<読書案内>『南朝の真実 忠臣という幻想』
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・圧倒的劣勢のため目立たないものの実は南朝にも内紛やその芽が絶えず存在した。
・一般には否定的に捉えられがちな建武政権だが、時代の要請に応えようとしていた面は見過ごせない。
・足利政権の、建武政権継承者としての側面(制度面、意識面とも)。
・後醍醐に心酔しきっていた「忠臣」はいたのか、いたとしたら誰か?
といった点について論証しています。作中で述べられる個々の事実は既に知られていたものも多いですが、それらを組み合わせて興味深い論説がなされています。南北朝好きの人にとっては、要チェックの一冊かと。
以下、余談。足利政権の下で北陸方面を担当した斯波高経は戦下手との評価をされているようで。零落した新田義貞にも巻き返された、というのがその評価の一因になっているようですが、他はともかく義貞に敗れたのは仕方ないような気がします。尊氏や北畠顕家・楠木正成といった日本史全体から見てもトップクラスの名将と比較するからパッとしないように見えますが、無位無官から始まりながら名門出身である尊氏の対抗馬として武家の棟梁の座を曲がりなりにも争った人物ですよ。鎌倉政権の命脈を絶ち、尊氏を相手に勝ったり負けたりを繰り返した実績のある義貞は十二分に名将と呼ばれてよい傑物だと思います。比較対象が皆チートすぎるだけで。その義貞を相手に、周囲からの援助を受けつつも結局は敵将を討ち取って北陸を安定させた実績があるのだから高経も指揮官として相応に評価されてよいと思うのですけどね…。
更に余談。楠木正成は近代において湊川合戦での壮烈な最期に焦点が当てられがちで、それが第二次大戦における全滅前提の戦いぶりに影響を与えたとされています。しかし、実のところ彼本来の精神性はそれと正反対の「現実性と合理性」「いい意味での狡猾さ」(同書 207頁)にあったという事はもっと注目されるべき、というのには同感です。実際、千早・赤坂での戦いぶりは以前の記事で評した大阪兵のありようを連想させるものがあります。
関連記事:
「<雑記>「大阪兵は弱い」は本当か?~作家達による品定め~」
南北朝時代の人物については、社会評論社『ダメ人間の日本史』『敗戦処理首脳列伝』『戦後復興首脳列伝』『世界ナンバー2列伝』でも少し触れています。興味のある方は御参照ください。
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