2015年 05月 27日
三役二場所以下で大関昇進した事例について~年六場所以降は照ノ富士が初めて~
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今年の五月場所、初優勝を果たした関脇・照ノ富士がめでたく大関昇進したそうですね。三役を二場所で通過したのは、年六場所になって初めてだそうです。直前三場所の成績は
2015年1月 東前2 8勝7敗
2015年3月 東関脇 13勝2敗
2015年5月 東関脇 12勝3敗(優勝)
ですから、数字の上でも計33勝で妥当です。
ただ、年六場所が確立する以前には前例がなくもないようです。という訳で、以下で三役二場所以下で大関昇進を果たした事例を判明した限りで挙げていきたいと思います。優勝制度成立後の、Wikipedia等で場所ごとの成績が追える範囲の力士だけなので、他にもいるかもしれませんが御容赦。力士名が太字なのは、後に横綱に昇進した力士です。1場所15日制度でない時代については、15日制での相当成績も括弧内に記しています。
・大錦卯一郎
1915年春 東前12 8勝1敗1休(12勝2敗1休相当)(新入幕)
1915年夏 東小結 9勝1敗(13勝2敗相当)
大関昇進 三役一場所
新入幕からわずか二場所で大関昇進しています。協会を主導していた出羽海部屋の力士だからというのもあるのでしょう。流石に異例な気がします。とはいえ、その後も地位に恥じない成績を残し続け強豪横綱になったのは流石というしかありません。
・栃木山
1916年春 東前1 7勝3敗(10勝5敗相当)
1916年夏 東小結 6勝3敗1休(9勝5敗1休相当)
1917年春 西関脇 6勝3敗1休(9勝5敗1休相当)
大関昇進 三役二場所
二場所で突破したとはいえ、現在から見ると甘い昇進基準に思えます。無敵横綱・太刀山の連勝を止めたのが評価された可能性があるとはいえ、やはり出羽海部屋力士なのが影響しているのでしょうか?しかし、大関を優秀な成績で二場所で突破し、やはり強豪横綱になっている辺りはこの人も流石というべきでしょう。
・九州山
1917年春 西前1 6勝4敗(9勝6敗相当)
1917年夏 西小結 7勝3敗(10勝5敗相当)
1918年春 東関脇 4勝3敗2休1預(6勝4敗3休2預相当)
大関昇進 三役二場所
直前場所の成績は良いと言い難いものの、栃木山が横綱昇進して大関が空いた事による幸運な昇進でした。現在では考えられない話ですね。しかし、その後は病気のため二場所で陥落、間もなく引退を余儀なくされています。
・千葉ヶ崎
1917年春 東前14 6勝2敗1分1預(9勝3敗2分1預相当)(新入幕)
1917年夏 東前3 6勝3敗1分(9勝4敗1分相当)
1918年春 西小結 8勝2敗(12勝3敗)
大関昇進 三役一場所
小結一場所で昇進という事も昔はあったんですね。入幕三場所で昇進という現在では考えられない成績ですが、直前三場所は10.5勝相当・9.5勝相当・12勝の計32勝相当ですからまあ番付運によっては分からなくもない範囲といえるかもです。
・太刀光
1922年春 西前8 7勝2敗1分(10勝3敗2分相当)
1922年夏 東前1 7勝2敗1分(10勝3敗2分相当)
1923年春 西関脇 7勝1敗1分1休(10勝2敗2分1休相当)
大関昇進 三役一場所
こちらも早い昇進。まあ事実上、三場所連続11勝相当ですからありえなくもない範囲かも。
・双葉山
1935年春に東小結で4勝6敗1分(6勝8敗1分相当)
1935年夏 東前1 4勝7敗(5勝10敗相当)
1936年春 東前3 9勝2敗(12勝3敗相当)
1936年夏 西関脇 11戦全勝(15戦全勝相当)(優勝)
大関昇進 三役二場所
御存じ、69連勝を達成した大横綱です。69連勝の最中に大関・横綱へ昇進しています。しかし、3場所前に負け越しているのを考えると大関昇進は現在から考えると随分と甘い感が否めません。直前3場所の合計は32勝相当なのでそれだけ見ればありえなくはないのですが…。しかし、批判もありうる昇進を結果で黙らせるかのように連勝街道をゆき、その後も不世出の大横綱となったのは御存じのとおり。
・前田山
1937年春 東前12 7勝4敗(9勝6敗相当)(新入幕)
1937年夏 東前5 9勝4敗(10勝5敗相当)
1938年春 東小結 11勝2敗(12勝3敗相当)
大関昇進 三役一場所
新入幕以来安定した強さを発揮しているとはいえ、小結一場所で昇進とするには現在からすれば甘すぎるように思えます。Wikipediaによれば、当時の大関が晩年の鏡岩一人だったのが考慮されたそうです。
昇進後、前田山は闘志あふれる名大関として活躍、戦後に横綱になっています。
・五ツ嶋
1939年夏 西前2 9勝6敗
1940年春 西前1 11勝4敗
1040年夏 西張出関脇 13勝2敗
大関昇進 三役一場所
双葉山を破った事もある強豪力士。直前三場所の星数は33勝ですからその意味ではおかしくはありません。関脇一場所での大関昇進からもわかるように大いに期待された存在でしたが、けがのため二場所で陥落。間もなく引退を余儀なくされています。
・安芸ノ海
1939年夏 東前4 10勝5敗
1940年春 西関脇 10勝5敗
1940年夏 西関脇 14勝1敗(優勝)
大関昇進 三役二場所
双葉山の連勝を止めた存在として有名です。その一番を契機に力をつけ、スピード出世を遂げました。星数を考慮すると、大関昇進は妥当かと。最終的に横綱になったのは立派です。
・東富士
1944年夏 東前2 6勝4敗(9勝6敗相当)
1944年秋 西関脇 9勝1敗(13勝2敗相当)
1945年夏 東関脇 6勝1敗(12勝3敗相当)
大関昇進 三役二場所
幕下時代から双葉山にかわいがられ期待された力士です。直前三場所の合計は34勝相当ですから妥当ではあるかと思います。横綱になり「怒涛の寄り身」と恐れられました。
・吉葉山
1950年5月 東前1 10勝5敗
1950年9月 東張出関脇 13勝2敗
1051年1月 東関脇 13勝2敗
大関昇進 三役二場所
伸び盛りの頃に兵役で取られ、その後も抑留されるなど苦労が多かった力士です。それでも力量を見せつけているのは流石というべきでしょう。直前三場所は36勝ですからむろん昇進は妥当。その後、横綱になっているのも頷ける安定した強さです。
調べた限り、上記の力士が三役二場所以下で大関になっています。現在から見れば信じられない甘い昇進をしている事例もあり、また小結から直接昇進しているケースもあったりで様々に興味深いですね。昔は昇進基準も柔軟もしくはおおらかだった可能性もうかがわされたりします。まあ、大関昇進は直前三場所33勝が目安と聞いたことはありますが、大関陣が手薄など番付事情が絡んだり運に左右されることも多いようです。
あと注目すべき点として、スピード昇進した面々は、期待されていたと思しきだけあって横綱昇進した事例も多いです(11人中7人)。更に上を目指すであろう照ノ富士の今後にも期待させられるデータですね。
関連記事:
「新入幕で目覚ましい好成績を挙げた力士の話~15日制以前には無敗や優勝も~」
「昔、横綱昇進基準はもっと緩かった~双羽黒廃業以前の横綱昇進裏基準を検討する~」
「近代大相撲と力士の素行~今の角界はだいぶ品行方正です~」
関連サイト:
Wikipedia以外にも、以下のサイトを参照しました。
「相撲評論家之頁」(http://tsubotaa.la.coocan.jp/)
※2015/5/27 末尾に加筆しました。
※2015/5/28 タイトルが日本語として間違っていたので修正。誤字を修正。
※2015/5/28 一部を訂正。
2015年1月 東前2 8勝7敗
2015年3月 東関脇 13勝2敗
2015年5月 東関脇 12勝3敗(優勝)
ですから、数字の上でも計33勝で妥当です。
関連サイト:
「Yahoo!ニュース」(http://news.yahoo.co.jp/)より
「【夏場所】照ノ富士、初V&大関!史上初の三役2場所“飛び級”昇進!」(http://www2.wbs.ne.jp/~ms-db/sumou/ozeki-5basho.htm)
ただ、年六場所が確立する以前には前例がなくもないようです。という訳で、以下で三役二場所以下で大関昇進を果たした事例を判明した限りで挙げていきたいと思います。優勝制度成立後の、Wikipedia等で場所ごとの成績が追える範囲の力士だけなので、他にもいるかもしれませんが御容赦。力士名が太字なのは、後に横綱に昇進した力士です。1場所15日制度でない時代については、15日制での相当成績も括弧内に記しています。
・大錦卯一郎
1915年春 東前12 8勝1敗1休(12勝2敗1休相当)(新入幕)
1915年夏 東小結 9勝1敗(13勝2敗相当)
大関昇進 三役一場所
新入幕からわずか二場所で大関昇進しています。協会を主導していた出羽海部屋の力士だからというのもあるのでしょう。流石に異例な気がします。とはいえ、その後も地位に恥じない成績を残し続け強豪横綱になったのは流石というしかありません。
・栃木山
1916年春 東前1 7勝3敗(10勝5敗相当)
1916年夏 東小結 6勝3敗1休(9勝5敗1休相当)
1917年春 西関脇 6勝3敗1休(9勝5敗1休相当)
大関昇進 三役二場所
二場所で突破したとはいえ、現在から見ると甘い昇進基準に思えます。無敵横綱・太刀山の連勝を止めたのが評価された可能性があるとはいえ、やはり出羽海部屋力士なのが影響しているのでしょうか?しかし、大関を優秀な成績で二場所で突破し、やはり強豪横綱になっている辺りはこの人も流石というべきでしょう。
・九州山
1917年春 西前1 6勝4敗(9勝6敗相当)
1917年夏 西小結 7勝3敗(10勝5敗相当)
1918年春 東関脇 4勝3敗2休1預(6勝4敗3休2預相当)
大関昇進 三役二場所
直前場所の成績は良いと言い難いものの、栃木山が横綱昇進して大関が空いた事による幸運な昇進でした。現在では考えられない話ですね。しかし、その後は病気のため二場所で陥落、間もなく引退を余儀なくされています。
・千葉ヶ崎
1917年春 東前14 6勝2敗1分1預(9勝3敗2分1預相当)(新入幕)
1917年夏 東前3 6勝3敗1分(9勝4敗1分相当)
1918年春 西小結 8勝2敗(12勝3敗)
大関昇進 三役一場所
小結一場所で昇進という事も昔はあったんですね。入幕三場所で昇進という現在では考えられない成績ですが、直前三場所は10.5勝相当・9.5勝相当・12勝の計32勝相当ですからまあ番付運によっては分からなくもない範囲といえるかもです。
・太刀光
1922年春 西前8 7勝2敗1分(10勝3敗2分相当)
1922年夏 東前1 7勝2敗1分(10勝3敗2分相当)
1923年春 西関脇 7勝1敗1分1休(10勝2敗2分1休相当)
大関昇進 三役一場所
こちらも早い昇進。まあ事実上、三場所連続11勝相当ですからありえなくもない範囲かも。
・双葉山
1935年春に東小結で4勝6敗1分(6勝8敗1分相当)
1935年夏 東前1 4勝7敗(5勝10敗相当)
1936年春 東前3 9勝2敗(12勝3敗相当)
1936年夏 西関脇 11戦全勝(15戦全勝相当)(優勝)
大関昇進 三役二場所
御存じ、69連勝を達成した大横綱です。69連勝の最中に大関・横綱へ昇進しています。しかし、3場所前に負け越しているのを考えると大関昇進は現在から考えると随分と甘い感が否めません。直前3場所の合計は32勝相当なのでそれだけ見ればありえなくはないのですが…。しかし、批判もありうる昇進を結果で黙らせるかのように連勝街道をゆき、その後も不世出の大横綱となったのは御存じのとおり。
・前田山
1937年春 東前12 7勝4敗(9勝6敗相当)(新入幕)
1937年夏 東前5 9勝4敗(10勝5敗相当)
1938年春 東小結 11勝2敗(12勝3敗相当)
大関昇進 三役一場所
新入幕以来安定した強さを発揮しているとはいえ、小結一場所で昇進とするには現在からすれば甘すぎるように思えます。Wikipediaによれば、当時の大関が晩年の鏡岩一人だったのが考慮されたそうです。
昇進後、前田山は闘志あふれる名大関として活躍、戦後に横綱になっています。
・五ツ嶋
1939年夏 西前2 9勝6敗
1940年春 西前1 11勝4敗
1040年夏 西張出関脇 13勝2敗
大関昇進 三役一場所
双葉山を破った事もある強豪力士。直前三場所の星数は33勝ですからその意味ではおかしくはありません。関脇一場所での大関昇進からもわかるように大いに期待された存在でしたが、けがのため二場所で陥落。間もなく引退を余儀なくされています。
・安芸ノ海
1939年夏 東前4 10勝5敗
1940年春 西関脇 10勝5敗
1940年夏 西関脇 14勝1敗(優勝)
大関昇進 三役二場所
双葉山の連勝を止めた存在として有名です。その一番を契機に力をつけ、スピード出世を遂げました。星数を考慮すると、大関昇進は妥当かと。最終的に横綱になったのは立派です。
・東富士
1944年夏 東前2 6勝4敗(9勝6敗相当)
1944年秋 西関脇 9勝1敗(13勝2敗相当)
1945年夏 東関脇 6勝1敗(12勝3敗相当)
大関昇進 三役二場所
幕下時代から双葉山にかわいがられ期待された力士です。直前三場所の合計は34勝相当ですから妥当ではあるかと思います。横綱になり「怒涛の寄り身」と恐れられました。
・吉葉山
1950年5月 東前1 10勝5敗
1950年9月 東張出関脇 13勝2敗
1051年1月 東関脇 13勝2敗
大関昇進 三役二場所
伸び盛りの頃に兵役で取られ、その後も抑留されるなど苦労が多かった力士です。それでも力量を見せつけているのは流石というべきでしょう。直前三場所は36勝ですからむろん昇進は妥当。その後、横綱になっているのも頷ける安定した強さです。
調べた限り、上記の力士が三役二場所以下で大関になっています。現在から見れば信じられない甘い昇進をしている事例もあり、また小結から直接昇進しているケースもあったりで様々に興味深いですね。昔は昇進基準も柔軟もしくはおおらかだった可能性もうかがわされたりします。まあ、大関昇進は直前三場所33勝が目安と聞いたことはありますが、大関陣が手薄など番付事情が絡んだり運に左右されることも多いようです。
あと注目すべき点として、スピード昇進した面々は、期待されていたと思しきだけあって横綱昇進した事例も多いです(11人中7人)。更に上を目指すであろう照ノ富士の今後にも期待させられるデータですね。
関連記事:
「新入幕で目覚ましい好成績を挙げた力士の話~15日制以前には無敗や優勝も~」
「昔、横綱昇進基準はもっと緩かった~双羽黒廃業以前の横綱昇進裏基準を検討する~」
「近代大相撲と力士の素行~今の角界はだいぶ品行方正です~」
関連サイト:
Wikipedia以外にも、以下のサイトを参照しました。
「相撲評論家之頁」(http://tsubotaa.la.coocan.jp/)
※2015/5/27 末尾に加筆しました。
※2015/5/28 タイトルが日本語として間違っていたので修正。誤字を修正。
※2015/5/28 一部を訂正。
by trushbasket
| 2015-05-27 22:52
| NF








