2015年 12月 19日
「ありえない」と言い切る事の難しさについて ~碩学・林羅山の、やらかした話~
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人間の想像力・知識は限界があります。ですから、「絶対にありえない」と言い切る事は非常に難しいといえます。今回はそういうお話を。
林羅山は徳川初期の儒者で、家康から家綱の四代にわたり仕えた人物です。彼の尽力が徳川時代において朱子学が重んじられる要因の一つとなり、その子孫は徳川政権官学の主となる訳ですから重要な人物といえます。
この羅山は、学問方面で歴史に名を刻むだけあって該博な知識の持ち主であったようです。23歳で初めて家康に面会した際、家康から様々な歴史知識に関する試問をいくつか受けました。「瑣末な歴史上の事実」で「近頃流行のクイズを思い起こさせる」(坂本太郎『史書を読む』中公文庫 184頁)と評されるような細かい、分からなくても問題なさそうな問題ではあったのですが、相国寺の長老たちのような知識人ですら答えられなかったこれらの問いに、羅山はすべてスラスラと答えてのけたとか。これを契機に、羅山は家康から評価されたという話が伝えられています。
また、羅山は記憶力も並外れたものを有していたそうです。南方熊楠によれば、『元禄太平記』にその一例というべき逸話が載せられているそうなので、ここでご紹介しましょう。
出入りしていた呉服屋が火災にあい、大福帳(売買の金額を記載した帳簿)を焼失してしまいました。もはや破滅だと悲嘆にくれる主人に対し、羅山はその内容を細かいところまでそのまま復元して見せたそうです。なんでも、出入りしていた際に昼寝ついでに枕代わりにしていた大福帳へ一度だけ目を通した事があったんだとか。一度見ただけで完全記憶。まるでマンガとかに登場する特殊能力持ちですね。この調子で、羅山は『古文類聚』も暗唱していたそうです。
もっとも、この話は事実かと言えば疑問が残ります。というのも、熊楠によれば、羅山に限らず同様の逸話が伝えられる人物は和漢を問わず結構いるそうで。伝説の一パターンなんでしょうな。まあ、だとしても、羅山といえば常人離れした記憶力、というイメージを世の中に持たれていた証拠にはなるかと思います。
ところがこれほどに博覧強記な羅山先生ですら、やらかしてしまったことがあるようです。近代の文豪・森鴎外は晩年の作品『伊沢蘭軒』で、『画一元亀』という書物を題材に以下の逸話を紹介しています。
ところがこの『画一元亀』、日本には多くもたらされなかったとはいえ実際には宋代に作成された実在する書物であり、徳川後期の学者・伊沢蘭軒も江戸から長崎への旅の途中、京都で零本(内容の多くが散逸している本)ではありますが実物を目にしたそうで。鴎外は、
とコメントしています(いずれも「青空文庫」の「森鴎外 伊沢蘭軒」より)。この話、鴎外先生は出典を明記してくれてないですし、真偽は存じません。が、もし事実なら羅山先生、とんだ失態という事になりますね。
羅山ほどの人物ですらかくのごとし。世の中、人間の知識には限界がありますし、その想像力からは思いもよらない事があったりします。「ありえない」と軽々に述べる事の難しさ・危うさを思わずにいられません。
【参考文献】
「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)より
「南方熊楠 失うた帳面を記憶力で書き復した人」
(http://www.aozora.gr.jp/cards/000093/files/52959_42912.html)
「森鴎外 伊沢蘭軒」
(http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/2084_17397.html)
坂本太郎『史書を読む』中公文庫
『日本大百科全書』小学館
『大辞泉』小学館
関連記事:
言動・判断は慎重に、という話。
「中国古代史から学ぶ、異なる考えの人間(特に目上)に意見する際の心得~相手の面子を潰すのは論外~」
「一つの逸話だけから性格を判断するのは慎重に~信頼すべき同一人物が似た状況で言う事が正反対~」
「君主はうかつな物言いはできない、という話~偉い人の言葉が与える影響は甚大~」
林羅山が家康から受けた口頭試問の逸話については、社会評論社『ダメ人間の日本史』における徳川家康の項目でも取り上げています。興味のある方は御参照ください。
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当ブログ内紹介記事
※2015/12/19 少し加筆しました。
※2016/1/5 少し修正しました。
林羅山は徳川初期の儒者で、家康から家綱の四代にわたり仕えた人物です。彼の尽力が徳川時代において朱子学が重んじられる要因の一つとなり、その子孫は徳川政権官学の主となる訳ですから重要な人物といえます。
この羅山は、学問方面で歴史に名を刻むだけあって該博な知識の持ち主であったようです。23歳で初めて家康に面会した際、家康から様々な歴史知識に関する試問をいくつか受けました。「瑣末な歴史上の事実」で「近頃流行のクイズを思い起こさせる」(坂本太郎『史書を読む』中公文庫 184頁)と評されるような細かい、分からなくても問題なさそうな問題ではあったのですが、相国寺の長老たちのような知識人ですら答えられなかったこれらの問いに、羅山はすべてスラスラと答えてのけたとか。これを契機に、羅山は家康から評価されたという話が伝えられています。
また、羅山は記憶力も並外れたものを有していたそうです。南方熊楠によれば、『元禄太平記』にその一例というべき逸話が載せられているそうなので、ここでご紹介しましょう。
出入りしていた呉服屋が火災にあい、大福帳(売買の金額を記載した帳簿)を焼失してしまいました。もはや破滅だと悲嘆にくれる主人に対し、羅山はその内容を細かいところまでそのまま復元して見せたそうです。なんでも、出入りしていた際に昼寝ついでに枕代わりにしていた大福帳へ一度だけ目を通した事があったんだとか。一度見ただけで完全記憶。まるでマンガとかに登場する特殊能力持ちですね。この調子で、羅山は『古文類聚』も暗唱していたそうです。
もっとも、この話は事実かと言えば疑問が残ります。というのも、熊楠によれば、羅山に限らず同様の逸話が伝えられる人物は和漢を問わず結構いるそうで。伝説の一パターンなんでしょうな。まあ、だとしても、羅山といえば常人離れした記憶力、というイメージを世の中に持たれていた証拠にはなるかと思います。
ところがこれほどに博覧強記な羅山先生ですら、やらかしてしまったことがあるようです。近代の文豪・森鴎外は晩年の作品『伊沢蘭軒』で、『画一元亀』という書物を題材に以下の逸話を紹介しています。
徳川家康が嘗て僧某のこれを引いたのを聞いて林羅山に質(たゞ)した。羅山はそんな書は無いと云つたさうである。
ところがこの『画一元亀』、日本には多くもたらされなかったとはいえ実際には宋代に作成された実在する書物であり、徳川後期の学者・伊沢蘭軒も江戸から長崎への旅の途中、京都で零本(内容の多くが散逸している本)ではありますが実物を目にしたそうで。鴎外は、
いかに博識でも、そんな書は無いなどと云ふことは、うかと云はれぬものである。
とコメントしています(いずれも「青空文庫」の「森鴎外 伊沢蘭軒」より)。この話、鴎外先生は出典を明記してくれてないですし、真偽は存じません。が、もし事実なら羅山先生、とんだ失態という事になりますね。
羅山ほどの人物ですらかくのごとし。世の中、人間の知識には限界がありますし、その想像力からは思いもよらない事があったりします。「ありえない」と軽々に述べる事の難しさ・危うさを思わずにいられません。
【参考文献】
「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)より
「南方熊楠 失うた帳面を記憶力で書き復した人」
(http://www.aozora.gr.jp/cards/000093/files/52959_42912.html)
「森鴎外 伊沢蘭軒」
(http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/2084_17397.html)
坂本太郎『史書を読む』中公文庫
『日本大百科全書』小学館
『大辞泉』小学館
関連記事:
言動・判断は慎重に、という話。
「中国古代史から学ぶ、異なる考えの人間(特に目上)に意見する際の心得~相手の面子を潰すのは論外~」
「一つの逸話だけから性格を判断するのは慎重に~信頼すべき同一人物が似た状況で言う事が正反対~」
「君主はうかつな物言いはできない、という話~偉い人の言葉が与える影響は甚大~」
林羅山が家康から受けた口頭試問の逸話については、社会評論社『ダメ人間の日本史』における徳川家康の項目でも取り上げています。興味のある方は御参照ください。
Amazon :『ダメ人間の日本史』(ダメ人間の歴史vol 2)楽天ブックス:『ダメ人間の日本史』(ダメ人間の歴史vol 2)
当ブログ内紹介記事
※2015/12/19 少し加筆しました。
※2016/1/5 少し修正しました。
by trushbasket
| 2015-12-19 16:53
| NF








