2014年 07月 13日
【ネタバレ注意】『大冒険 セントエルモスの奇跡』に登場する都市データベース(上)
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昔、セガサターンというゲーム機が存在した時代に『大冒険 セントエルモスの奇跡』というゲームが発売されました。大航海時代と思しき世界を舞台に、バルセロナ出身の主人公が各地のモンスターに支配された貿易港を解放し、交易などで稼ぎながら艦隊を強化していくという世界観のRPG作品です。ただ、残念ながら世間からの評価は必ずしも芳しくないようですが…。
【注意!以下は『大冒険 セントエルモスの奇跡』に関するネタバレ要素があります。】
さて、今回はこの『大冒険 セントエルモスの奇跡』に登場する港に関して地図で場所を提示すると共に簡単な解説をしたいと思います。分量が多いので、上下に分けさせていただきます。都市の順番や※がついた都市には、一応の意味があります。
なお、世界地図は「帝国書院」(https://www.teikokushoin.co.jp/) の大西洋白地図を利用させていただき、都市の位置を描き加えています。また、各都市に関する人口データが古いものが多いことに関しては、御容赦ください。

<ヨーロッパ・北アフリカ>
1.バルセロナ Barcelona
スペイン北東部、地中海に臨む港湾都市。カタルーニャ地方の商工業・文化の中心地。紀元前3世紀にカルタゴが建設した植民市に始まる。人口150万3884(2001)。
2.バレンシア Valencia
スペイン東部、地中海に臨む都市。人口73万8441(2001)。紀元前3世紀のギリシア人植民市に由来する。1238年以来大司教座の所在地で、農産物の集積地。
3.アルメリア Almeria
スペイン南部の地中海に臨むアルメリア湾岸に位置する港湾都市。人口16万6328(2001)。フェニキア人により建設され11世紀にはムーア人国家の首都ともなった。アルザーバ城塞(8世紀)、高い塔をもつサンティアゴ教会(16世紀)などがある。ブドウ・柑橘類などを輸出している。
4.マルセイユ Marseille
フランス南部、ローヌ川河口デルタの東端に地中海に面する港湾都市。人口79万8430(1999)。紀元前6世紀のイオニア人植民市に由来し、十字軍遠征により海上交易の拠点として栄える。15世紀にフランスに併合された後は、オスマン帝国との同盟を利用して東方貿易で繁栄。
5.ジェノバ Genova
イタリア北西部、アペニン山脈が背後に迫るジェノバ湾の奥に位置する港湾都市。人口60万3560(2001)。2世紀にローマの前線拠点として建設。10世紀末より十字軍遠征に乗じて海上交易に進出。11世紀末には共和国となり13世紀頃からはキオス島、レスボス島、黒海沿岸などに植民地。
6.バチカン Vatican
ローマ市中に存在する教皇庁の所在地。人口802(2007)。ローマ教皇領は321年にコンスタンティヌス1世がローマの教会へ特別な土地の贈与をしたことに起源を発する。現在のバチカン市国は1929年にイタリアのファシスト政権と結んだラテラノ協定による。
7.ナポリ Napoli
イタリア南部の港湾都市で人口99万3386(2001)。紀元前5世紀のギリシア植民市に由来し、12世紀にはノルマン人に征服される。ナポリ王国の首都として南イタリアの政治・文化の中心で、交易より周辺の農業に基盤を求める傾向がある。
8.サンマリノ San Marino
イタリア半島北東部の内陸に存在する共和国で標高739メートルのティターノ山とその周辺の丘陵地に広がる。面積60.57平方キロメートル、人口3万1000(2007推計)。首都は城壁に囲まれた山頂の町サン・マリノ(人口4414、2005)。4世紀に迫害から逃れた石工マリノにより築かれたとされる。10世紀に要塞化、11世紀には自治都市となる。
9.ヴェネチア Venezia(ベニス Venice)
イタリア北東部、アドリア海北岸に臨む港湾都市。人口26万6181(2001)。5-7世紀にかけて西ゴート族やフン族などから北部の住民が避難した事に由来。9世紀頃からアドリア海の海上覇権を握りビザンツ帝国との協定で特権を得る。十字軍にも協力し13-16世紀にわたり地中海交易で繁栄。
10.パトレ Patrai(パトラス Patra)
ペロポネソス半島の北西部にある港湾都市。人口16万3446(2001)。古代からギリシアと西方とを結ぶ海上交易上の要衝とされた。アクロポリス跡に建てられた要塞、古代ローマ時代のオデオン遺跡などがある。
11.アテネ Athina(アテナイ Athinai)
古代ギリシアの代表的都市国家。アッティカ半島中央のサロニカ湾に面した平野部に位置する。人口74万5514(2001)、都市圏人口は310万。紀元前8世紀頃から都市として成立し、紀元前5世紀には民主制の下で繁栄した。外港はピレウス Pireus(ペイライエウス Piraieus)。
12.イスタンブール Istanbul
ボスポラス海峡の東西両岸にまたがって所在するトルコ最大の都市。人口880万3468(2000)。紀元前7世紀頃のギリシア人植民市として始まる。330年にコンスタンティヌス帝による遷都以来、ローマ帝国及びビザンツ帝国、更にオスマン帝国の首都として繁栄した。
13.オデッサ Odesa
ウクライナ南部の港湾都市。人口102万9000(2001)。古くはタタール人、トルコ人の集落であったが18世紀末にロシアが獲得。資本主義の発達に伴い港湾都市として重視された。
14.トレビゾンド Trebizond(トラブゾン Trabzon)
小アジア半島北東部、黒海に臨む港湾都市で海陸交通の要衝。人口21万4949(2000)。紀元前7世紀にギリシア人植民市として始まる。クセノポンがペルシア帝国から逃れて到達した地であり、ビザンツ帝国が十字軍により滅ぼされた際にはビザンツ残存勢力による拠点のひとつとなった。
15.カイロ Cairo
ナイル川デルタの南端から25キロメートル南の都市。西アジアとアフリカ、ヨーロッパを結ぶ要地に位置し、エジプトの政治、経済、文化の中心地である。人口710万9000(1999推計)。10世紀にファーティマ朝が首都として建設し、以来エジプトの中心地でありイスラーム世界有数の都会として繁栄。
16.アレキサンドリア Alexandria
ナイル川デルタの西端にある港湾都市。人口333万9076(1996)。綿花、小麦、砂糖、野菜を輸出。紀元前331年にアレクサンドロス大王が建設し、アレクサンドロス帝国分裂後もプトレマイオス朝の首都として繁栄。ローマ帝政期にはキリスト教哲学の中心地となった。イスラーム支配下ではカイロに地位を奪われ衰退したが、近代に入りムハンマド・アリーやイギリスが海軍基地として再興。
17.タラブルス Tarabulus(英仏:トリポリ Tripoli)
レバノン北西部の港湾都市。人口21万2900(2003推計)。紀元前8世紀にはすでにシドン人、ティロス人、アラド人が3か所に分かれて居住しトリポリス Tripolis(三つの都市という意味)として繁栄。その後、イスラーム勢力の支配下に入り十字軍との争奪戦の対象にもなった。
18.パレルモ Palermo
シチリア島北西部の港湾都市。人口65万2640(2001)紀元前8世紀頃にフェニキア人により建設され、9世紀前半にはイスラーム勢力の下で繁栄。その後、ノルマン人が征服。17世紀以降は農産物集積地としての性格を強める。
19.サッサリ Sassari
サルデーニャ島北西部の都市。人口11万2959(2001)。外港としてポルト・トッレス Porto Torresを持ち、13世紀にはこの地域の商業中心地となる。
20.チュニス Tunis
チュニジアの首都。シチリア島・マルタ島と向かい合い地中海中央を押さえる位置にある。人口69万6700(2002推計)。古代にカルタゴが存在したのとほぼ同じ地点である。13世紀にハフス朝の首都として成長、オスマン帝国やフランス支配の時代においても重要拠点として発展した。
21.アルジェ Alger
アルジェリアの首都で地中海に面した港湾都市。人口151万9570(1998)。フェニキアの植民市として建設され、10世紀に港が作られる。16世紀にオスマン帝国の総督府が置かれて以降発展。フランス支配時代にはヨーロッパ風都市が建設された。
22.パルマ(パルマ・デ・マリョルカ) Palma de Mallorca
イベリア半島の東にあたるバレアレス諸島の中心都市で、マジョルカ島西岸に位置する港湾都市。スペイン領であり司教座所在地。人口33万3801(2001)。良港をもち、軍事・交易の要衝である。13世紀前半にマジョルカ王国の首都となるまで支配者がしばしば交代した。
23.セウタ Ceuta
北アフリカ北西端、ジブラルタル海峡に臨むスペイン領の港湾都市。人口7万1505(2001)。古来、軍事・航海上の要衝で、フェニキア人が植民市として建設して以来、諸勢力が争奪する。15世紀初頭にポルトガルが占領するが、16世紀後半にポルトガルとスペインが連合したのを契機にスペイン支配下となり、ポルトガル再独立後もスペイン領。
24.リスボン Lisbon
ポルトガルの首都。テージョ川下流の三角江右岸にある港湾都市。人口55万6797(2001)。ローマ、西ゴート、イスラーム勢力の支配を経てポルトガルが征服。レコンキスタ終了後は首都になる。1498年にバスコ・ダ・ガマがインド航路発見に成功した後は香料の荷揚げ港として繁栄。
25.オポルト Oporto(ポルト Porto)
ポルトガル北西部、ドーラ川河口の港湾都市。オポルトは英語名。ポートワインの積出港として有名。ローマ時代にはポルトゥス・カレ Portus Caleとして知られ、「ポルトガル」の国名はこの都市に由来する。1385年にジョアン1世の即位に際して決定的な役割を果たしたため市民に多くの特権が付与された。17世紀にはワイン輸出で発展しイギリスとの結びつきが強くなる。
26.ボルドー Bordeaux
フランス南西部の港湾都市。大西洋に注ぐガロンヌ川の河口から98キロメートル上流に位置する。人口21万5363(1999)。国内北部、スペイン、地中海方面を結節する道路、鉄道交通の要衝で、地中海とはミディ運河によっても結ばれる。ローマ時代にはケルト商人の港市で、その後もアキテーヌ王国等の中心地として栄える。その後はイギリスの支配下に入るが百年戦争の終結とともにフランスに吸収された。周辺地域はローマ時代からワインの大生産地であり、13世紀にはイギリス、スペインへのワインの大輸出港として栄え、18世紀に植民地経営が開始されると造船業が発展し繁栄した。
27.ブレスト Brest
ブルターニュ半島の先端部、ブレスト湾に面する港湾都市。人口14万9634(1999)。ローマ時代以来の港で、1342~97年にはイギリスが占領し1532年にブルターニュ戦争の結果フランス領となる。17世紀に軍港となりJ・B・コルベールによって整備されボーバンが要塞化。現在、大西洋岸ではフランス最大の軍港である。
28.パリ Paris
フランス北部、パリ盆地の中央部に位置しセーヌ川が市内を貫流する都市。フランスの首都。人口212万5246、首都圏人口964万4507(1999)。紀元前3世紀頃にケルト系のパリシイ人がシテ島を中心に居住しセーヌ川を利用した交易活動を行ったのが都市としての起源である。その後、紀元前1世紀のカエサルによるガリア遠征を契機にローマの支配下に入る。6世紀初頭にメロヴィング朝フランク王国の首都として発展。カロリング朝時代には政治の中枢から外れるが、9世紀後半にパリ伯がフランク国王となりその子孫ユーグ・カペーが11世紀にカペー朝を開く事でその地位をゆるぎないものとした。以降、フランスにおける中心地として発展していく。
29.アムステルダム Amsterdam
アムステル川がアイセル湖のアイ湾に流入する地点に位置する港湾都市。オランダの憲法上の首都(実質上の首都はハーグ)。人口73万4594(2001)。この地に集落が成立したのは13世紀中頃であり、13世紀末に都市特許状を獲得。ハンザ諸都市とフランドル地方との間の貿易における内陸ルートの要衝として海上輸送に進出し、16世紀前半にはバルト海地域産穀物の一大市場となる。1585年、当時最大の貿易港であったアントウェルペンがスペイン軍に占領されたのを契機にそれに取って代わる。17世紀には絶頂期を向かえ世界的な規模で海上貿易を支配すると共に金融市場としても繁栄。
30.ハンブルク Hamburg
北海に流入するエルベ川の河口から約100キロメートル上流に位置するドイツ最大の港湾都市。人口172万8800(2002)。9世紀前半にこの地に城砦が築かれ、大司教座がおかれて北欧へのキリスト教布教の基地となった。12世紀に領主シャウエンブルク伯が商人を計画的に定住させ、1189年に神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世がエルベ川下流域における商業、関税、航行の特権を与える。14世紀にはハンザ同盟の東西貿易の中継地となり、バルト海域の毛皮・蝋・穀物・鉱物を西へ、西からの毛織物・香料・奢侈品をリューベックへ運ぶようになる。16世紀にはイギリスとの毛織物交易を行うと共に新教徒の亡命者を受け入れ17世紀に全盛期を迎えている。
31.オスロ Oslo
スカンジナビア半島南部にあるオスロ・フィヨルドの湾奥部に発達した港湾都市。ノルウェーの首都。人口51万4541(2002)。11世紀半ばにハラルド強意王が建設し、11世紀末に司教座となる。14世紀初頭に首都となりドイツ商人の進出で栄えるも同世紀半ばのペストで衰微。その後も同国の政治・文化の中心である。18世紀に木材交易で富裕商人層を形成。
32.ロンドン London
テムズ川河口から約60キロメートル上流に位置する。イギリスの首都。人口717万2036(2001)。43年にローマはテムズ川の渡河に適している事からこの地にロンディニウム Londiniumの町を建設、ブリタニアの道路網の中心とする。ローマが去った後は一時衰退するが10世紀にイングランドが統一されると首都として繁栄を取り戻す。以降、英国の中心地として発展。
33.ダブリン Dublin
アイルランド島の東岸、ダブリン湾に面し、リフィ川河口に位置する。アイルランドの首都。人口49万5101、首都圏人口112万2600(2002国勢調査)。古くからケルト人によって「難攻不落の砦」と呼ばれていたが、9世紀デーン人がこの地に城砦を建設したのを契機にダブリンの名が定着。1172年にイギリス王ヘンリー2世がアイルランド首長からダブリンで臣従の礼を受けて以降、イギリスによるアイルランド支配の拠点となった。独立後もアイルランドの中心地。
34.コペンハーゲン Copenhagen
エアスン海峡に臨むシェラン島とアマア島にまたがる都市でデンマークの首都。人口66万0066(2002)。首都圏人口108万4556(2002)。11世紀半ばには既に港湾として利用されており12世紀後半にアブサロン司教がバルト海制圧の拠点として築城。同世紀末にはニシン漁・交易で繁栄する。1254年に都市として認められハンザ同盟と対抗、1443年にデンマークの首都とされた。
35.ストックホルム Stockholm
メーラレン湖とバルト海を結ぶ川の両岸と数個の島々を占める港湾都市。スウェーデンの首都。人口75万4948(2001)、首都圏人口182万2224(2000)。13世紀半ばにビルイェル・ヤールが海上からの侵入を防ぐために城砦を築いたのに端を発し、やがて周囲に形成された町がハンザ同盟と対抗する形で港町として発展。ドイツ人商人が多く、文化的にも影響が強い。1435年頃からスウェーデンの首都と認識されるようになる。
36.スタバンゲル Stavanger
ノルウェー南部の都市。人口11万0062(2002)。12世紀に建ったノルマン風の教会をはじめ、露天市場や狭い石畳の道など、古い町並みを残している。これを取り巻き、漁業・貿易関係の港湾施設、工業地帯、そして住宅地域が形成されている。
※37.プーシキン Pushkin
サンクト・ペテルブルグ南郊の観光都市。人口9万3600(1996)。18世紀初めにロシア皇帝の夏の宮殿として建設された。当時はツァールスコエ・セロー Tsarskoe Selo、1917年以降はジェツコエ・セロー Detskoe Seloといったが、1937年にここで学んだ詩人プーシキンを記念して改名された。
<サハラ以南アフリカ・アラビア>
38.ビリャシスネロス Villa Cisneros(ダクラ、ダフラ Dakhla)
西サハラの大西洋岸にある港町で、旧スペイン領サハラ時代の中心都市の一つ。現在はダクラ(ダフラ) Dakhlaと改称。人口5570(1990)。1884年に西サハラ最初のスペイン人拠点となる。沖合いにカナリア海流による好漁場があり、漁港として知られ製塩場もある。カサブランカと結ぶ国際空港がある。
39.モンロビア Monrovia
リベリアの首都。セント・ポール川河口に位置し大西洋に面する港湾都市。人口47万9000(1999)。1822年にアメリカの解放奴隷がアメリカ植民協会として入植、建設した。地名は当時のアメリカ大統領モンローにちなむ。
40.アンビジャン(アビジャン) Abidjan
西アフリカ、ギニア湾沿岸にあるコートジボワールの前首都。人口319万9000(1999推計)。1934年にフランス領植民地コートジボワール(1893年成立)政府が中心地をここにおいたが、その際には人口数千の小さな漁村にすぎなかった。しかし1950年にビリディ運河が開通して外洋大型船の接岸可能な良港となったのを契機にコートジボアールの経済成長を背景として急速に発展する。
41.リブルビル(リーブルビル) Libreville
アフリカ中部、ギニア湾岸のガボン川河口右岸に位置する港湾都市。ガボンの首都。人口52万3000(1999推計)。「自由の町」を意味しており、19世紀半ばに解放された黒人奴隷に自由な社会を与える目的で建設された。以降、ガボン地方の商業の中心となり、タバコ・生ゴム・コクタン・オクメ材・象牙などが輸出されるようになる。
42.ケープタウン Cape Town
アフリカ大陸南端、大西洋に突出するケープ半島の基部に位置しテーブル湾に臨む港湾都市。人口85万4616(1991)。南アフリカ共和国西ケープ州の州都であり、共和国議会の所在地でもある。1652年オランダ東インド会社のヤン・ファン・リーベックが東インドへの寄港地として初めて入植。当初白人125人であった人口は、1806年にイギリス植民地となって以降増加する。19世紀後半にキンバリーでのダイヤモンド鉱の発見、ウィトワーテルスランドにおける金鉱の発見に伴いそれらを結ぶ鉄道のターミナルとなり、また第一次大戦以後の工業化に伴い貿易港の機能を果たした事が繁栄を支えた。
43.ダーバン Durban
南アフリカ東部のインド洋に面した港湾都市。人口113万7378(1991)。白人の入植は1824年のイギリス領ケープ植民地からの交易商人が始まりで、当初はポート・ナタールとよばれた。1830年代に入植者の増加とともに町が発展すると当時のケープ総督の名にちなみダーバンと改名された。19世紀後半には内陸部のウィトワーテルスランドで金鉱が発見され、ダーバンの港としての重要性が高まり1890年代に金鉱地帯との間に鉄道が建設された。
44.ツレアル Tulear(トリアラ Toliara)
マダガスカル南西部の、モザンビーク海峡に面した港湾都市。人口6万1416(1990)。18-19世紀にマスカリン諸島との奴隷貿易で開け、メリナ王国時代には要塞守備隊が置かれていた。フランス支配時代に開発が進められる。
45.モザンビーク Mozambique
モザンビーク北東部の港湾都市で、本土より5km離れた同名の島に位置する。人口約1万5000。1498年バスコ・ダ・ガマが寄港し、1508年にポルトガルの基地となった。1907年までポルトガル領東アフリカの首都であった。
46.ブラバ Brava(バラーウェ Baraawe, Brawa)
南ソマリア、モガディシュの南方に位置しインド洋に面した港湾都市。早くから貿易港として栄え16世紀にはポルトガルが支配下におき、オスマン帝国の手を経て17世紀にはザンジバルが支配。1905年にイタリア領となる。
47.アデン Aden
アラビア半島南部、イエメン共和国南西部の港湾都市。人口51万0400(2002推計)。紅海入口から東へ160キロメートルのアデン湾北岸に位置する。古来より南海貿易の中継地として知られ、『エリトラ海案内記』にエウダイモーン・アラビア、プトレマイオスの『地理書』にアラビア・モンポリウムとして記載されている。ササン朝の支配を経て7世紀前半にイスラーム圏となった。19世紀前半にイギリス東インド会社が獲得、スエズ運河開通により中継地・軍港として以前以上に重視された。
48.メッカ Mecca(アラビア:マッカ Makkah)
アラビア半島西部、サウジアラビアのヒジャーズ地方の主要都市。イスラーム第一の聖地。人口161万4800(2003推計)。紅海沿岸から約100キロメートル内陸に位置し、涸(か)れ谷と両側の河岸段丘上に発達した都市である。イスラーム以前からオアシス交易都市として知られ、アダムとイブやアブラハムの伝説が存在した。クライシュ族が多神教の下でカーバ神殿を保護してメッカを支配し、隊商を組織して経済力をつけていた。7世紀にクライシュ族出身であるムハンマドがイスラームを開きメッカを征服すると、多神教は廃されカーバ神殿を中心にイスラームの聖地となった。海上交易は西方のジッダ Jiddahを通じて行われた。
※49.ベンゲラ Benguela
アフリカ南西部、アンゴラの大西洋に面した港湾都市。人口13万1400(2002推計)。1587年にポルトガルが砦を築き、1617年に町を建設。以後、奴隷貿易を中心に重要な商業拠点とされた。
以下、(下)に続きます。(下)はこちら。
【参考文献】
日本大百科全書 小学館
世界地名辞典 西洋篇 東京堂
ブリタニカ国際大百科辞典 TBSブリタニカ
Encyclopedia of Historical Places A Hudson Group Books
The Columbia Gazeteen of the World Columbia University Press
地歴高等地図 改訂版 帝国書院
Historical Dictionary of Madagascar Maureen Corell The Scarecrow Press, Inc.
「帝国書院」(https://www.teikokushoin.co.jp/)
関連記事:
(下)で御紹介します。
関連サイト:
「へっぽこ刑事のホームページ」(http://www.ac.auone-net.jp/~hepodek/index.html)より
「大冒険 セントエルモスの奇跡 ・ ボス攻略データ集」
(http://www.ac.auone-net.jp/~hepodek/maura.html)
「大冒険 セントエルモスの奇跡 頻出質問集」
(http://www.ac.auone-net.jp/~hepodek/hidoi.html)
「PIXY'S ROOM」(http://www.ne.jp/asahi/pixy/room/index.htm)より
「大冒険航海日誌」(http://www.ne.jp/asahi/pixy/room/bouken.htm)
各都市のボスが発する個性的な台詞にも要注目のようです。
【注意!以下は『大冒険 セントエルモスの奇跡』に関するネタバレ要素があります。】
さて、今回はこの『大冒険 セントエルモスの奇跡』に登場する港に関して地図で場所を提示すると共に簡単な解説をしたいと思います。分量が多いので、上下に分けさせていただきます。都市の順番や※がついた都市には、一応の意味があります。
なお、世界地図は「帝国書院」(https://www.teikokushoin.co.jp/) の大西洋白地図を利用させていただき、都市の位置を描き加えています。また、各都市に関する人口データが古いものが多いことに関しては、御容赦ください。

<ヨーロッパ・北アフリカ>
1.バルセロナ Barcelona
スペイン北東部、地中海に臨む港湾都市。カタルーニャ地方の商工業・文化の中心地。紀元前3世紀にカルタゴが建設した植民市に始まる。人口150万3884(2001)。
2.バレンシア Valencia
スペイン東部、地中海に臨む都市。人口73万8441(2001)。紀元前3世紀のギリシア人植民市に由来する。1238年以来大司教座の所在地で、農産物の集積地。
3.アルメリア Almeria
スペイン南部の地中海に臨むアルメリア湾岸に位置する港湾都市。人口16万6328(2001)。フェニキア人により建設され11世紀にはムーア人国家の首都ともなった。アルザーバ城塞(8世紀)、高い塔をもつサンティアゴ教会(16世紀)などがある。ブドウ・柑橘類などを輸出している。
4.マルセイユ Marseille
フランス南部、ローヌ川河口デルタの東端に地中海に面する港湾都市。人口79万8430(1999)。紀元前6世紀のイオニア人植民市に由来し、十字軍遠征により海上交易の拠点として栄える。15世紀にフランスに併合された後は、オスマン帝国との同盟を利用して東方貿易で繁栄。
5.ジェノバ Genova
イタリア北西部、アペニン山脈が背後に迫るジェノバ湾の奥に位置する港湾都市。人口60万3560(2001)。2世紀にローマの前線拠点として建設。10世紀末より十字軍遠征に乗じて海上交易に進出。11世紀末には共和国となり13世紀頃からはキオス島、レスボス島、黒海沿岸などに植民地。
6.バチカン Vatican
ローマ市中に存在する教皇庁の所在地。人口802(2007)。ローマ教皇領は321年にコンスタンティヌス1世がローマの教会へ特別な土地の贈与をしたことに起源を発する。現在のバチカン市国は1929年にイタリアのファシスト政権と結んだラテラノ協定による。
7.ナポリ Napoli
イタリア南部の港湾都市で人口99万3386(2001)。紀元前5世紀のギリシア植民市に由来し、12世紀にはノルマン人に征服される。ナポリ王国の首都として南イタリアの政治・文化の中心で、交易より周辺の農業に基盤を求める傾向がある。
8.サンマリノ San Marino
イタリア半島北東部の内陸に存在する共和国で標高739メートルのティターノ山とその周辺の丘陵地に広がる。面積60.57平方キロメートル、人口3万1000(2007推計)。首都は城壁に囲まれた山頂の町サン・マリノ(人口4414、2005)。4世紀に迫害から逃れた石工マリノにより築かれたとされる。10世紀に要塞化、11世紀には自治都市となる。
9.ヴェネチア Venezia(ベニス Venice)
イタリア北東部、アドリア海北岸に臨む港湾都市。人口26万6181(2001)。5-7世紀にかけて西ゴート族やフン族などから北部の住民が避難した事に由来。9世紀頃からアドリア海の海上覇権を握りビザンツ帝国との協定で特権を得る。十字軍にも協力し13-16世紀にわたり地中海交易で繁栄。
10.パトレ Patrai(パトラス Patra)
ペロポネソス半島の北西部にある港湾都市。人口16万3446(2001)。古代からギリシアと西方とを結ぶ海上交易上の要衝とされた。アクロポリス跡に建てられた要塞、古代ローマ時代のオデオン遺跡などがある。
11.アテネ Athina(アテナイ Athinai)
古代ギリシアの代表的都市国家。アッティカ半島中央のサロニカ湾に面した平野部に位置する。人口74万5514(2001)、都市圏人口は310万。紀元前8世紀頃から都市として成立し、紀元前5世紀には民主制の下で繁栄した。外港はピレウス Pireus(ペイライエウス Piraieus)。
12.イスタンブール Istanbul
ボスポラス海峡の東西両岸にまたがって所在するトルコ最大の都市。人口880万3468(2000)。紀元前7世紀頃のギリシア人植民市として始まる。330年にコンスタンティヌス帝による遷都以来、ローマ帝国及びビザンツ帝国、更にオスマン帝国の首都として繁栄した。
13.オデッサ Odesa
ウクライナ南部の港湾都市。人口102万9000(2001)。古くはタタール人、トルコ人の集落であったが18世紀末にロシアが獲得。資本主義の発達に伴い港湾都市として重視された。
14.トレビゾンド Trebizond(トラブゾン Trabzon)
小アジア半島北東部、黒海に臨む港湾都市で海陸交通の要衝。人口21万4949(2000)。紀元前7世紀にギリシア人植民市として始まる。クセノポンがペルシア帝国から逃れて到達した地であり、ビザンツ帝国が十字軍により滅ぼされた際にはビザンツ残存勢力による拠点のひとつとなった。
15.カイロ Cairo
ナイル川デルタの南端から25キロメートル南の都市。西アジアとアフリカ、ヨーロッパを結ぶ要地に位置し、エジプトの政治、経済、文化の中心地である。人口710万9000(1999推計)。10世紀にファーティマ朝が首都として建設し、以来エジプトの中心地でありイスラーム世界有数の都会として繁栄。
16.アレキサンドリア Alexandria
ナイル川デルタの西端にある港湾都市。人口333万9076(1996)。綿花、小麦、砂糖、野菜を輸出。紀元前331年にアレクサンドロス大王が建設し、アレクサンドロス帝国分裂後もプトレマイオス朝の首都として繁栄。ローマ帝政期にはキリスト教哲学の中心地となった。イスラーム支配下ではカイロに地位を奪われ衰退したが、近代に入りムハンマド・アリーやイギリスが海軍基地として再興。
17.タラブルス Tarabulus(英仏:トリポリ Tripoli)
レバノン北西部の港湾都市。人口21万2900(2003推計)。紀元前8世紀にはすでにシドン人、ティロス人、アラド人が3か所に分かれて居住しトリポリス Tripolis(三つの都市という意味)として繁栄。その後、イスラーム勢力の支配下に入り十字軍との争奪戦の対象にもなった。
18.パレルモ Palermo
シチリア島北西部の港湾都市。人口65万2640(2001)紀元前8世紀頃にフェニキア人により建設され、9世紀前半にはイスラーム勢力の下で繁栄。その後、ノルマン人が征服。17世紀以降は農産物集積地としての性格を強める。
19.サッサリ Sassari
サルデーニャ島北西部の都市。人口11万2959(2001)。外港としてポルト・トッレス Porto Torresを持ち、13世紀にはこの地域の商業中心地となる。
20.チュニス Tunis
チュニジアの首都。シチリア島・マルタ島と向かい合い地中海中央を押さえる位置にある。人口69万6700(2002推計)。古代にカルタゴが存在したのとほぼ同じ地点である。13世紀にハフス朝の首都として成長、オスマン帝国やフランス支配の時代においても重要拠点として発展した。
21.アルジェ Alger
アルジェリアの首都で地中海に面した港湾都市。人口151万9570(1998)。フェニキアの植民市として建設され、10世紀に港が作られる。16世紀にオスマン帝国の総督府が置かれて以降発展。フランス支配時代にはヨーロッパ風都市が建設された。
22.パルマ(パルマ・デ・マリョルカ) Palma de Mallorca
イベリア半島の東にあたるバレアレス諸島の中心都市で、マジョルカ島西岸に位置する港湾都市。スペイン領であり司教座所在地。人口33万3801(2001)。良港をもち、軍事・交易の要衝である。13世紀前半にマジョルカ王国の首都となるまで支配者がしばしば交代した。
23.セウタ Ceuta
北アフリカ北西端、ジブラルタル海峡に臨むスペイン領の港湾都市。人口7万1505(2001)。古来、軍事・航海上の要衝で、フェニキア人が植民市として建設して以来、諸勢力が争奪する。15世紀初頭にポルトガルが占領するが、16世紀後半にポルトガルとスペインが連合したのを契機にスペイン支配下となり、ポルトガル再独立後もスペイン領。
24.リスボン Lisbon
ポルトガルの首都。テージョ川下流の三角江右岸にある港湾都市。人口55万6797(2001)。ローマ、西ゴート、イスラーム勢力の支配を経てポルトガルが征服。レコンキスタ終了後は首都になる。1498年にバスコ・ダ・ガマがインド航路発見に成功した後は香料の荷揚げ港として繁栄。
25.オポルト Oporto(ポルト Porto)
ポルトガル北西部、ドーラ川河口の港湾都市。オポルトは英語名。ポートワインの積出港として有名。ローマ時代にはポルトゥス・カレ Portus Caleとして知られ、「ポルトガル」の国名はこの都市に由来する。1385年にジョアン1世の即位に際して決定的な役割を果たしたため市民に多くの特権が付与された。17世紀にはワイン輸出で発展しイギリスとの結びつきが強くなる。
26.ボルドー Bordeaux
フランス南西部の港湾都市。大西洋に注ぐガロンヌ川の河口から98キロメートル上流に位置する。人口21万5363(1999)。国内北部、スペイン、地中海方面を結節する道路、鉄道交通の要衝で、地中海とはミディ運河によっても結ばれる。ローマ時代にはケルト商人の港市で、その後もアキテーヌ王国等の中心地として栄える。その後はイギリスの支配下に入るが百年戦争の終結とともにフランスに吸収された。周辺地域はローマ時代からワインの大生産地であり、13世紀にはイギリス、スペインへのワインの大輸出港として栄え、18世紀に植民地経営が開始されると造船業が発展し繁栄した。
27.ブレスト Brest
ブルターニュ半島の先端部、ブレスト湾に面する港湾都市。人口14万9634(1999)。ローマ時代以来の港で、1342~97年にはイギリスが占領し1532年にブルターニュ戦争の結果フランス領となる。17世紀に軍港となりJ・B・コルベールによって整備されボーバンが要塞化。現在、大西洋岸ではフランス最大の軍港である。
28.パリ Paris
フランス北部、パリ盆地の中央部に位置しセーヌ川が市内を貫流する都市。フランスの首都。人口212万5246、首都圏人口964万4507(1999)。紀元前3世紀頃にケルト系のパリシイ人がシテ島を中心に居住しセーヌ川を利用した交易活動を行ったのが都市としての起源である。その後、紀元前1世紀のカエサルによるガリア遠征を契機にローマの支配下に入る。6世紀初頭にメロヴィング朝フランク王国の首都として発展。カロリング朝時代には政治の中枢から外れるが、9世紀後半にパリ伯がフランク国王となりその子孫ユーグ・カペーが11世紀にカペー朝を開く事でその地位をゆるぎないものとした。以降、フランスにおける中心地として発展していく。
29.アムステルダム Amsterdam
アムステル川がアイセル湖のアイ湾に流入する地点に位置する港湾都市。オランダの憲法上の首都(実質上の首都はハーグ)。人口73万4594(2001)。この地に集落が成立したのは13世紀中頃であり、13世紀末に都市特許状を獲得。ハンザ諸都市とフランドル地方との間の貿易における内陸ルートの要衝として海上輸送に進出し、16世紀前半にはバルト海地域産穀物の一大市場となる。1585年、当時最大の貿易港であったアントウェルペンがスペイン軍に占領されたのを契機にそれに取って代わる。17世紀には絶頂期を向かえ世界的な規模で海上貿易を支配すると共に金融市場としても繁栄。
30.ハンブルク Hamburg
北海に流入するエルベ川の河口から約100キロメートル上流に位置するドイツ最大の港湾都市。人口172万8800(2002)。9世紀前半にこの地に城砦が築かれ、大司教座がおかれて北欧へのキリスト教布教の基地となった。12世紀に領主シャウエンブルク伯が商人を計画的に定住させ、1189年に神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世がエルベ川下流域における商業、関税、航行の特権を与える。14世紀にはハンザ同盟の東西貿易の中継地となり、バルト海域の毛皮・蝋・穀物・鉱物を西へ、西からの毛織物・香料・奢侈品をリューベックへ運ぶようになる。16世紀にはイギリスとの毛織物交易を行うと共に新教徒の亡命者を受け入れ17世紀に全盛期を迎えている。
31.オスロ Oslo
スカンジナビア半島南部にあるオスロ・フィヨルドの湾奥部に発達した港湾都市。ノルウェーの首都。人口51万4541(2002)。11世紀半ばにハラルド強意王が建設し、11世紀末に司教座となる。14世紀初頭に首都となりドイツ商人の進出で栄えるも同世紀半ばのペストで衰微。その後も同国の政治・文化の中心である。18世紀に木材交易で富裕商人層を形成。
32.ロンドン London
テムズ川河口から約60キロメートル上流に位置する。イギリスの首都。人口717万2036(2001)。43年にローマはテムズ川の渡河に適している事からこの地にロンディニウム Londiniumの町を建設、ブリタニアの道路網の中心とする。ローマが去った後は一時衰退するが10世紀にイングランドが統一されると首都として繁栄を取り戻す。以降、英国の中心地として発展。
33.ダブリン Dublin
アイルランド島の東岸、ダブリン湾に面し、リフィ川河口に位置する。アイルランドの首都。人口49万5101、首都圏人口112万2600(2002国勢調査)。古くからケルト人によって「難攻不落の砦」と呼ばれていたが、9世紀デーン人がこの地に城砦を建設したのを契機にダブリンの名が定着。1172年にイギリス王ヘンリー2世がアイルランド首長からダブリンで臣従の礼を受けて以降、イギリスによるアイルランド支配の拠点となった。独立後もアイルランドの中心地。
34.コペンハーゲン Copenhagen
エアスン海峡に臨むシェラン島とアマア島にまたがる都市でデンマークの首都。人口66万0066(2002)。首都圏人口108万4556(2002)。11世紀半ばには既に港湾として利用されており12世紀後半にアブサロン司教がバルト海制圧の拠点として築城。同世紀末にはニシン漁・交易で繁栄する。1254年に都市として認められハンザ同盟と対抗、1443年にデンマークの首都とされた。
35.ストックホルム Stockholm
メーラレン湖とバルト海を結ぶ川の両岸と数個の島々を占める港湾都市。スウェーデンの首都。人口75万4948(2001)、首都圏人口182万2224(2000)。13世紀半ばにビルイェル・ヤールが海上からの侵入を防ぐために城砦を築いたのに端を発し、やがて周囲に形成された町がハンザ同盟と対抗する形で港町として発展。ドイツ人商人が多く、文化的にも影響が強い。1435年頃からスウェーデンの首都と認識されるようになる。
36.スタバンゲル Stavanger
ノルウェー南部の都市。人口11万0062(2002)。12世紀に建ったノルマン風の教会をはじめ、露天市場や狭い石畳の道など、古い町並みを残している。これを取り巻き、漁業・貿易関係の港湾施設、工業地帯、そして住宅地域が形成されている。
※37.プーシキン Pushkin
サンクト・ペテルブルグ南郊の観光都市。人口9万3600(1996)。18世紀初めにロシア皇帝の夏の宮殿として建設された。当時はツァールスコエ・セロー Tsarskoe Selo、1917年以降はジェツコエ・セロー Detskoe Seloといったが、1937年にここで学んだ詩人プーシキンを記念して改名された。
<サハラ以南アフリカ・アラビア>
38.ビリャシスネロス Villa Cisneros(ダクラ、ダフラ Dakhla)
西サハラの大西洋岸にある港町で、旧スペイン領サハラ時代の中心都市の一つ。現在はダクラ(ダフラ) Dakhlaと改称。人口5570(1990)。1884年に西サハラ最初のスペイン人拠点となる。沖合いにカナリア海流による好漁場があり、漁港として知られ製塩場もある。カサブランカと結ぶ国際空港がある。
39.モンロビア Monrovia
リベリアの首都。セント・ポール川河口に位置し大西洋に面する港湾都市。人口47万9000(1999)。1822年にアメリカの解放奴隷がアメリカ植民協会として入植、建設した。地名は当時のアメリカ大統領モンローにちなむ。
40.アンビジャン(アビジャン) Abidjan
西アフリカ、ギニア湾沿岸にあるコートジボワールの前首都。人口319万9000(1999推計)。1934年にフランス領植民地コートジボワール(1893年成立)政府が中心地をここにおいたが、その際には人口数千の小さな漁村にすぎなかった。しかし1950年にビリディ運河が開通して外洋大型船の接岸可能な良港となったのを契機にコートジボアールの経済成長を背景として急速に発展する。
41.リブルビル(リーブルビル) Libreville
アフリカ中部、ギニア湾岸のガボン川河口右岸に位置する港湾都市。ガボンの首都。人口52万3000(1999推計)。「自由の町」を意味しており、19世紀半ばに解放された黒人奴隷に自由な社会を与える目的で建設された。以降、ガボン地方の商業の中心となり、タバコ・生ゴム・コクタン・オクメ材・象牙などが輸出されるようになる。
42.ケープタウン Cape Town
アフリカ大陸南端、大西洋に突出するケープ半島の基部に位置しテーブル湾に臨む港湾都市。人口85万4616(1991)。南アフリカ共和国西ケープ州の州都であり、共和国議会の所在地でもある。1652年オランダ東インド会社のヤン・ファン・リーベックが東インドへの寄港地として初めて入植。当初白人125人であった人口は、1806年にイギリス植民地となって以降増加する。19世紀後半にキンバリーでのダイヤモンド鉱の発見、ウィトワーテルスランドにおける金鉱の発見に伴いそれらを結ぶ鉄道のターミナルとなり、また第一次大戦以後の工業化に伴い貿易港の機能を果たした事が繁栄を支えた。
43.ダーバン Durban
南アフリカ東部のインド洋に面した港湾都市。人口113万7378(1991)。白人の入植は1824年のイギリス領ケープ植民地からの交易商人が始まりで、当初はポート・ナタールとよばれた。1830年代に入植者の増加とともに町が発展すると当時のケープ総督の名にちなみダーバンと改名された。19世紀後半には内陸部のウィトワーテルスランドで金鉱が発見され、ダーバンの港としての重要性が高まり1890年代に金鉱地帯との間に鉄道が建設された。
44.ツレアル Tulear(トリアラ Toliara)
マダガスカル南西部の、モザンビーク海峡に面した港湾都市。人口6万1416(1990)。18-19世紀にマスカリン諸島との奴隷貿易で開け、メリナ王国時代には要塞守備隊が置かれていた。フランス支配時代に開発が進められる。
45.モザンビーク Mozambique
モザンビーク北東部の港湾都市で、本土より5km離れた同名の島に位置する。人口約1万5000。1498年バスコ・ダ・ガマが寄港し、1508年にポルトガルの基地となった。1907年までポルトガル領東アフリカの首都であった。
46.ブラバ Brava(バラーウェ Baraawe, Brawa)
南ソマリア、モガディシュの南方に位置しインド洋に面した港湾都市。早くから貿易港として栄え16世紀にはポルトガルが支配下におき、オスマン帝国の手を経て17世紀にはザンジバルが支配。1905年にイタリア領となる。
47.アデン Aden
アラビア半島南部、イエメン共和国南西部の港湾都市。人口51万0400(2002推計)。紅海入口から東へ160キロメートルのアデン湾北岸に位置する。古来より南海貿易の中継地として知られ、『エリトラ海案内記』にエウダイモーン・アラビア、プトレマイオスの『地理書』にアラビア・モンポリウムとして記載されている。ササン朝の支配を経て7世紀前半にイスラーム圏となった。19世紀前半にイギリス東インド会社が獲得、スエズ運河開通により中継地・軍港として以前以上に重視された。
48.メッカ Mecca(アラビア:マッカ Makkah)
アラビア半島西部、サウジアラビアのヒジャーズ地方の主要都市。イスラーム第一の聖地。人口161万4800(2003推計)。紅海沿岸から約100キロメートル内陸に位置し、涸(か)れ谷と両側の河岸段丘上に発達した都市である。イスラーム以前からオアシス交易都市として知られ、アダムとイブやアブラハムの伝説が存在した。クライシュ族が多神教の下でカーバ神殿を保護してメッカを支配し、隊商を組織して経済力をつけていた。7世紀にクライシュ族出身であるムハンマドがイスラームを開きメッカを征服すると、多神教は廃されカーバ神殿を中心にイスラームの聖地となった。海上交易は西方のジッダ Jiddahを通じて行われた。
※49.ベンゲラ Benguela
アフリカ南西部、アンゴラの大西洋に面した港湾都市。人口13万1400(2002推計)。1587年にポルトガルが砦を築き、1617年に町を建設。以後、奴隷貿易を中心に重要な商業拠点とされた。
以下、(下)に続きます。(下)はこちら。
【参考文献】
日本大百科全書 小学館
世界地名辞典 西洋篇 東京堂
ブリタニカ国際大百科辞典 TBSブリタニカ
Encyclopedia of Historical Places A Hudson Group Books
The Columbia Gazeteen of the World Columbia University Press
地歴高等地図 改訂版 帝国書院
Historical Dictionary of Madagascar Maureen Corell The Scarecrow Press, Inc.
「帝国書院」(https://www.teikokushoin.co.jp/)
関連記事:
(下)で御紹介します。
関連サイト:
「へっぽこ刑事のホームページ」(http://www.ac.auone-net.jp/~hepodek/index.html)より
「大冒険 セントエルモスの奇跡 ・ ボス攻略データ集」
(http://www.ac.auone-net.jp/~hepodek/maura.html)
「大冒険 セントエルモスの奇跡 頻出質問集」
(http://www.ac.auone-net.jp/~hepodek/hidoi.html)
「PIXY'S ROOM」(http://www.ne.jp/asahi/pixy/room/index.htm)より
「大冒険航海日誌」(http://www.ne.jp/asahi/pixy/room/bouken.htm)
各都市のボスが発する個性的な台詞にも要注目のようです。
by trushbasket
| 2014-07-13 23:12
| NF








