2014年 04月 19日
『葉隠』の楽しみ方~「武士道」だけだと思うなよ~
|
「武士道は死ぬこととおぼえたり」という冒頭で知られ、武士道を説いた代表的な書物のひとつとされる『葉隠』。余りに強烈な内容から著者・山本常朝が仕えた佐賀藩内部でも奇書扱いされたりしたいわくつきの書でもあります。そんな『葉隠』ですが、エキセントリックな「武士道」以外にも思わぬ顔を見せてくれたりしています。そこで今回は、そうした部分を少し見てみようかと。
まず、彼の人生観について述べた箇所では、意外な本音が垣間見れます。
…何というか、個人的には共感してしまいそうになりますが、滅私奉公で主君に仕えよとか武士道は死ぬ事だとか言ってた人の言葉とは思えません。どさくさに紛れて、それまで言ってきた事と正反対の方向性な言葉を漏らしてくれました。
あと、何かの教訓になるとも思えない逸話なんかも載せていたりします。
殿様が和歌に熱心であった事を称揚するのは良いのですが、殿様にして見ればこの歌はなかったことにしたい黒歴史なんじゃないかと心配になります。
こうした、「何となく面白い」と著者が思ったであろう逸話も結構記録されています。ただ、当事者にしてみりゃ忘れて欲しい話かもしれませんが。
あと、日常的で実践的な生活の智恵というべき記述も多いのは余り知られていません。例えば、「人に意見をして疵を直す」のは大事な事であるし「人の上の善悪を見出す」のは難しくないが、「大かたは、人のすかぬ云ひにくき事を云ふが親切の様に」勘違いしていると。しかしそれは「何の益にも立たず」「人に恥をかかせ、悪口すると同じ事」であると述べています。正しく意見するには、「先づその人の請くるか請けぬかの気をよく見わけ、入魂になり、此方の言葉を兼々信仰ある様に」した上で時節を見て「我が身の上の悪事を申し出し、云はずしても思ひ当る様にか、先づよき処を褒め立て、気を引き立つ工夫を砕」くようにするのがよいだろうと(以上、同書 28-29頁)。何だか、以前の記事で韓非が述べていた内容を思い出す話ですね。
また上から不要な道具を用立てるよう言われたときの心得として「御尤もに存じ奉り候。さりながら、それは追つて吟味仕るべし」とか適当に言って「その人の恥にならざる」ようにして処理するのが良いとも言っています。
倹約令などで細かい規制が出される世相に対して「水至つて清ければ魚棲まず」という言葉が有る通り藻があったりするのでその陰に隠れて魚は育つのだと苦言を呈しています。「少々は、見のがし聞きのがしのがる故に、下々は安置する」(同書 32頁)のだとか。このあたり、大いに頷けるものがあります。
加えて、宴席で酒を断る際へのアドバイス。
また、普段から紅粉を懐中しておいた方がよいとも述べています。なぜなら「酔覚や寝起などは顔の色悪しき事」があるのでこのような時に「紅粉を出し、引きたるがよき」(同書 115頁)と。顔色から印象を悪化させるのを避けるための小細工ですね。
こうして見ると、困った上司への対処法、同僚・部下への接し方、宴席でのふるまいなどまるで現代のサラリーマン向けビジネス本のよう。おそらく『葉隠』は退職したサラリーマンによる後輩世代に向けてのアドバイスと余談という側面もあると考える事も出来そうです。そう考えると、過激な「武士道」談義も戦国の荒々しい気性が消えきっていない時代に生きる「サラリーマン」達への心がけ指南だったのかも。平和が定着した後世から見ると奇書扱いになるのは無理もありません。そして、平和な現代人がそのまま参考にしようというのも無理が有るんじゃないかなと思います。
【参考文献】
葉隠(上)(中)(下) 和辻哲郎・古川哲史校訂 岩波文庫
関連記事:
「徳川期の「武士道」と南北朝動乱~『葉隠』から見る南北朝~」
「サムライ、ハラキリ、ブシドー~切腹を軸に武士の有り様を見る~」
「中国古代史から学ぶ、異なる考えの人間(特に目上)に意見する際の心得~相手の面子を潰すのは論外~」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「エリート教育とは」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/elite.html)
まず、彼の人生観について述べた箇所では、意外な本音が垣間見れます。
人間一生誠に纔の事なり。すいた事をして暮すべきなり。夢の間の世の中に、すかぬ事ばかりして苦を見て暮すは愚なることなり。この事は、悪しく聞いては害になる事故、若き衆などへ終に語らぬ奥の手なり。我は寝る事が好きなり。今の境界相応に、いよいよ禁足して、寝て暮すべしと思うなり。
(『葉隠(上)』岩波文庫 120頁)
<訳>人生は本当に短いものだ。だから好きな事をして暮すべきであろう。夢のようにはかない現世で、好きでもない事ばかりして辛い目を見て暮すのは愚かな事だ。このことは、間違って理解すると害になるので、若い連中には語らずに終わった奥義である。私は寝るのが好きである。今の境遇相応に、出歩く事もなく、寝て暮そうと思う。
…何というか、個人的には共感してしまいそうになりますが、滅私奉公で主君に仕えよとか武士道は死ぬ事だとか言ってた人の言葉とは思えません。どさくさに紛れて、それまで言ってきた事と正反対の方向性な言葉を漏らしてくれました。
あと、何かの教訓になるとも思えない逸話なんかも載せていたりします。
光茂公御十四歳の時の御詠歌
さむき夜にはだかになりて寝たならば明くる朝はこごえ死ぬべし
これ、御詠歌の始めの由申し伝え候。又一説に、多久美作より、「唐の山辺も紅葉しにけり」と申す歌を聞し召され候て、御歌の御執心に相成り候由。(『葉隠(中)』岩波文庫 31頁)
<訳>鍋島光茂公が十四歳のときに詠まれた歌
さむき夜にはだかになりて寝たならば明くる朝はこごえ死ぬべし
これが、初めて詠まれた歌だと伝えられている。また一説では、多久美作から、「中国の山辺も紅葉した」という歌をお聞きになって、和歌に熱心になられたとの事である。
殿様が和歌に熱心であった事を称揚するのは良いのですが、殿様にして見ればこの歌はなかったことにしたい黒歴史なんじゃないかと心配になります。
光茂公綱茂公御在府の時、正月元日上御屋敷にて光茂公へ御目見えこれあり候に付て、その間は綱茂公御式台裏の間へ御座成され候。光茂公、「信濃はどこに居り候や。」と仰せられ候時、御小姓何がし、「若殿様は御隠れ御座成され候。」と申し上げ候。斯様の誤あるべき事なり。(『葉隠(上)』岩波文庫 44-45頁)
<訳>鍋島光茂公とその子であられる綱茂公が共に江戸におられた時、元日に上屋敷で光茂公が家臣たちに謁見していたので、その間は綱茂公は裏の間に身を隠して控えておられた。光茂公が「綱茂はどこにいるのか」と仰せになったとき、小姓の誰それが「若殿様はお隠れになられました(注:『お隠れになる』とは貴人が死去したという意味もあります)」と申し上げてしまった。このような間違いは起こりうる事である。
こうした、「何となく面白い」と著者が思ったであろう逸話も結構記録されています。ただ、当事者にしてみりゃ忘れて欲しい話かもしれませんが。
あと、日常的で実践的な生活の智恵というべき記述も多いのは余り知られていません。例えば、「人に意見をして疵を直す」のは大事な事であるし「人の上の善悪を見出す」のは難しくないが、「大かたは、人のすかぬ云ひにくき事を云ふが親切の様に」勘違いしていると。しかしそれは「何の益にも立たず」「人に恥をかかせ、悪口すると同じ事」であると述べています。正しく意見するには、「先づその人の請くるか請けぬかの気をよく見わけ、入魂になり、此方の言葉を兼々信仰ある様に」した上で時節を見て「我が身の上の悪事を申し出し、云はずしても思ひ当る様にか、先づよき処を褒め立て、気を引き立つ工夫を砕」くようにするのがよいだろうと(以上、同書 28-29頁)。何だか、以前の記事で韓非が述べていた内容を思い出す話ですね。
また上から不要な道具を用立てるよう言われたときの心得として「御尤もに存じ奉り候。さりながら、それは追つて吟味仕るべし」とか適当に言って「その人の恥にならざる」ようにして処理するのが良いとも言っています。
倹約令などで細かい規制が出される世相に対して「水至つて清ければ魚棲まず」という言葉が有る通り藻があったりするのでその陰に隠れて魚は育つのだと苦言を呈しています。「少々は、見のがし聞きのがしのがる故に、下々は安置する」(同書 32頁)のだとか。このあたり、大いに頷けるものがあります。
加えて、宴席で酒を断る際へのアドバイス。
禁酒と申し候ては、酒癖にても有る様に候間、あたり申すと申して二三度捨てて見せ申すべく候。その上にては、人も強ひ申すまじく候。(同書 38頁)
<訳>禁酒していると申し上げれば、酒癖が悪いように思われるので、風に当ってまいりますと申し上げて(外で)二三度酒を捨ててみせる事だ。その上でなら、人も酒を強いてはくるまい。
また、普段から紅粉を懐中しておいた方がよいとも述べています。なぜなら「酔覚や寝起などは顔の色悪しき事」があるのでこのような時に「紅粉を出し、引きたるがよき」(同書 115頁)と。顔色から印象を悪化させるのを避けるための小細工ですね。
こうして見ると、困った上司への対処法、同僚・部下への接し方、宴席でのふるまいなどまるで現代のサラリーマン向けビジネス本のよう。おそらく『葉隠』は退職したサラリーマンによる後輩世代に向けてのアドバイスと余談という側面もあると考える事も出来そうです。そう考えると、過激な「武士道」談義も戦国の荒々しい気性が消えきっていない時代に生きる「サラリーマン」達への心がけ指南だったのかも。平和が定着した後世から見ると奇書扱いになるのは無理もありません。そして、平和な現代人がそのまま参考にしようというのも無理が有るんじゃないかなと思います。
【参考文献】
葉隠(上)(中)(下) 和辻哲郎・古川哲史校訂 岩波文庫
関連記事:
「徳川期の「武士道」と南北朝動乱~『葉隠』から見る南北朝~」
「サムライ、ハラキリ、ブシドー~切腹を軸に武士の有り様を見る~」
「中国古代史から学ぶ、異なる考えの人間(特に目上)に意見する際の心得~相手の面子を潰すのは論外~」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「エリート教育とは」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/elite.html)
by trushbasket
| 2014-04-19 20:37
| NF








