせない。無論、他人に実害が及ばない範囲においてでしょうが。上の方で述べた、主客とも相手に敬意を抱き尊重する、というのはそういう事を言っているのかもと思わされます。
そういや、薮内竹心は『源流茶話』で
時節のはやり道具を用い申され候は、自分の物ずきにはあらず、人の物ずきにうつり申さるるに候(同署 145頁)
と世間の流行に乗って道具を集め用いる愚を説いています。流行りものに手を出す事自体がどうというより、自分自身の価値観をしっかり持て、という事なんでしょうね。
中々に難しい内容も多かったですが、伝統が伝統として重んじられるのは、それ相応の理由があるという事なんだろうなあ、と思わされる言葉も多々ありました。
【参考文献】
茶道名言辞典 桑田忠親編 東京堂出版
茶道名言集 井口海仙 講談社学術文庫
大辞泉 小学館
関連記事:
「<言葉>他人に意見する際の心得~「非難」「叩き」より「面白さ」「寛容さ」を~」
「とある茶人の知名度から見る世間一般の文化的素養~やっぱり漫画の影響は侮れません~」
「元禄赤穂事件と茶会―戦術的な面から見る―」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「徳川期の茶の湯」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/tokucha.html)
「続茶の湯 数寄者たち」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/1999/991029.html)
by trushbasket
| 2014-04-02 19:43
| NF








