2015年 06月 28日
儒者・叔孫通から見る本物の暴君・暗君への接し方~諌めるだけ無駄、へたすりゃ死に損~
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以前、中国や日本の例を通じて、人に物を説く際には相手を下手な刺激しない、侮辱しないなど神経を使う必要がある旨についてお話ししたかと思います。
今回、それに関連したきわめて切実かつ危険なパターンを潜り抜けた事例についてお話ししようかと。
秦末漢初の儒者に、叔孫通という人物がいます。当初、秦に学識を認められ招聘され仕えましたが、やがて秦末の動乱を通じて紆余曲折あり、最終的に劉邦に仕えます。そして、誕生まもなく威信も確立していない漢王朝のため、儀礼・制度を整えその権威向上に大きく貢献した人物です。
この叔孫通が秦に仕えていた時期の事。秦の圧政に耐え兼ねて陳勝・呉広らが反乱しその勢いはたちまち広がりました。その報告を受けた二世皇帝は、学者たちに意見を求めたのです。ある学者たちは、事態を重大視し「反逆者に対し即座の出兵・鎮圧を」と意見具申。しかし、自らの治世に反逆者が存在するのを認めたくなかったのか、二世皇帝はこれに対し怒りの色を見せます。
そうした中、叔孫通は以下のように述べました。
二世皇帝はこれを聞いて大いに喜び、叔孫通に絹二十匹と衣一重ねを授け博士に昇進させました。一方、反乱を重大視した学者・博士たちは不穏な言説を吐いたとして捕えられ、獄吏に下されるはめとなったのです。周囲の人々は叔孫通にその媚び諂った上奏を責めますが、叔孫通は
と答え、すぐに秦宮廷から脱出。身の安全を確保したのです。
何とも不誠実な話に思えますが、叔孫通としては生き延びるために切実な話だったようです。何しろ、相手は絶対権力者。その機嫌一つでこちらの生殺与奪が決まってしまいます。そして秦の二世皇帝は暗愚として有名な人物。たとえ正論であっても、相手の受け入れがたい内容であれば処刑されてしまう事が予想されます。その結果、正論は封殺され諫言した者は殺され損。ならば、まともに相手するだけバカバカしい。彼はこう考えたのでしょうね。まあ、暗君の愚行を放置して逃亡した事は問題があるかもですが、それに関しては諫言しようがしまいが彼にはどうすることもできないと判断してのことだと思われます。
なお、この叔孫通、劉邦相手には必要とあれば強硬な諫言をしています。劉邦が晩年、皇太子をお気に入りの庶子に交代しようとしたとき、叔孫通は
と述べて思いとどまらせているのです。そこから考えるに、叔孫通は決して媚び諂いを旨とする人物とは言えません。ただ、無駄死にを嫌っただけでしょう。
今回はいささか極端な事例ですが、人に意見を述べるというのは、時に非常に危険であり大変に神経を使うもののようです。それを考えると、反対意見を述べたり論戦したりする際、相手の神経を逆なでしたり侮辱したりする物言いはするべきじゃないでしょうね。もし相手がどうしようもない人物なら色々と危険ですし、そうでないまともな相手ならその物言いは不当だと思いますから。
【参考文献】
司馬遷『史記Ⅶ思想の命運』西野広祥・藤本幸三訳 徳間書店
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「「道徳」の必要最低限ラインについて考えてみる~人に悪意を向けて動くな、という事に尽きそう~」
「にっくき相手にどのような言葉をかけるべきか~侮辱・罵声・恫喝は無益です~」
「君主はうかつな物言いはできない、という話~偉い人の言葉が与える影響は甚大~」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「引きこもりニート列伝その4 張良・韓信・陳平」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet04.html)
「引きこもりニート列伝その18 劉邦」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet18.html)
劉邦とその家臣たちについては社会評論社『ダメ人間の世界史』で、二世皇帝の尻拭いをさせられた秦王・子嬰については同『敗戦処理首脳列伝』で扱っています。興味のある方は御参照下さい。
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今回、それに関連したきわめて切実かつ危険なパターンを潜り抜けた事例についてお話ししようかと。
秦末漢初の儒者に、叔孫通という人物がいます。当初、秦に学識を認められ招聘され仕えましたが、やがて秦末の動乱を通じて紆余曲折あり、最終的に劉邦に仕えます。そして、誕生まもなく威信も確立していない漢王朝のため、儀礼・制度を整えその権威向上に大きく貢献した人物です。
この叔孫通が秦に仕えていた時期の事。秦の圧政に耐え兼ねて陳勝・呉広らが反乱しその勢いはたちまち広がりました。その報告を受けた二世皇帝は、学者たちに意見を求めたのです。ある学者たちは、事態を重大視し「反逆者に対し即座の出兵・鎮圧を」と意見具申。しかし、自らの治世に反逆者が存在するのを認めたくなかったのか、二世皇帝はこれに対し怒りの色を見せます。
そうした中、叔孫通は以下のように述べました。
諸生言皆非也。夫天下合為一家、毀郡県城、鑠其兵、示天下不復用。且明主在其上、法令具於下、使人人奉職、四方輻輳、安敢有反者。此特群盗、鼠窃、狗盗耳、何足置之歯牙間。郡守尉今捕論、何足憂。(司馬遷『史記Ⅶ思想の命運』西野広祥・藤本幸三訳 徳間書店 167-168頁 旧字は新字にしています)
諸生の言はみな非なり、それ天下合して一家となり、郡県の城を毀ち、その兵を鑠(とか)し、天下にまた用いざるを示す。かつ明主その上に在り、法令下に具り、人々をして職を奉ぜしめ、四方輻輳す、いずくんぞあえて反する者あらん。これただ群盗・鼠窃・狗盗なるのみ、なんぞこれを歯牙の間に置くに足らん。郡の守尉、今、捕えて論ぜん、何ぞ憂うるに足らん。(同書 同頁)
<現代語訳>
先生方のお言葉はみな間違っています。そもそも、天下が一つの家のごとく統一され、郡県の城をこわし、その武器を鋳つぶし、もう城や武器を用いない事を天下に示しました。それに名君である陛下がその上におられ、下には法令がきちんとそなわっており、人々に職務に精励させ、四方は治まっていますから、なぜ反乱を起こす者がありましょうか。ただ、群盗や鼠・犬のようなせこい盗賊にすぎないでしょうから、なぜこれをまともに相手にする必要がありましょう。地方の役人たちが、今に彼らを捕えて刑罰を論じる事でしょう、なぜ心配する必要がありましょうか。
二世皇帝はこれを聞いて大いに喜び、叔孫通に絹二十匹と衣一重ねを授け博士に昇進させました。一方、反乱を重大視した学者・博士たちは不穏な言説を吐いたとして捕えられ、獄吏に下されるはめとなったのです。周囲の人々は叔孫通にその媚び諂った上奏を責めますが、叔孫通は
公不知也。我幾不脱於虎口。
公知らざるなり。われほとんど虎口を脱れず(同書 168頁)
<現代語訳>
先生方はお気づきでないのですね。私はかろうじて虎の口もとから脱出するかのごとく我が身の危険を逃れたにすぎません。
と答え、すぐに秦宮廷から脱出。身の安全を確保したのです。
何とも不誠実な話に思えますが、叔孫通としては生き延びるために切実な話だったようです。何しろ、相手は絶対権力者。その機嫌一つでこちらの生殺与奪が決まってしまいます。そして秦の二世皇帝は暗愚として有名な人物。たとえ正論であっても、相手の受け入れがたい内容であれば処刑されてしまう事が予想されます。その結果、正論は封殺され諫言した者は殺され損。ならば、まともに相手するだけバカバカしい。彼はこう考えたのでしょうね。まあ、暗君の愚行を放置して逃亡した事は問題があるかもですが、それに関しては諫言しようがしまいが彼にはどうすることもできないと判断してのことだと思われます。
なお、この叔孫通、劉邦相手には必要とあれば強硬な諫言をしています。劉邦が晩年、皇太子をお気に入りの庶子に交代しようとしたとき、叔孫通は
陛下必欲廃適而立少、臣願先伏誅、以頸血汚地。(同書 176頁)
陛下必ず適を廃して少を立てんと欲せば、臣願わくはまず誅に伏し、頸血をもって地を汚さん。
<現代語訳>
陛下がどうしてもしかるべき方を廃嫡してそうでない方を立てようと望まれるのなら、まずはこの私めを誅殺し、首をはねてからになさいませ。
と述べて思いとどまらせているのです。そこから考えるに、叔孫通は決して媚び諂いを旨とする人物とは言えません。ただ、無駄死にを嫌っただけでしょう。
今回はいささか極端な事例ですが、人に意見を述べるというのは、時に非常に危険であり大変に神経を使うもののようです。それを考えると、反対意見を述べたり論戦したりする際、相手の神経を逆なでしたり侮辱したりする物言いはするべきじゃないでしょうね。もし相手がどうしようもない人物なら色々と危険ですし、そうでないまともな相手ならその物言いは不当だと思いますから。
【参考文献】
司馬遷『史記Ⅶ思想の命運』西野広祥・藤本幸三訳 徳間書店
関連記事:
「「道徳」の必要最低限ラインについて考えてみる~人に悪意を向けて動くな、という事に尽きそう~」
「にっくき相手にどのような言葉をかけるべきか~侮辱・罵声・恫喝は無益です~」
「君主はうかつな物言いはできない、という話~偉い人の言葉が与える影響は甚大~」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「引きこもりニート列伝その4 張良・韓信・陳平」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet04.html)
「引きこもりニート列伝その18 劉邦」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet18.html)
劉邦とその家臣たちについては社会評論社『ダメ人間の世界史』で、二世皇帝の尻拭いをさせられた秦王・子嬰については同『敗戦処理首脳列伝』で扱っています。興味のある方は御参照下さい。
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by trushbasket
| 2015-06-28 22:48
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