2014年 09月 27日
「芳野三絶」~南北朝関連の作品を題材に漢詩を見る~
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南北朝期は、いや、南朝は昔から多くの詩歌の題材とされてきました。特に、徳川期以降の文人たちからは。その中でも有名な作品として、「芳野三絶」と呼ばれる三つの漢詩があります。藤井竹外・河野鉄兜・梁川星巌によってそれぞれ作られた『芳野懐古』という作品は、吉野山の桜と南朝の歴史を抒情的に詠みあげたことから名声が高く、柴秋村の文章によれば安政四年ごろには既に「三絶」と称されていたようです。今回は、これらの作品群を通じて漢詩の世界を少しのぞいてみる事にしましょう。
なお、取り上げる作品世界が国粋主義的なのが気に障る方もおられるかもしれませんが、その辺りについては南北朝を題材に後世の人間が作った作品、という事で「御了承ください」と申し上げるしか。
①藤井竹外
略歴:生没年1807-1866。摂津の人で名は啓、字は士開・強哉。高槻藩士で、鉄砲の名手として知られた。頼山陽・梁川星巌に学ぶ。七言絶句に優れ、「絶句竹外」と称された。奔放な為人で酒を愛したという。
②河野鉄兜
略歴:生没年1825-1867。播磨網干の人。名は羆・維羆、字は夢吉。梁川星巌に学んだ後、林田藩に仕官し尊王攘夷論を説く。白居易を好んだ。
③梁川星巌
略歴:生没年1789-1858。美濃国の富農出身。名は卯・孟緯、字は伯兎・公図。山本北山に学び、藤田東湖・佐久間象山と交わる。尊王攘夷論を説くが、安政の大獄直前にコレラで病死。世人は彼を「死に(詩に)上手」と評した。妻・紅蘭も詩人として名高い。
さて、以下で漢詩について少し説明していきます。
1. 漢詩の分類
「三絶」というのは三つの「絶句」という意味です。唐以降の漢詩は四行詩である「絶句」、八行詩である「律詩」、律詩に偶数行付け加えた「排律」、それ以前の行数・字数制限のない形式である「古詩」に分かれ、多くは絶句か律詩です。そのうち、一行が五文字のものが「五言」、七文字のものが「七言」と呼ばれます。「芳野三絶」はいずれも、七文字を四行ですから「七言絶句」に分類されます。ちなみに五言は二字+三字、七言は二字+二字+三字の単位で一行が構成されるのが原則です。
2. 絶句の構成
それぞれの行が、起承転結に相当します。起承で感動の背景を述べてさらに深め、転で感動の動機を述べて場面を転換。結で主題を述べて結びとするのが原則です。ちなみに、律詩の場合は二句ずつで同様な構成を取ります。
3. 平仄
漢字は、当時の中国発音で大きく二つに分類されます。すなわち発音が上がり下がりしない「平」、アクセントが変化する「仄」。「仄」は更に尻上がりの発音をする「上声」、尻下がりの発音である「去声」、語尾が詰まる「入声」に分かれるそうですが、ここではそれについては触れない事にします。上記詩で、○が「平」、●が「仄」に相当します。
4. 押韻
漢詩においては、特定の行は末尾で韻を踏まなければいけません。五言の場合は偶数行、七言の場合は一行目および偶数行になります。なお、韻を踏む字は平が原則で、韻を踏まない行の末尾は仄にするようです。上記詩では、押韻の文字は◎で表しています。
5. 平仄の並べ方
・二四不同:ある行の二字目と四字目は平仄を逆にする。
・二六対:二字目と六字目は平仄が同じ。星巌の詩はこれに当てはまりませんが、それについては後述します。
・拗体:絶句において各行の二字目は●○○●、あるいは○●●○となるようにする。四字目・六字目も二四不同・二六対に従って同様になります。星巌の六字目はこれに当てはまりませんが、それについては後述します。
・四字目の「孤平」は避ける:七言絶句では四字目が●○●という形で仄字に挟まれるのを避ける。
・下三連:下の三字が同じ平仄にならないようにする。
・挟平格:句の末尾が仄である場合は、二六対でなくとも●○●が許容される。星巌の詩では、三行目が挟平格になっているのが分かるかと思います。六字目が拗体になっておらず二六対でもないですが、これはこれで正しいのです。
律詩も基本的に同様ですが、拗体に関しては絶句を二つ重ねたような形になります。
以上を踏まえてみると、漢詩もより深く理解できるかもしれません。まあ、平仄は僕を始めとして現代日本人には辛いですが、これは覚えるなり適宜辞書なりを参照するより他ないようです。
【参考文献】
「近代デジタルライブラリー」(http://kindai.ndl.go.jp/)より
「重田定一著『史説史話』弘道館」(http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/951013)
「『修身・漢文 後期』日本公民中学会」(http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1437564)
『朝日日本歴史人物事典』朝日新聞社
新田大作『漢詩の作り方』明治書院
『新字源』角川書店
『大辞泉』小学館
関連記事:
「演説と詩歌~言葉のチカラ~」
「和歌の詠み方に関するメモ」
「「南朝五忠臣」」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「引きこもりニート列伝その2 竹林の七賢」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet02.html)
「引きこもりニート列伝その23 李白・杜甫・孟浩然」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet23.html)
日本の有名な漢詩人という事で。
「菅原道真」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/michizane.html)
南北朝関連はこちら。
「南北朝関連発表まとめ」
なお、取り上げる作品世界が国粋主義的なのが気に障る方もおられるかもしれませんが、その辺りについては南北朝を題材に後世の人間が作った作品、という事で「御了承ください」と申し上げるしか。
①藤井竹外
略歴:生没年1807-1866。摂津の人で名は啓、字は士開・強哉。高槻藩士で、鉄砲の名手として知られた。頼山陽・梁川星巌に学ぶ。七言絶句に優れ、「絶句竹外」と称された。奔放な為人で酒を愛したという。
芳野懐古
●○○●●○◎
古陵松柏吼天飈 古陵の松柏 天飈に吼ふ
○●○○○●◎
山寺尋春春寂寥 山寺 春を尋ぬれば 春寂寥
○●●○○●●
眉雪老僧時輟帚 眉雪の老僧 時に帚を輟め
●○○●●○◎
落花深処説南朝 落花深き処 南朝を説く
<現代語訳>
昔の天皇陵に生えている松や柏の木は、つむじ風に対し音を立てている。
吉野山の如意輪寺で春の景色を探し求めるが、春の様子は寂しいものである。
雪のように白い眉の老僧が箒の手を止めて、
桜の花びらが降りしきるなかで南朝の話を語ってくれた。
②河野鉄兜
略歴:生没年1825-1867。播磨網干の人。名は羆・維羆、字は夢吉。梁川星巌に学んだ後、林田藩に仕官し尊王攘夷論を説く。白居易を好んだ。
芳野懐古
○○●●●○◎
山禽叫断夜寥寥 山禽 叫び断へて 夜寥寥
○●○○●●◎
無限春風恨未銷 限り無き春風 恨み未だ銷せず
●●○○○●●
露臥延元陵下月 露臥す 延元陵下の月
●○○●●○◎
満身花影夢南朝 満身の花影 南朝を夢む
<現代語訳>
山鳥の高い鳴き声がやむと、夜は寂しいものだ。
きりもなく吹いて来る春風の中、南朝の無念がまだ残っているように思われる。
後醍醐天皇陵のそば、月明かりの下で野宿をした。
すると、体いっぱいの花の中、南朝の夢を見たのである。
③梁川星巌
略歴:生没年1789-1858。美濃国の富農出身。名は卯・孟緯、字は伯兎・公図。山本北山に学び、藤田東湖・佐久間象山と交わる。尊王攘夷論を説くが、安政の大獄直前にコレラで病死。世人は彼を「死に(詩に)上手」と評した。妻・紅蘭も詩人として名高い。
芳野懐古
○○●●●○◎
今来古往事茫茫 今来古往事茫茫
●●○○○●◎
石馬無声坏土荒 石馬声無く坏土荒る
○●○○●○●
春入桜花満山白 春桜花に入りて満山白く
○○○●●○◎
南朝天子御魂香 南朝の天子 御魂香し
<現代語訳>
昔の事も今ももはやはっきりしない。
後醍醐天皇の御陵にすえられた石馬は何も語る事はなく、供えられた陶器も荒れている。
春になると桜が咲き乱れ吉野山全体が白くなり、
南朝の天子の御霊も香しいように思われる。
さて、以下で漢詩について少し説明していきます。
1. 漢詩の分類
「三絶」というのは三つの「絶句」という意味です。唐以降の漢詩は四行詩である「絶句」、八行詩である「律詩」、律詩に偶数行付け加えた「排律」、それ以前の行数・字数制限のない形式である「古詩」に分かれ、多くは絶句か律詩です。そのうち、一行が五文字のものが「五言」、七文字のものが「七言」と呼ばれます。「芳野三絶」はいずれも、七文字を四行ですから「七言絶句」に分類されます。ちなみに五言は二字+三字、七言は二字+二字+三字の単位で一行が構成されるのが原則です。
2. 絶句の構成
それぞれの行が、起承転結に相当します。起承で感動の背景を述べてさらに深め、転で感動の動機を述べて場面を転換。結で主題を述べて結びとするのが原則です。ちなみに、律詩の場合は二句ずつで同様な構成を取ります。
3. 平仄
漢字は、当時の中国発音で大きく二つに分類されます。すなわち発音が上がり下がりしない「平」、アクセントが変化する「仄」。「仄」は更に尻上がりの発音をする「上声」、尻下がりの発音である「去声」、語尾が詰まる「入声」に分かれるそうですが、ここではそれについては触れない事にします。上記詩で、○が「平」、●が「仄」に相当します。
4. 押韻
漢詩においては、特定の行は末尾で韻を踏まなければいけません。五言の場合は偶数行、七言の場合は一行目および偶数行になります。なお、韻を踏む字は平が原則で、韻を踏まない行の末尾は仄にするようです。上記詩では、押韻の文字は◎で表しています。
5. 平仄の並べ方
・二四不同:ある行の二字目と四字目は平仄を逆にする。
・二六対:二字目と六字目は平仄が同じ。星巌の詩はこれに当てはまりませんが、それについては後述します。
・拗体:絶句において各行の二字目は●○○●、あるいは○●●○となるようにする。四字目・六字目も二四不同・二六対に従って同様になります。星巌の六字目はこれに当てはまりませんが、それについては後述します。
・四字目の「孤平」は避ける:七言絶句では四字目が●○●という形で仄字に挟まれるのを避ける。
・下三連:下の三字が同じ平仄にならないようにする。
・挟平格:句の末尾が仄である場合は、二六対でなくとも●○●が許容される。星巌の詩では、三行目が挟平格になっているのが分かるかと思います。六字目が拗体になっておらず二六対でもないですが、これはこれで正しいのです。
律詩も基本的に同様ですが、拗体に関しては絶句を二つ重ねたような形になります。
以上を踏まえてみると、漢詩もより深く理解できるかもしれません。まあ、平仄は僕を始めとして現代日本人には辛いですが、これは覚えるなり適宜辞書なりを参照するより他ないようです。
【参考文献】
「近代デジタルライブラリー」(http://kindai.ndl.go.jp/)より
「重田定一著『史説史話』弘道館」(http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/951013)
「『修身・漢文 後期』日本公民中学会」(http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1437564)
『朝日日本歴史人物事典』朝日新聞社
新田大作『漢詩の作り方』明治書院
『新字源』角川書店
『大辞泉』小学館
関連記事:
「演説と詩歌~言葉のチカラ~」
「和歌の詠み方に関するメモ」
「「南朝五忠臣」」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「引きこもりニート列伝その2 竹林の七賢」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet02.html)
「引きこもりニート列伝その23 李白・杜甫・孟浩然」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet23.html)
日本の有名な漢詩人という事で。
「菅原道真」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/michizane.html)
南北朝関連はこちら。
「南北朝関連発表まとめ」
by trushbasket
| 2014-09-27 09:27
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