2014年 07月 22日
<読書案内>『足利ノ尊氏』
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今回のお題は、中村直勝氏の『足利ノ尊氏』(アテネ新書)。先日、Twitterで話題に上がっていたのでこちらでも触れてみたいと思います。著者の中村直勝氏は、戦前・戦中に京都大学で日本中世史を専門に教鞭を取っていた学者さんです。時代が時代ですので皇国史観の影響を強く受けた思想ではありましたが、それでも経済史・社会史を疎かにせず広い視野で独自の歴史論を展開した人物でした。著作『吉野朝史』(1935)で南北朝について「米穀経済から貨幣経済へ」「仏神から人間へ」、すなわち中世から近世へと移り変わる時代という説を展開していたりします。このあたりについては、
を御覧いただけたらと思います。南北朝が「近世」というのは奇妙に思われる方も多いかと思いますが、中村氏には十分な論拠があっての事でした。
そうしたこともあって、彼は戦後最大級の南北朝研究家・佐藤進一氏より「戦前のもっともすぐれた南北朝史家」(佐藤進一『南北朝の動乱』中公文庫 38頁)なんて評されていたりしています。
そんな中村氏が戦後に足利尊氏について論じた一冊が本書。全体的に、中村氏の尊氏への愛憎入り混じった深い思い入れがあふれ出た、興味深い一冊です。何しろ、この人は戦前において独自路線を貫いたと同様に、戦後になっても皇国史観から転向なんてヤワな事はしません。なので本書でも尊氏を逆賊と呼んで憚らず、かと思えば彼の優れた為人や業績を称えたりしてます。なぜ「足利尊氏」じゃなく「足利ノ尊氏」なのかは、本書を直接御参照下さい。なお、本書でも南北朝をなぜ「近世」と考えるかという事についても触れてありますよ。あと、戦前において尊氏に関する史料がどのように解釈されていたのかも伺えてその意味でも興味深いです。
ちなみに中村氏は、昭和四十五年(1970)放送のNHK歴史番組『日本史探訪』に出演した際も
と断言。良くも悪くもその辺りはぶれてません。しかし、かと思えば、直後に
なんて言い出して花押が一年ごとに立派になっていくことを例に挙げ、彼がただ安穏に生きているのでなく苦しみながら世の中を切り開こうとしている事がうかがえて「非常に尊敬」(同書 60頁)したし「尊氏は偉いなと思います」(同書 61頁)と結論したりしてます。で、尊氏が後醍醐に反逆した事についても「なんとはなしに彼に同情したいような気がする」(同書 62頁)と述べ、後醍醐死後に尊氏が弔辞を呼んで諸将の前で涙した事についても「私はこれは芝居だと思わないのです」(同書 71頁)と実に好意的な視点を向けていたりもします。
極めつけは、上述のような中世・近世区分を述べた上で
とべた褒めで締めている事。冒頭近くで「逆賊」呼ばわりし「大嫌い」とまで吐き捨てた相手への言葉とは思えません。何だかんだいって、「逆賊」への反発と同時に尊氏に強く惹かれているのもよくわかりますよね。
こんな中村氏が、こうした複雑な尊氏への深い情念を込めた一冊。もし古本屋や全集で見かけたら、御覧になるのも一興かと思います。
【参考文献】
中村直勝『足利ノ尊氏』アテネ新書
中村直勝『吉野朝史』星野書店
佐藤進一『日本の歴史9南北朝の動乱』中公文庫
『日本史探訪8南北朝と室町文化』角川文庫
関連記事:
「南北朝研究史概論」
「「あの国のあの法則」 ~50年前の碩学の言葉と地政学的証明~」
「ある隠遁生活者の肖像―兼好法師と南朝隠密伝説―」
中村氏絡みの記事を三つ。
関連サイト:
現在、残念ながら絶版となっているようです。という訳で、
「復刊ドットコム」(http://www.fukkan.com/)における
「『足利ノ尊氏(中村直勝)』復刊リクエスト投票」(http://www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=60306)
を御紹介しておきます。
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「南北朝は「近世」なのか」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/kinsei.html)
を御覧いただけたらと思います。南北朝が「近世」というのは奇妙に思われる方も多いかと思いますが、中村氏には十分な論拠があっての事でした。
そうしたこともあって、彼は戦後最大級の南北朝研究家・佐藤進一氏より「戦前のもっともすぐれた南北朝史家」(佐藤進一『南北朝の動乱』中公文庫 38頁)なんて評されていたりしています。
そんな中村氏が戦後に足利尊氏について論じた一冊が本書。全体的に、中村氏の尊氏への愛憎入り混じった深い思い入れがあふれ出た、興味深い一冊です。何しろ、この人は戦前において独自路線を貫いたと同様に、戦後になっても皇国史観から転向なんてヤワな事はしません。なので本書でも尊氏を逆賊と呼んで憚らず、かと思えば彼の優れた為人や業績を称えたりしてます。なぜ「足利尊氏」じゃなく「足利ノ尊氏」なのかは、本書を直接御参照下さい。なお、本書でも南北朝をなぜ「近世」と考えるかという事についても触れてありますよ。あと、戦前において尊氏に関する史料がどのように解釈されていたのかも伺えてその意味でも興味深いです。
ちなみに中村氏は、昭和四十五年(1970)放送のNHK歴史番組『日本史探訪』に出演した際も
私はね、尊氏は逆賊だっていうことは、少しもまちがいないと思うんです。だから尊氏は嫌いです。逆賊だから、大嫌いです。(『日本史探訪8南北朝と室町文化』角川文庫 60頁)
と断言。良くも悪くもその辺りはぶれてません。しかし、かと思えば、直後に
しかし、その一面また人間としていいところがあるのじゃないかしら、ということを考えまして(同書 同頁)
なんて言い出して花押が一年ごとに立派になっていくことを例に挙げ、彼がただ安穏に生きているのでなく苦しみながら世の中を切り開こうとしている事がうかがえて「非常に尊敬」(同書 60頁)したし「尊氏は偉いなと思います」(同書 61頁)と結論したりしてます。で、尊氏が後醍醐に反逆した事についても「なんとはなしに彼に同情したいような気がする」(同書 62頁)と述べ、後醍醐死後に尊氏が弔辞を呼んで諸将の前で涙した事についても「私はこれは芝居だと思わないのです」(同書 71頁)と実に好意的な視点を向けていたりもします。
極めつけは、上述のような中世・近世区分を述べた上で
もしこれを芝居で言うならばー近世の幕をあげようという拍子木を打ったのは尊氏じゃないかしらということですね。そんな点で尊氏が好きですかね。(同書 81頁)
とべた褒めで締めている事。冒頭近くで「逆賊」呼ばわりし「大嫌い」とまで吐き捨てた相手への言葉とは思えません。何だかんだいって、「逆賊」への反発と同時に尊氏に強く惹かれているのもよくわかりますよね。
こんな中村氏が、こうした複雑な尊氏への深い情念を込めた一冊。もし古本屋や全集で見かけたら、御覧になるのも一興かと思います。
【参考文献】
中村直勝『足利ノ尊氏』アテネ新書
中村直勝『吉野朝史』星野書店
佐藤進一『日本の歴史9南北朝の動乱』中公文庫
『日本史探訪8南北朝と室町文化』角川文庫
関連記事:
「南北朝研究史概論」
「「あの国のあの法則」 ~50年前の碩学の言葉と地政学的証明~」
「ある隠遁生活者の肖像―兼好法師と南朝隠密伝説―」
中村氏絡みの記事を三つ。
関連サイト:
現在、残念ながら絶版となっているようです。という訳で、
「復刊ドットコム」(http://www.fukkan.com/)における
「『足利ノ尊氏(中村直勝)』復刊リクエスト投票」(http://www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=60306)
を御紹介しておきます。
by trushbasket
| 2014-07-22 19:43
| NF








