2015年 05月 17日
正成だけじゃなく、足利尊氏・新田義貞の兜についての話題も~五月人形や実物?に関して~
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ゴールデンウィークが過ぎるのもあっという間でしたね…。すなわち、端午の節句も終わったわけですが、以前に五月人形に絡めて楠木正成の兜について話題にしたことがありました。
その後に知ったのですが、五月人形用の兜には、足利尊氏や新田義貞バージョンもあったようです。
南北朝武将もある程度ニーズがあるということでしょうか?だとすれば何となく嬉しい話。
さて、せっかくですから尊氏・義貞の兜に関してもう少し話をしておこうかと思います。信頼がおける尊氏像の一つに、神奈川県立博物館所蔵の騎馬武者像があります。画面上部には「従一位贈左大臣征夷大将軍源朝臣尊氏卿」「延文三年」と書かれており、江戸期の作ながら尊氏が没した1358年に描かれたものを模写したものと考えられています。南北朝期における最高級の武装が描かれていると見てよいそうで。この尊氏像を見れば、彼がどんな鎧兜を身に着けていたか察することができそうです。
他、尊氏所用と伝えられる「白糸威褄取鎧(しろいとおどしつまとりよろい)」がニューヨークのメトロポリタン美術館にあるとか。
次に、義貞について。徳川期にあたる明暦三年(1657)、越前は燈明寺畷(義貞戦没地)の水田から鉄製銀象嵌の兜が出土しました。その兜に「元応元年八月相模国」の銘が刻まれていた等から義貞の兜と推測され、福井藩はその場所を新田塚として保存に努め明治三年(1870)には同所に社殿が造営されました。のちの藤島神社です(現在は、足羽山麓に移転しています)。この兜は、現在も藤島神社が所蔵しているそうです。
五月人形を通じて、南北朝武将たちが今以上に注目を浴びるような事態がおこってくれば、喜ばしいのですが、はてさて。
【参考文献】
『ピクトリアル足利尊氏 南北朝の動乱』学研
佐藤和彦編『図説太平記の時代』工藤敬一・遠藤巌・錦昭江 河出書房新社
『世界大百科事典』平凡社
『日本大百科全書』小学館
関連記事:
「五月人形でおなじみ?「楠木正成の兜」の出所について~彫刻家・高村光雲は語る~」
「『超高速!参勤交代』はどれだけ無茶か、行軍速度から考える~主に南北朝主要武将の事例から~」
「南北朝における歴史人物の筆跡」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「足利尊氏」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2001/010511.html)
「新田義貞」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/yoshisada.html)
これらの発表にある軍勢のスピードについては、上記記事と食い違いがありますが、古い内容なので御容赦を。
その他、南北朝関連の発表は「南北朝関連発表まとめ」を御参照下さい。
関連記事:
「五月人形でおなじみ?「楠木正成の兜」の出所について~彫刻家・高村光雲は語る~」
その後に知ったのですが、五月人形用の兜には、足利尊氏や新田義貞バージョンもあったようです。
関連サイト:
「人形の金魚屋」(http://www.kingyo-ya.com/index.html)より
「黒韋威中白筋兜 G.KT-10」(http://www.kingyo-ya.com/gogatsuningyo/gkt-10.html)
加藤鞆美氏作の、足利尊氏所用伝承の兜だそうです。
「人形の館 石倉」(http://ishikuraningyou.com/)より
「宗達兜 貫前神社 新田義貞」(http://ishikuraningyou.com/?pid=12697179)
貫前神社所蔵の義貞所用とされる鍬形をかたどっているとか。
南北朝武将もある程度ニーズがあるということでしょうか?だとすれば何となく嬉しい話。
さて、せっかくですから尊氏・義貞の兜に関してもう少し話をしておこうかと思います。信頼がおける尊氏像の一つに、神奈川県立博物館所蔵の騎馬武者像があります。画面上部には「従一位贈左大臣征夷大将軍源朝臣尊氏卿」「延文三年」と書かれており、江戸期の作ながら尊氏が没した1358年に描かれたものを模写したものと考えられています。南北朝期における最高級の武装が描かれていると見てよいそうで。この尊氏像を見れば、彼がどんな鎧兜を身に着けていたか察することができそうです。
関連サイト:
「ADEAC:歴史資料検索閲覧システム」(https://trc-adeac.trc.co.jp/)より
「『高根沢町史ほか』 高根沢町史 通史編Ⅰ 第三編 中世 第二章 南北朝時代 第一節 高根沢氏の登場 一 動乱の時代 動乱の時代へ」
(https://trc-adeac.trc.co.jp/WJ11E0/WJJS06U/0938605100/0938605100100010?hid=ht002600)
鎧兜をまとった上述の尊氏像は、こちらにも掲載されています。
他、尊氏所用と伝えられる「白糸威褄取鎧(しろいとおどしつまとりよろい)」がニューヨークのメトロポリタン美術館にあるとか。
関連サイト:
「小木人形」(http://www.koboku.co.jp/)より
「白糸威褄取の大鎧 五分の二模写鎧 メトロポリタン美術館所蔵(アメリカ)」(http://www.koboku.co.jp/tango/5-tango/321j.htm)
その鎧を模写した五月人形の画像です。
次に、義貞について。徳川期にあたる明暦三年(1657)、越前は燈明寺畷(義貞戦没地)の水田から鉄製銀象嵌の兜が出土しました。その兜に「元応元年八月相模国」の銘が刻まれていた等から義貞の兜と推測され、福井藩はその場所を新田塚として保存に努め明治三年(1870)には同所に社殿が造営されました。のちの藤島神社です(現在は、足羽山麓に移転しています)。この兜は、現在も藤島神社が所蔵しているそうです。
関連サイト:
「藤島神社公式サイト」(http://www.fujishima-jinja.jp/index.html)より
「大稚児行列」(http://www.fujishima-jinja.jp/otigosan.html)
兜のレプリカ画像が掲載されています。
五月人形を通じて、南北朝武将たちが今以上に注目を浴びるような事態がおこってくれば、喜ばしいのですが、はてさて。
【参考文献】
『ピクトリアル足利尊氏 南北朝の動乱』学研
佐藤和彦編『図説太平記の時代』工藤敬一・遠藤巌・錦昭江 河出書房新社
『世界大百科事典』平凡社
『日本大百科全書』小学館
関連記事:
「五月人形でおなじみ?「楠木正成の兜」の出所について~彫刻家・高村光雲は語る~」
「『超高速!参勤交代』はどれだけ無茶か、行軍速度から考える~主に南北朝主要武将の事例から~」
「南北朝における歴史人物の筆跡」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「足利尊氏」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2001/010511.html)
「新田義貞」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/yoshisada.html)
これらの発表にある軍勢のスピードについては、上記記事と食い違いがありますが、古い内容なので御容赦を。
その他、南北朝関連の発表は「南北朝関連発表まとめ」を御参照下さい。
by trushbasket
| 2015-05-17 22:16
| NF








