2015年 09月 06日
後西天皇の茶席での心得~人の上に立つものが心すべきこと~
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徳川期に入ると、朝廷でも茶の湯が定着していきます。もっとも、そのありようは、茶をたしなんだ後に宴・歌舞音曲や双六などの遊戯が催されることが常だったりといった風で、世間一般とは少々異なった楽しみ方だったといわれています。しかし、これも次第に変化したようで、少なくとも十七世紀半ばに在位した後西天皇の頃になると朝廷の茶の湯も大名・庶民と大きく異ならないものとなっていたようです。
さて、この後西天皇ですが、茶の湯に客として臨む際の心得について思う所があったようです。十七世紀後半から十八世紀前半における上級貴族でやはり茶人として知られた近衛家煕の言行を侍医山科道安が記録した『槐記』によれば、後西天皇は以下の発言を残しているとか。
茶席では、正客の客振りの良し悪しが、全体の雰囲気に大きな影響を与えます。もし正客がやらかすと、茶席そのものを台無しにし亭主はもちろん他の客たちにも大きな迷惑をかけてしまう。天皇ともなると、茶の湯に招かれた際は常に正客でしょうから、その責任重大さを痛感していたものと思われます。
これは、茶席に限った話ではないかと思います。世間一般として、腐敗や堕落はしばしば上から始まり下に波及すると言われたりするように、人の上に立つ人間のありようが全体のありようを大きく規定することになります。それだけ、上の人間は自らの振る舞い・心がけを常に自省し身を正す事が求められるといえるものと言えるでしょう。
【参考文献】
谷端昭夫『茶の湯の文化史』吉川弘文館
『茶の湯便利手帳4茶の湯人物事典 略伝・ことば・逸話』世界文化社
『日本大百科全書』小学館
関連記事:
「君主はうかつな物言いはできない、という話~偉い人の言葉が与える影響は甚大~」
「リーダーとなる人々に望みたいこと~人間としての器にも関わる条件の話~」
上に立つ人に望みたい心得みたいな話。
「「後○○天皇」と「○○天皇」一覧」
「後西天皇」という呼び名の由来について触れています。
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「徳川期の茶の湯」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/tokucha.html)
さて、この後西天皇ですが、茶の湯に客として臨む際の心得について思う所があったようです。十七世紀後半から十八世紀前半における上級貴族でやはり茶人として知られた近衛家煕の言行を侍医山科道安が記録した『槐記』によれば、後西天皇は以下の発言を残しているとか。
上客ならでは成されぬ事なり。下座の者の迷惑せぬようにと心得第一たるべし
上客によりて下客の難儀多し
(いずれも『茶の湯便利手帳4茶の湯人物事典 略伝・ことば・逸話』世界文化社 85頁)
茶席では、正客の客振りの良し悪しが、全体の雰囲気に大きな影響を与えます。もし正客がやらかすと、茶席そのものを台無しにし亭主はもちろん他の客たちにも大きな迷惑をかけてしまう。天皇ともなると、茶の湯に招かれた際は常に正客でしょうから、その責任重大さを痛感していたものと思われます。
これは、茶席に限った話ではないかと思います。世間一般として、腐敗や堕落はしばしば上から始まり下に波及すると言われたりするように、人の上に立つ人間のありようが全体のありようを大きく規定することになります。それだけ、上の人間は自らの振る舞い・心がけを常に自省し身を正す事が求められるといえるものと言えるでしょう。
【参考文献】
谷端昭夫『茶の湯の文化史』吉川弘文館
『茶の湯便利手帳4茶の湯人物事典 略伝・ことば・逸話』世界文化社
『日本大百科全書』小学館
関連記事:
「君主はうかつな物言いはできない、という話~偉い人の言葉が与える影響は甚大~」
「リーダーとなる人々に望みたいこと~人間としての器にも関わる条件の話~」
上に立つ人に望みたい心得みたいな話。
「「後○○天皇」と「○○天皇」一覧」
「後西天皇」という呼び名の由来について触れています。
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「徳川期の茶の湯」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/tokucha.html)
by trushbasket
| 2015-09-06 19:19
| NF








