<読書案内>木原敏江『雪紅皇子』
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人の心を読める能力を持った少女・根姫が漂泊の末、運命に導かれるかのようにやってきた山里。そこには、南朝ゆかりの皇子二人が匿われていました。兄は「帝」として、そして弟はそれを補佐する将軍として足利方への抵抗を続けていたのです。次第に心を通わせていく根姫と弟宮。二人の愛の行く末に待つ、運命とは…。
この物語の背景としてあるのは、実在した事件である「禁闕の変」と「長禄の変」。御存じの方もおられるでしょうが一応解説。前者は、嘉吉三年(1443)に南朝残党が御所から神璽を奪取、侵入者たちは比叡山で討たれたものの神璽は行方不明になった事件です。そして後者は、その14年後である長禄元年(1457)に赤松氏家臣が後南朝末裔である自天王・忠義王兄弟を殺害、神器を奪い返した事件。当時、赤松氏は嘉吉元年(1441)に将軍・足利義教を殺害したため討伐を受け、一時的に滅亡していました。そこで、その遺臣たちは御家再興を果たすため大功を立てようとしていたのです。
絶望的劣勢の中で精一杯の抵抗をする南朝方とそれを支える村人たち。南朝皇子兄弟や君臣の絆が読む者の胸を打つのは勿論、赤松遺臣を始めとする敵方もまた大事なもののため懸命に生きているのが描かれています。それだけに、彼らを待つ運命に心が痛くなりもします。
後南朝を題材とした物語は、知る限りでは珍しいように思います。短編ではありますが、悲運の中で力の限り生きる人々を描いた佳作ではないかと。
【参考文献】
森茂暁『闇の歴史、後南朝』角川選書