2015年 07月 27日
昌平黌の学生と「ケンゲンコウリ」~徳川期のインテリも語学に苦しんだ?~
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昌平坂学問所、またの名を昌平黌。東京は湯島にあった徳川政権直轄の学問所です。当時において最高学府といって差し支えなく、全国各藩から秀才たちが送り込まれインテリ育成を担っていました。昌平黌で学んだ人々は、頭脳となるばかりでなく、同窓という形で藩の垣根を越えた人脈を保有する存在になりますから諸藩にとっては何としても育成したい人材だったのは想像に難くありません。
そのため、各藩は様々な手段で彼らの学費を捻出しようとしていました。例えば越後村上藩は、三面川の鮭を専売にする事で資金を作り自藩の秀才たちを湯島に送り出していたそうです。そのため、昌平黌では村上藩出身者を「鮭の子」と呼んだとか。
このように全国各地が様々に苦労して育てた湯島のエリートたち。しかしながら、そんな彼らも江戸っ子からは「ケンゲンコウリ」とあだ名され馬鹿にされることもあったそうです。どういうことかと言えば、彼らが漢籍を学ぶ際の習慣にありました。
昌平黌は朱子学を重んじていましたから、重大な儒教経典である四書五経の講義が行われたりしたのですが、その際に漢文を棒読みにしていたようです。で、五経の一つである『易経』の冒頭は
とありますが、これを読む際も
といった具合だったようで今東光にも
なんてやっつけられています。この逸話の真偽は正直いって不明ですが、もし事実だとすると興味深い話です。現代の学生も英語を長らく学んでいながらも語学力の難が問題にされたりするのを考えると、共通する悩みを持っていたと言えなくもないのかも。あと、「今の学生はバカ」という印象は昔も今も持たれていた可能性も浮かんできます。昔の秀才も今の学生たちも、意外と似たような問題を抱えている面はあるのかもですね。
ちなみに「元亨利貞」という四字ですが、万物の始まり・成長・生育・成就をそれぞれ意味し春夏秋冬・仁礼義智を象徴するという話らしいですよ。
【参考文献】
今東光『毒舌日本史』文春文庫
『日本大百科全書』小学館
『大辞泉』小学館
関連記事:
「特権階級と教養~エリートだろうとどうしても馬鹿は一定数出てくる、という話~」
「大学の歴史を元に、大学のレジャーランド化を評価する」
「若者と話が通じなくなった際に頭にとめておく事~「若者が馬鹿」ではなく、「文化が違う」だけ~」
そのため、各藩は様々な手段で彼らの学費を捻出しようとしていました。例えば越後村上藩は、三面川の鮭を専売にする事で資金を作り自藩の秀才たちを湯島に送り出していたそうです。そのため、昌平黌では村上藩出身者を「鮭の子」と呼んだとか。
このように全国各地が様々に苦労して育てた湯島のエリートたち。しかしながら、そんな彼らも江戸っ子からは「ケンゲンコウリ」とあだ名され馬鹿にされることもあったそうです。どういうことかと言えば、彼らが漢籍を学ぶ際の習慣にありました。
昌平黌は朱子学を重んじていましたから、重大な儒教経典である四書五経の講義が行われたりしたのですが、その際に漢文を棒読みにしていたようです。で、五経の一つである『易経』の冒頭は
乾 元亨利貞
とありますが、これを読む際も
ケンゲンコウリとやっちゃってテイまでいかねえ。つまり何のことやら本人もわかっちゃいねえのさ。(今東光『毒舌日本史』文春文庫 171頁)
といった具合だったようで今東光にも
これじゃ易経を読んでも何にもなりません。(同書 同頁)
今の大学生とあんまり変らねえな。(同書 170頁)
なんてやっつけられています。この逸話の真偽は正直いって不明ですが、もし事実だとすると興味深い話です。現代の学生も英語を長らく学んでいながらも語学力の難が問題にされたりするのを考えると、共通する悩みを持っていたと言えなくもないのかも。あと、「今の学生はバカ」という印象は昔も今も持たれていた可能性も浮かんできます。昔の秀才も今の学生たちも、意外と似たような問題を抱えている面はあるのかもですね。
ちなみに「元亨利貞」という四字ですが、万物の始まり・成長・生育・成就をそれぞれ意味し春夏秋冬・仁礼義智を象徴するという話らしいですよ。
【参考文献】
今東光『毒舌日本史』文春文庫
『日本大百科全書』小学館
『大辞泉』小学館
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「特権階級と教養~エリートだろうとどうしても馬鹿は一定数出てくる、という話~」
「大学の歴史を元に、大学のレジャーランド化を評価する」
「若者と話が通じなくなった際に頭にとめておく事~「若者が馬鹿」ではなく、「文化が違う」だけ~」
by trushbasket
| 2015-07-27 19:32
| NF








