2015年 04月 05日
「運命の赤い糸」のルーツを探る~恋愛結婚が主流の時代、恋愛の神格化はある意味必然?~
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いつの頃からでしょうか、恋人同士に関して「運命の赤い糸」なる伝説が語られるようになりました。「結ばれる人とは、小指と小指が赤い糸で結ばれている」(森永卓郎『<非婚>のすすめ』講談社現代新書 87頁)というこの伝説について、森永卓郎氏は「恋人や配偶者の選択権を天に預けてしまう」点に「恋愛の神格化」を指摘しています。(括弧内は同書 87頁)。現在では『大辞泉』『大辞林』にも項目がありますから、この伝説は定着し市民権を得たと言って差し支えなさそうです。
さてこの「運命の赤い糸伝説」、ルーツが中国の伝説にある事は御存じの方もおられるかと思います。
南方熊楠によれば、『続幽怪録』にこのような話があるとか。唐の韋固が妻を求めて宋城の宿に泊まった際、布袋によりかかって座り月に向かって書物を見ている老人がいました。老人によれば書は「天下婚姻の書」であり袋の中は「赤縄子」で、男女の足に繋げば仇敵同士でも必ず婚姻する事になるとのこと。その老人は、韋固は北の市場で菜を売っている老女の娘(現在三歳)と十四年後に結ばれる事になると予言。その女児が醜い要望なのに落胆した韋固は人を雇ってその女児を刺させるという暴挙に出ます。そして十四年後、韋固は相州太守の養女と結婚。彼女は無類の美女でしたが、眉の辺りを装飾で隠していたので理由を尋ねたところ、彼女こそかつて市場にいた女児で刺されたものの眉に傷が残っただけで助かり太守が彼女を哀れんで養子としたとのことでした。これ以降、縁結びの神を「月老」とか「月下老」と呼ぶようになったそうです。熊楠によれば、
ということだそうで。これが「運命の赤い糸」のもとなわけですね。ところで、熊楠が上記のように語っているところを見ると、少なくとも彼がこれを書いた昭和初期にはこの伝承に由来する慣用句がある程度知られていたという事になります。となると「運命の赤い糸」伝説、日本でも案外古くまで原型は遡れるということでしょうか?まあ、この伝説を考えると、恋愛はともかく配偶者の選択に関しては昔から神格化する向きがあったとみる事はできるということでしょうね。
配偶者選択の神格化といえば、『俊頼口伝集』上は以下のような話を伝えているとか。何でも、鹿島神宮では、昔、女性に多くの男性が言い寄った場合には男の名を書いた帯を神前に置く風習があったそうです。そうすると、夫とすべき男性の名の帯がおのずから裏返るという伝説があったとか。
こうした話を考えると、結婚と言えば恋愛結婚が主というイメージが強くなった現代において、恋愛にも「運命の赤い糸」伝説が適用され、「神格化」されるのもある意味で必然といえるのかもしれません。
【参考文献】
『南方熊楠コレクションⅢ浄のセクソロジー』河出文庫
森永卓郎『<非婚>のすすめ』講談社現代新書
『大辞泉』小学館
『大辞林』三省堂
関連記事:
「若年層を結婚させるため、昔の日本人がとっていた試み~血縁・地縁の力は偉大でした~」
「「結婚35歳限界説」からみる35歳と言う年齢~昔から、後半生への入り口?~」
「歴史を手がかりに「非婚」化の原因を考えてみる~異性不信、経済的自立、不安感~」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「『ダメ人間の世界史&日本史』ブログ版(試し読み用)(03) 鬼謀の草食ロリコン参謀 モルトケ」
彼の結婚相手選びに関する話が出てきます。
さてこの「運命の赤い糸伝説」、ルーツが中国の伝説にある事は御存じの方もおられるかと思います。
南方熊楠によれば、『続幽怪録』にこのような話があるとか。唐の韋固が妻を求めて宋城の宿に泊まった際、布袋によりかかって座り月に向かって書物を見ている老人がいました。老人によれば書は「天下婚姻の書」であり袋の中は「赤縄子」で、男女の足に繋げば仇敵同士でも必ず婚姻する事になるとのこと。その老人は、韋固は北の市場で菜を売っている老女の娘(現在三歳)と十四年後に結ばれる事になると予言。その女児が醜い要望なのに落胆した韋固は人を雇ってその女児を刺させるという暴挙に出ます。そして十四年後、韋固は相州太守の養女と結婚。彼女は無類の美女でしたが、眉の辺りを装飾で隠していたので理由を尋ねたところ、彼女こそかつて市場にいた女児で刺されたものの眉に傷が残っただけで助かり太守が彼女を哀れんで養子としたとのことでした。これ以降、縁結びの神を「月老」とか「月下老」と呼ぶようになったそうです。熊楠によれば、
月老赤縄子(むすぶのかみあかのひも)で夫婦の縁を結ぶとあるゆえ、夫婦の縁を赤縄子と呼び、「えんのいと」など訓むのじゃ(『南方熊楠コレクションⅢ浄のセクソロジー』河出文庫 97頁)
ということだそうで。これが「運命の赤い糸」のもとなわけですね。ところで、熊楠が上記のように語っているところを見ると、少なくとも彼がこれを書いた昭和初期にはこの伝承に由来する慣用句がある程度知られていたという事になります。となると「運命の赤い糸」伝説、日本でも案外古くまで原型は遡れるということでしょうか?まあ、この伝説を考えると、恋愛はともかく配偶者の選択に関しては昔から神格化する向きがあったとみる事はできるということでしょうね。
配偶者選択の神格化といえば、『俊頼口伝集』上は以下のような話を伝えているとか。何でも、鹿島神宮では、昔、女性に多くの男性が言い寄った場合には男の名を書いた帯を神前に置く風習があったそうです。そうすると、夫とすべき男性の名の帯がおのずから裏返るという伝説があったとか。
こうした話を考えると、結婚と言えば恋愛結婚が主というイメージが強くなった現代において、恋愛にも「運命の赤い糸」伝説が適用され、「神格化」されるのもある意味で必然といえるのかもしれません。
【参考文献】
『南方熊楠コレクションⅢ浄のセクソロジー』河出文庫
森永卓郎『<非婚>のすすめ』講談社現代新書
『大辞泉』小学館
『大辞林』三省堂
関連記事:
「若年層を結婚させるため、昔の日本人がとっていた試み~血縁・地縁の力は偉大でした~」
「「結婚35歳限界説」からみる35歳と言う年齢~昔から、後半生への入り口?~」
「歴史を手がかりに「非婚」化の原因を考えてみる~異性不信、経済的自立、不安感~」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「『ダメ人間の世界史&日本史』ブログ版(試し読み用)(03) 鬼謀の草食ロリコン参謀 モルトケ」
彼の結婚相手選びに関する話が出てきます。
by trushbasket
| 2015-04-05 23:24
| NF








