2016年 01月 30日
文学作品を参考にして見る、鉄道がもたらした旅程短縮~江戸、明治、そして現代~
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明治維新とそれに伴う近代化は、日本社会を大きく変えた。これは、ほとんどの人々が同意される事かと思います。そして、近代化を象徴するものの一つが鉄道である事も、多くの方は否定なさらないのではないでしょうか。では、鉄道がそれまでと比べて旅程をどの程度短縮したのか。それにつきまして、文学作品も参考にしつつ、徳川時代・明治時代・現代を対象にして比較してみたいと思います。
徳川時代については『東海道中膝栗毛』を基本的に参照。明治については森鴎外『青年』(1910-1911年)と泉鏡花『高野聖』(1900)を参考にしています。なお、現代については文学作品でなく以下のサイトで調べることにしました。
・東京-国府津、箱根
『東海道中膝栗毛』では、弥次郎兵衛・喜多八の二人組が江戸を出たのは一日目の早朝。そして二日目に小田原で宿をとり、箱根関を超えたのは三日目の日中でした。参考までに、当時の飛脚は三日便・六日便とも一日目の旅程は江戸から箱根までだったそうです。
明治末年については、森鴎外『青年』が参考になります。知り合いの未亡人が逗留している箱根へ行こうと夕方に思い立った主人公、荷造りしてターミナルへ赴いてからの描写が以下の通り。
東京駅が竣工したのは1914年ですから、当時はこの新橋駅が東京のターミナルでした。主人公はその晩は国府津で一泊し、翌朝に箱根湯本まで三里の距離を鉄道馬車で移動しています。
徳川時代には普通に旅して二日強、飛脚ですら一日かかった距離が、明治末には約二時間とプラスアルファ。急な思い付きで東京から夜の列車に乗っても、当日中に国府津までは行ける訳です。革命的というべきですね。
なお、現在では東京駅から国府津駅までは湘南ライナーで所要時間約65分だそうです。東京から箱根湯本までだと、東京-小田原間が湘南ライナーで約1時間13分、小田原-箱根間まで箱根登山鉄道で約14分だとか。新幹線を使うと東京-小田原間はこだま号で約36分になります。
明治と比べ時間が短縮されているのは事実ですが、徳川期と明治の間の変化には及ばないようにも見えます。ただし、今日では東京を21時に出発しても箱根湯本まで当日中にちゃんと到着できる(しかも、新幹線経由だと明治期の国府津到着時刻より早い)わけですから、決して侮って良い変化ではないと言えるでしょう。
・東京-名古屋
『東海道中膝栗毛』によれば、主人公二人組が宮宿(名古屋市)に泊まったのは十日目。飛脚は、三日便だと二日目に桑名へ到着、六日便だと四日目に宮宿へ到着していたそうです。
明治後期の事情については、泉鏡花『高野聖』が冒頭近くでこのような証言を残しています。
東京から名古屋まで、所要時間はおよそ14時間30分。やはり鉄道のもたらした変化たるや劇的です。
現代の所要時間は、新幹線のぞみ号で約1時間40分でした。新幹線もまた歴史的変革であった事を、実感できる数字と言えましょう。東京-箱根と比べて移動距離が長い分だけ、所要時間における変化の幅も著しいものになっています。
サンプル数が少ないので、各時代に関する正確なありようを反映しているとは言えないかもしれません。しかし、大凡のイメージを掴むことはできそうに思われます。
こうして数値で表すと、鉄道がいかに旅のありようを変えたか、いやがおうにも理解させられる思いです。昔の文学作品は、時にひょんなことから思わぬデータを提供してくれることがありますね。
【参考文献】
『日本大百科全書』小学館
『世界大百科事典』平凡社
十返舎一九作『東海道中膝栗毛』(上)(下) 麻生磯次校注 岩波文庫
木村幸比古『吉田松陰の実学 世界を見据えた大和魂』PHP新書
「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)より
「森鴎外 青年」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/2522_5002.html)
「泉鏡花 高野聖」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/521_20583.html)
関連記事:
「グルメ娯楽読み物の歴史は長い~明治のグルメ小説『食道楽』~」
「『超高速!参勤交代』はどれだけ無茶か、行軍速度から考える~主に南北朝主要武将の事例から~」
「どれほど兵は神速を尊ぶか? ~歴史的に行軍速度を探求し戦争術評価の尺度とする試み~」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「軍事史概説 戦略と戦術の東西文明五千年史」
軍事史的にも、鉄道のもたらした意義は大きなものでした。
徳川時代については『東海道中膝栗毛』を基本的に参照。明治については森鴎外『青年』(1910-1911年)と泉鏡花『高野聖』(1900)を参考にしています。なお、現代については文学作品でなく以下のサイトで調べることにしました。
関連サイト:
「Yahoo!Japan」(http://www.yahoo.co.jp/)より
「Yahoo!Japan路線情報」(http://transit.yahoo.co.jp/)
・東京-国府津、箱根
『東海道中膝栗毛』では、弥次郎兵衛・喜多八の二人組が江戸を出たのは一日目の早朝。そして二日目に小田原で宿をとり、箱根関を超えたのは三日目の日中でした。参考までに、当時の飛脚は三日便・六日便とも一日目の旅程は江戸から箱根までだったそうです。
明治末年については、森鴎外『青年』が参考になります。知り合いの未亡人が逗留している箱根へ行こうと夕方に思い立った主人公、荷造りしてターミナルへ赴いてからの描写が以下の通り。
新橋で発車時間を調べて見ると、もう七時五十分発の列車が出た跡で、次は九時発の急行である。国府津(こうづ)に着くのは十時五十三分の筈であるから、どうしても、適当な時刻に箱根まで漕(こ)ぎ着けるわけには行(い)かない。
(「青空文庫」の「森鴎外 青年」より)
東京駅が竣工したのは1914年ですから、当時はこの新橋駅が東京のターミナルでした。主人公はその晩は国府津で一泊し、翌朝に箱根湯本まで三里の距離を鉄道馬車で移動しています。
徳川時代には普通に旅して二日強、飛脚ですら一日かかった距離が、明治末には約二時間とプラスアルファ。急な思い付きで東京から夜の列車に乗っても、当日中に国府津までは行ける訳です。革命的というべきですね。
なお、現在では東京駅から国府津駅までは湘南ライナーで所要時間約65分だそうです。東京から箱根湯本までだと、東京-小田原間が湘南ライナーで約1時間13分、小田原-箱根間まで箱根登山鉄道で約14分だとか。新幹線を使うと東京-小田原間はこだま号で約36分になります。
明治と比べ時間が短縮されているのは事実ですが、徳川期と明治の間の変化には及ばないようにも見えます。ただし、今日では東京を21時に出発しても箱根湯本まで当日中にちゃんと到着できる(しかも、新幹線経由だと明治期の国府津到着時刻より早い)わけですから、決して侮って良い変化ではないと言えるでしょう。
・東京-名古屋
『東海道中膝栗毛』によれば、主人公二人組が宮宿(名古屋市)に泊まったのは十日目。飛脚は、三日便だと二日目に桑名へ到着、六日便だと四日目に宮宿へ到着していたそうです。
明治後期の事情については、泉鏡花『高野聖』が冒頭近くでこのような証言を残しています。
この汽車は新橋を昨夜九時半に発(た)って、今夕(こんせき)敦賀に入ろうという、名古屋では正午(ひる)だったから、飯に一折の鮨(すし)を買った。
(「青空文庫」の「泉鏡花 高野聖」より)
東京から名古屋まで、所要時間はおよそ14時間30分。やはり鉄道のもたらした変化たるや劇的です。
現代の所要時間は、新幹線のぞみ号で約1時間40分でした。新幹線もまた歴史的変革であった事を、実感できる数字と言えましょう。東京-箱根と比べて移動距離が長い分だけ、所要時間における変化の幅も著しいものになっています。
サンプル数が少ないので、各時代に関する正確なありようを反映しているとは言えないかもしれません。しかし、大凡のイメージを掴むことはできそうに思われます。
こうして数値で表すと、鉄道がいかに旅のありようを変えたか、いやがおうにも理解させられる思いです。昔の文学作品は、時にひょんなことから思わぬデータを提供してくれることがありますね。
【参考文献】
『日本大百科全書』小学館
『世界大百科事典』平凡社
十返舎一九作『東海道中膝栗毛』(上)(下) 麻生磯次校注 岩波文庫
木村幸比古『吉田松陰の実学 世界を見据えた大和魂』PHP新書
「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)より
「森鴎外 青年」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/2522_5002.html)
「泉鏡花 高野聖」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/521_20583.html)
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歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「軍事史概説 戦略と戦術の東西文明五千年史」
軍事史的にも、鉄道のもたらした意義は大きなものでした。
by trushbasket
| 2016-01-30 11:33
| NF








