2014年 05月 18日
『三国志』のとある後日談 ~自称「劉禅の後継者」がいた~
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我が国での三国志人気を考慮すると、蜀漢の二代目・劉禅がその最後の君主である事は御存じの方も多いかと思います。後に『三国志演義』など娯楽作品で蜀漢が善玉とされた関係もあり、亡国の君主となった劉禅の後世における評価は必ずしも芳しくありません。
しかし、中国には劉備・劉禅の後継者を自称した人物がいたのをご存知でしょうか。それも、決して実力のない存在ではありません。
三国時代を制した西晋は、短期間で帝室同士の抗争や北方民族の挙兵により混乱に陥ります。北方民族による蜂起の先陣を切ったのが匈奴でしたが、その指導者の名を劉淵と言いました。彼は匈奴の左賢王すなわち相当な有力者でしたが、漢王朝と直接の血縁関係があるかは疑問とされています。
そんな彼ですが、自立直後に根拠地・左国城で「漢王」を名乗っています。なんでも、匈奴は前漢時代に漢帝室と通婚し、兄弟関係となったのが論拠だとか。曰く、
とのこと。そして、劉禅に孝懐皇帝の名を追贈。御承知の方も多いかと思いますが、劉禅は魏に降伏し諸侯として生涯を終えたため、皇帝としての名はありませんでした。劉淵はそれにとどまらず、更に高祖劉邦以下、前漢・後漢・蜀漢における歴代皇帝の神主(位牌)を祭りました。そうする事で、漢の後継者である事を宣言したのです。
劉淵は自立当初は「大巣于」の称号を名乗っており、匈奴出身である事を誇っていたのは疑いありません。しかし、それはそれとして中国内部の人民の支持を得ようとする際には、異民族である事が負い目になっていたと思われます。中国で長い歴史を誇る漢王朝の後継者を宣言する、それが彼の選んだ漢民族懐柔の手段だったのでしょう。もっとも、後の世代になるとこの政権も、国号を「漢」から「趙」に変更しており、世代が変わると漢王朝への思い入れは不要のものとみなされたようですが。
余談ながら、十四世紀前半に登場した娯楽文学『新全相三国志平話』では、劉淵を劉備の外孫で蜀漢滅亡時に北方に逃亡したという設定にしています。すなわち、劉淵が北方で自立して漢王朝を再興、更にその子・劉聡が晋を滅ぼして大団円。もちろん、これは蜀漢陣営が雪辱を成し遂げたという形式で気分良く物語を結ぶための牽強付会に過ぎません。しかし劉淵が劉禅に対して表した扱いを考えると、何かの縁を感じますね。
さらに余談を追加しますと、調べた範囲では、劉禅の諡に用いられた「懐」の字は「善を以て人を挙げる」という良い意味の事もありますが、「慈愛の心を持つが、夭折する」という意味合いが込められる事もあるそうで。劉禅はそこそこ長生きはしましたから前者の意味合いのようにも思われますが、亡国の君主だった事がこの諡に繋がった可能性も完全に否定はできなそう。劉淵の政権が後に滅ぼす事になる晋王朝の「懐帝」も亡国の君主でしたしね。どんなニュアンスを込めて劉淵は劉禅にこの号を贈ったのか、気になるところです。
【参考文献】
五胡十六国 中国史上の民族大移動 三崎良章 東方書店
三国志演義 井波律子 岩波新書
「謚号辞典」(http://www.toride.com/~fengchu/sigou/)
世界の歴史7大唐帝国 宮崎市定 河出書房新社
関連記事:
「三国志の時代と日本」
「偉大なるダメ人間シリーズ外伝その6 フィギュアを愛好した三国志の英雄」
「涼宮ハルヒの名将の憂鬱 後編」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「はじめてのさんごくしin歴研」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2003/031219.html)
「『晋書』 宣帝紀」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2003/030704.html)
「『晋書』 武帝紀」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2004/040514.html)
「「三国志」の時代に関する史料」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2002/020531b.html)
「孫呉の軍事指導者と国家戦略」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2002/020524a.html)
「呉の文化人達」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2002/020524b.html)
「甘露元年及び宝鼎元年の呉の遷都」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2004/041008.html)
「蜀漢の文化人達」
しかし、中国には劉備・劉禅の後継者を自称した人物がいたのをご存知でしょうか。それも、決して実力のない存在ではありません。
三国時代を制した西晋は、短期間で帝室同士の抗争や北方民族の挙兵により混乱に陥ります。北方民族による蜂起の先陣を切ったのが匈奴でしたが、その指導者の名を劉淵と言いました。彼は匈奴の左賢王すなわち相当な有力者でしたが、漢王朝と直接の血縁関係があるかは疑問とされています。
そんな彼ですが、自立直後に根拠地・左国城で「漢王」を名乗っています。なんでも、匈奴は前漢時代に漢帝室と通婚し、兄弟関係となったのが論拠だとか。曰く、
漢は天下を支配すること長く、その恩徳は人心に結びついている。だから昭烈帝(劉備)は益州一州の地だけで天下を張り合えたのである。我々匈奴は漢皇帝の甥であり、兄弟ともなった。兄が亡んだら弟が継ぐのは当然である。漢と称して後主(劉禅)を追尊し、人望を懐くべきである
(三崎良章『五胡十六国 中国史上の民族大移動』東方書店 58頁)
とのこと。そして、劉禅に孝懐皇帝の名を追贈。御承知の方も多いかと思いますが、劉禅は魏に降伏し諸侯として生涯を終えたため、皇帝としての名はありませんでした。劉淵はそれにとどまらず、更に高祖劉邦以下、前漢・後漢・蜀漢における歴代皇帝の神主(位牌)を祭りました。そうする事で、漢の後継者である事を宣言したのです。
劉淵は自立当初は「大巣于」の称号を名乗っており、匈奴出身である事を誇っていたのは疑いありません。しかし、それはそれとして中国内部の人民の支持を得ようとする際には、異民族である事が負い目になっていたと思われます。中国で長い歴史を誇る漢王朝の後継者を宣言する、それが彼の選んだ漢民族懐柔の手段だったのでしょう。もっとも、後の世代になるとこの政権も、国号を「漢」から「趙」に変更しており、世代が変わると漢王朝への思い入れは不要のものとみなされたようですが。
余談ながら、十四世紀前半に登場した娯楽文学『新全相三国志平話』では、劉淵を劉備の外孫で蜀漢滅亡時に北方に逃亡したという設定にしています。すなわち、劉淵が北方で自立して漢王朝を再興、更にその子・劉聡が晋を滅ぼして大団円。もちろん、これは蜀漢陣営が雪辱を成し遂げたという形式で気分良く物語を結ぶための牽強付会に過ぎません。しかし劉淵が劉禅に対して表した扱いを考えると、何かの縁を感じますね。
さらに余談を追加しますと、調べた範囲では、劉禅の諡に用いられた「懐」の字は「善を以て人を挙げる」という良い意味の事もありますが、「慈愛の心を持つが、夭折する」という意味合いが込められる事もあるそうで。劉禅はそこそこ長生きはしましたから前者の意味合いのようにも思われますが、亡国の君主だった事がこの諡に繋がった可能性も完全に否定はできなそう。劉淵の政権が後に滅ぼす事になる晋王朝の「懐帝」も亡国の君主でしたしね。どんなニュアンスを込めて劉淵は劉禅にこの号を贈ったのか、気になるところです。
【参考文献】
五胡十六国 中国史上の民族大移動 三崎良章 東方書店
三国志演義 井波律子 岩波新書
「謚号辞典」(http://www.toride.com/~fengchu/sigou/)
世界の歴史7大唐帝国 宮崎市定 河出書房新社
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「三国志の時代と日本」
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「涼宮ハルヒの名将の憂鬱 後編」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「はじめてのさんごくしin歴研」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2003/031219.html)
「『晋書』 宣帝紀」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2003/030704.html)
「『晋書』 武帝紀」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2004/040514.html)
「「三国志」の時代に関する史料」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2002/020531b.html)
「孫呉の軍事指導者と国家戦略」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2002/020524a.html)
「呉の文化人達」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2002/020524b.html)
「甘露元年及び宝鼎元年の呉の遷都」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2004/041008.html)
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(※2019/4/7 OBサイト閉鎖、一部記事再掲載に伴いリンク変更。一部、リンク修正。)
※2024/9/15 年代のミスを修正。
劉淵の漢によっていったん滅亡した晋が南方政権として再建された時期に興味のある方は、社会評論社『戦後復興首脳列伝』『世界ナンバー2列伝』を御参照ください。
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by trushbasket
| 2014-05-18 23:24
| NF








