2014年 11月 18日
災厄や悲しみの時、日常や楽しみを自粛すべきか?~人には人それぞれの悲しみ方がある~
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人間、生きていると色々な災厄や悲しみに出会います。そうした際、何も手につかなくなったり楽しいはずの事をするのが申し訳なくなったりするのは人情として自然な話だと思います。ただ、だからといって周囲にまで自粛やら慎みやらを求めだすと問題があるかもしれません。
昔、何かで見たか聞いたかした言葉で「人には人それぞれの悲しみ方がある。自分だけが悲しいのだと思ってはいけない」というのがあった気がします。自分の悲しみ方だけが正しいのではなく、悲しんでないように見える人が実際のところ彼らなりの悲しみ方をしてるのかもしれない、というのは心にとめるべきことだとは思います。その言葉で思い出すのが、昔の大河ドラマ『太平記』の中のある逸話。
鎌倉幕府滅亡後、後醍醐天皇による建武政権が樹立されました。しかし政権は安定せず、鎌倉幕府を司っていた北条氏残党が反乱し関東へ攻め込みました。反乱軍の勢いは強く、関東を守る足利一族の有力武将たちも数多く討死。そこで京に滞在していた足利家当主・足利尊氏はすぐに援軍に向かおうとしますが、後醍醐から許可が得られず自邸で憤懣をため込んでいました。そうした中、家臣たちが白拍子を呼び酒宴を開いて飲めや歌えの大騒ぎ。その体たらくを咎めた尊氏に対し、酒宴の只中にいた高師直(尊氏の執事)は吐き捨てるようにこう応じたのです。
不謹慎にも思えるこの騒ぎ、家臣たちにしてみれば精一杯の悲しみ・怒りの発散方法だったわけですね。余談ながら尊氏主従はこの直後、後醍醐の制止を振り切る形で関東へ出陣、それが尊氏の反逆や建武政権崩壊の第一歩となりました。
という訳で、悲しみの中、楽しそうに不謹慎にワイワイしてる人がいたとしても、怒りをぶつけるのは少し待った方が良いかもしれません。それが彼らなりの悲しみ方なのかもしれませんから。
ここで思い出すのが、菅野覚明氏が著作『神道の逆襲』で述べている以下の話です。
日本神話において、イザナミが根の国(来世)に去った後、イザナギが生んだアマテラス・スサノオの姉弟。彼らはいずれも母を知らぬ子と言えます。しかし、亡き母をしのぶありようは姉弟で対照的だったというのです。アマテラスは父母の形見であるこの世界を保つ道を選び、一方でスサノオは亡き母を慕い泣き悲しんで母のいる根の国に至った、というのが本居宣長の『古事記』解釈だとか。アマテラスのようにこの世でできる限りの事をして穏当に日常を守りぬくのも、スサノオのようにどこまでもあふれ出る情念に身を任せるのも、いずれも人情の自然であるというのです。人としては、いずれが間違いというのではなく、それぞれに正しいということのようです。
それを思うと、大きな悲しみに包まれている中で、あえて楽しいイベントや日常を行うというのも一つのありようではあるのかもしれません。人間世界に苦しみや悲しみを与える存在に対して、「我々は屈しない」という意思表示であり幸せな世界を取り戻すための反撃の口火、という見方をする余地もあるでしょうから。むろん、緊急事態への対応に支障が出るなど実害が出ない範囲において、ではあるでしょうが。また言うまでもなく、そんな気になれないという人を無理に引きずり込んだり非難したりするも、これはこれであってはならないことです。また、そうした人の妨げにならないよう気遣いはすべきでしょう。
あえて行うのも、そんな気になれず慎むのも、それぞれに正しい、というのが結論になりそうです。ひたすらに悲しむのも、悲しみに負けず日常を守り抜いてやろうというのもいずれも人としての自然なありようなのですから。なので己のありようを、異なるありようの相手に押し付けてはならない、という事になるかと。
【参考文献】
菅野覚明『神道の逆襲』講談社現代新書
昔、何かで見たか聞いたかした言葉で「人には人それぞれの悲しみ方がある。自分だけが悲しいのだと思ってはいけない」というのがあった気がします。自分の悲しみ方だけが正しいのではなく、悲しんでないように見える人が実際のところ彼らなりの悲しみ方をしてるのかもしれない、というのは心にとめるべきことだとは思います。その言葉で思い出すのが、昔の大河ドラマ『太平記』の中のある逸話。
鎌倉幕府滅亡後、後醍醐天皇による建武政権が樹立されました。しかし政権は安定せず、鎌倉幕府を司っていた北条氏残党が反乱し関東へ攻め込みました。反乱軍の勢いは強く、関東を守る足利一族の有力武将たちも数多く討死。そこで京に滞在していた足利家当主・足利尊氏はすぐに援軍に向かおうとしますが、後醍醐から許可が得られず自邸で憤懣をため込んでいました。そうした中、家臣たちが白拍子を呼び酒宴を開いて飲めや歌えの大騒ぎ。その体たらくを咎めた尊氏に対し、酒宴の只中にいた高師直(尊氏の執事)は吐き捨てるようにこう応じたのです。
「弔いでござります」
「かようにしている間にも我らの兄弟縁者が…!酒でも飲んで南無阿弥陀仏と歌うておらねば……やりきれませぬ!」
不謹慎にも思えるこの騒ぎ、家臣たちにしてみれば精一杯の悲しみ・怒りの発散方法だったわけですね。余談ながら尊氏主従はこの直後、後醍醐の制止を振り切る形で関東へ出陣、それが尊氏の反逆や建武政権崩壊の第一歩となりました。
関連サイト:
「史劇的な物見櫓」(http://www2s.biglobe.ne.jp/~tetuya/REKISI/REKISIMENU.HTML)より
「太平記31」(http://www2s.biglobe.ne.jp/~tetuya/REKISI/taiheiki/taiheiki31.html)
という訳で、悲しみの中、楽しそうに不謹慎にワイワイしてる人がいたとしても、怒りをぶつけるのは少し待った方が良いかもしれません。それが彼らなりの悲しみ方なのかもしれませんから。
ここで思い出すのが、菅野覚明氏が著作『神道の逆襲』で述べている以下の話です。
日本神話において、イザナミが根の国(来世)に去った後、イザナギが生んだアマテラス・スサノオの姉弟。彼らはいずれも母を知らぬ子と言えます。しかし、亡き母をしのぶありようは姉弟で対照的だったというのです。アマテラスは父母の形見であるこの世界を保つ道を選び、一方でスサノオは亡き母を慕い泣き悲しんで母のいる根の国に至った、というのが本居宣長の『古事記』解釈だとか。アマテラスのようにこの世でできる限りの事をして穏当に日常を守りぬくのも、スサノオのようにどこまでもあふれ出る情念に身を任せるのも、いずれも人情の自然であるというのです。人としては、いずれが間違いというのではなく、それぞれに正しいということのようです。
それを思うと、大きな悲しみに包まれている中で、あえて楽しいイベントや日常を行うというのも一つのありようではあるのかもしれません。人間世界に苦しみや悲しみを与える存在に対して、「我々は屈しない」という意思表示であり幸せな世界を取り戻すための反撃の口火、という見方をする余地もあるでしょうから。むろん、緊急事態への対応に支障が出るなど実害が出ない範囲において、ではあるでしょうが。また言うまでもなく、そんな気になれないという人を無理に引きずり込んだり非難したりするも、これはこれであってはならないことです。また、そうした人の妨げにならないよう気遣いはすべきでしょう。
あえて行うのも、そんな気になれず慎むのも、それぞれに正しい、というのが結論になりそうです。ひたすらに悲しむのも、悲しみに負けず日常を守り抜いてやろうというのもいずれも人としての自然なありようなのですから。なので己のありようを、異なるありようの相手に押し付けてはならない、という事になるかと。
【参考文献】
菅野覚明『神道の逆襲』講談社現代新書
by trushbasket
| 2014-11-18 21:09
| NF








