2014年 08月 09日
「民明書房」は語る?~物語を盛り上げるため、架空の書物から架空の薀蓄を引用するのは昔もあった?~
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80年代に黄金時代を迎えた『週刊少年ジャンプ』。その中でで人気を博した漫画作品の一つに『魁!!男塾』(宮下あきら)というのがありました。現在、その続編にして最終章たる『極!!男塾』が連載中だそうです。また、「男塾」作中の人気キャラ・伊達臣人を主人公とした外伝も始まったとか。
さて御存じの方も多いかと思いますが、『魁!!男塾』は架空の男子校を舞台としたバトル漫画。非常に男臭い世界観であることは一貫しており、初期は教官たちが無茶苦茶なシゴキをする様子を描くギャグ漫画でしたが、途中から破天荒な格闘トーナメントで戦うというバトル路線に変更。そこで主要な登場人物たちは中国拳法やインドやらエジプトやらに起源を持つと称する数々の奇想天外な武術の達人という設定となり、秘技を駆使して戦う事になります。そうした胡散臭い武術・奥義を尤もらしく解説し権威付けたのが「民明書房」なる出版社の書物から引用したと称する文章の数々でした。
この「民明書房」について、『魁!!男塾』作者・宮下あきら先生は後に
と述懐。確かに、そうした微妙さが作品の魅力を増していたように思います。
ところで、物語を盛り上げるため架空の文献から架空の薀蓄をもっともらしく引用する事例は「民明書房」に限らず昔にもあったかもしれないようです。南方熊楠は、男色研究をしている後輩に書簡で次のような注意を与えています。
昔の文献を用いる際は、注意しないといけないですね。自戒、自戒。それにしても、熊楠の発言からは、西鶴が娯楽作品を盛り上げるエッセンスとして用いていたとも取れ、当時の人は「民明書房」と同様なノリで楽しんでいた可能性が浮上します。
また昭和初期の事例ですが、小栗虫太郎が執筆し奇書として知られる推理小説『黒死館殺人事件』でも、様々な真偽不明な薀蓄がやたらとちりばめられている事で知られます。この作品は、「論理性と合理性を要求される推理小説に、あえて論理的詐術を持ち込んだ」(『日本大百科全書』小学館)と評されており、作者にとっては独特の雰囲気が醸し出せれば薀蓄の真偽はどうでも良かったのかも。だとすると、これもある意味で「民明書房」と同様な幻惑効果を狙った可能性があるのかもしれません。
【参考文献】
『南方熊楠コレクションⅢ浄のセクソロジー』 河出文庫
『日本大百科全書』 小学館
「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)より
「小栗虫太郎 黒死館殺人事件」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000125/files/1317_23268.html)
『魁!!男塾である!!』 集英社
関連記事:
「<過去記事紹介>日本人の、江戸時代における平常運転ぶりを見る~附:明治時代も大概でした~」
「民明書房刊「戦国武将考察」―人気漫画から見る戦国期における「ゲン担ぎ」について―」
「続『「男泣き」について考える』~「男泣き」が許されるグローバルスタンダードについて~」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」
(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2002/021206.html)
昔に書いたものなので、現在からすれば違和感があるかもしれません。
「エリート教育とは」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/elite.html)
関連サイト:
「コミックナタリー」(http://natalie.mu/comic)より
「「男塾」最終章が開幕!あの塾生たちが宇宙規模の戦いへ」
(http://natalie.mu/comic/news/113768)
さて御存じの方も多いかと思いますが、『魁!!男塾』は架空の男子校を舞台としたバトル漫画。非常に男臭い世界観であることは一貫しており、初期は教官たちが無茶苦茶なシゴキをする様子を描くギャグ漫画でしたが、途中から破天荒な格闘トーナメントで戦うというバトル路線に変更。そこで主要な登場人物たちは中国拳法やインドやらエジプトやらに起源を持つと称する数々の奇想天外な武術の達人という設定となり、秘技を駆使して戦う事になります。そうした胡散臭い武術・奥義を尤もらしく解説し権威付けたのが「民明書房」なる出版社の書物から引用したと称する文章の数々でした。
関連記事:
「民明書房刊「戦国武将考察」―人気漫画から見る戦国期における「ゲン担ぎ」について―」
この「民明書房」について、『魁!!男塾』作者・宮下あきら先生は後に
エセ科学的なもっともらしさがないと、面白くないからね。「こんなことあるわけねえだろう」「いや、本当かも」っていう、微妙な境目のところがミソなんだろうね。民明書房の存在自体を信じてたっていう人は、結構多かったよね。
(『魁!!男塾である!!』集英社 8頁)
と述懐。確かに、そうした微妙さが作品の魅力を増していたように思います。
ところで、物語を盛り上げるため架空の文献から架空の薀蓄をもっともらしく引用する事例は「民明書房」に限らず昔にもあったかもしれないようです。南方熊楠は、男色研究をしている後輩に書簡で次のような注意を与えています。
『理尽抄』云々は、しばしば聞くことなるが、あてにならず候。畠山箕山の『色道大鑑』の引用書は、今日存ぜぬもののみなり。実はその自著を確からしく見せんために、架空の書名を設けしものと存じ候。西鶴などが戯作に引用せし書に虚構多し。そんなことを何とも思わざりしなり。『理尽抄』またこの類と存じ候。(『南方熊楠コレクションⅢ浄のセクソロジー』河出文庫 448頁)
昔の文献を用いる際は、注意しないといけないですね。自戒、自戒。それにしても、熊楠の発言からは、西鶴が娯楽作品を盛り上げるエッセンスとして用いていたとも取れ、当時の人は「民明書房」と同様なノリで楽しんでいた可能性が浮上します。
また昭和初期の事例ですが、小栗虫太郎が執筆し奇書として知られる推理小説『黒死館殺人事件』でも、様々な真偽不明な薀蓄がやたらとちりばめられている事で知られます。この作品は、「論理性と合理性を要求される推理小説に、あえて論理的詐術を持ち込んだ」(『日本大百科全書』小学館)と評されており、作者にとっては独特の雰囲気が醸し出せれば薀蓄の真偽はどうでも良かったのかも。だとすると、これもある意味で「民明書房」と同様な幻惑効果を狙った可能性があるのかもしれません。
【参考文献】
『南方熊楠コレクションⅢ浄のセクソロジー』 河出文庫
『日本大百科全書』 小学館
「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)より
「小栗虫太郎 黒死館殺人事件」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000125/files/1317_23268.html)
『魁!!男塾である!!』 集英社
関連記事:
「<過去記事紹介>日本人の、江戸時代における平常運転ぶりを見る~附:明治時代も大概でした~」
「民明書房刊「戦国武将考察」―人気漫画から見る戦国期における「ゲン担ぎ」について―」
「続『「男泣き」について考える』~「男泣き」が許されるグローバルスタンダードについて~」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」
(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2002/021206.html)
昔に書いたものなので、現在からすれば違和感があるかもしれません。
「エリート教育とは」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/elite.html)
by trushbasket
| 2014-08-09 17:34
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