2016年 03月 30日
<読書案内>森鴎外『伊沢蘭軒』
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森鴎外が晩年に史伝をものしていたのは有名です。その中で、個人的に一番好きで、世間一般からも代表作とされているのは『渋江抽斎』です。しかし、続いて出された『伊沢蘭軒』も甲乙つけがたく惹かれるものがあります。というわけで、今回は『伊沢蘭軒』について。
徳川後期の学者・伊沢蘭軒に焦点を当てた史伝で、本人のみならず、その先祖や子孫の生涯をも描き出した大作です。伊沢一族だけでなく、その周囲にいた同時代の文人たち、例えば菅茶山や頼山陽をはじめとした人々の姿をも活写していて引き込まれます。彼らの生き様に対する鴎外の共感を、読んでいて感じ取ることができます。さらに彼らの紀行文・手紙などや、逸話からは同時代の空気や人々の生き様がわかり、その意味でも興味深い作品です。実際、本ブログでも記事のネタを何度この作品から得ることができたかわかりません。そして、簡潔で端正な文体も本作の魅力かと思います。
ただ、読むのが結構大変な作品でもあります。『渋江抽斎』も長かったですが、『伊沢蘭軒』は三世代にわたるせいか、もっと長い。これを通読するのは時間もかかります。結構、話題も脱線しますしね。伝記と言うより長大なエッセイという趣が強いかと思います。あと、以前の記事で少し触れましたが、的外れな推測をしてしまった箇所もあるようで、読む際には注意が必要ではあります。
さらに、蘭軒らの紀行文や手紙、漢詩などがしばしば原文のままで引用されています。これ、現代人の我々からすれば、読むのが大変。
実際、当時の読者にとっても難儀だったようで、長いし難解だと批判があったそうです。で、末尾の数章は、それに対する鴎外の弁明で占められていたりします。その部分がなかなかの名文なので一読の価値あり。なお、この批判を受けてか、後の作品である『北条霞亭』の冒頭近くで鴎外は「既往はわたくしをして懲毖せしめた。わたくしは簡浄を努めなくてはならない。」(森鴎外『北条霞亭』春陽堂文庫 8頁)と述べています。鴎外先生、結構堪えたようですね。
ただ、実のところ、引用された原文の難しさはあまり大きな問題にはならないと思います。分からないところは、いよいよとなると読み飛ばすのも手ですから。まあ、最後の手段ではありますが。それでも、読み進める上でどうしても理解しないといけない部分は、鴎外が地の文で解説を入れているので最低限の筋は追えるかと思います。
この点については何となく、横山光輝『項羽と劉邦』作中の一シーンで横山先生自身が登場し
と発言していたのを思い出します。
読むのに時間とエネルギーは必要かもしれません。それだけに、気軽に人に勧めるのはその意味で憚られるかもわかりません。ですが、ツボにはまれば得られる楽しみや知識も少なくない作品だと思います。『渋江抽斎』同様、鴎外の全作品中でも傑作と称されてよい一品かと考えています。
【参考文献】
「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)より
「森鴎外 伊沢蘭軒」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/2084_17397.html)
森鴎外『北条霞亭』春陽堂文庫
横山光輝『項羽と劉邦 9大元帥誕生』希望コミックス
※2016/3/30 一部修正。誤字を訂正しました。
徳川後期の学者・伊沢蘭軒に焦点を当てた史伝で、本人のみならず、その先祖や子孫の生涯をも描き出した大作です。伊沢一族だけでなく、その周囲にいた同時代の文人たち、例えば菅茶山や頼山陽をはじめとした人々の姿をも活写していて引き込まれます。彼らの生き様に対する鴎外の共感を、読んでいて感じ取ることができます。さらに彼らの紀行文・手紙などや、逸話からは同時代の空気や人々の生き様がわかり、その意味でも興味深い作品です。実際、本ブログでも記事のネタを何度この作品から得ることができたかわかりません。そして、簡潔で端正な文体も本作の魅力かと思います。
ただ、読むのが結構大変な作品でもあります。『渋江抽斎』も長かったですが、『伊沢蘭軒』は三世代にわたるせいか、もっと長い。これを通読するのは時間もかかります。結構、話題も脱線しますしね。伝記と言うより長大なエッセイという趣が強いかと思います。あと、以前の記事で少し触れましたが、的外れな推測をしてしまった箇所もあるようで、読む際には注意が必要ではあります。
さらに、蘭軒らの紀行文や手紙、漢詩などがしばしば原文のままで引用されています。これ、現代人の我々からすれば、読むのが大変。
実際、当時の読者にとっても難儀だったようで、長いし難解だと批判があったそうです。で、末尾の数章は、それに対する鴎外の弁明で占められていたりします。その部分がなかなかの名文なので一読の価値あり。なお、この批判を受けてか、後の作品である『北条霞亭』の冒頭近くで鴎外は「既往はわたくしをして懲毖せしめた。わたくしは簡浄を努めなくてはならない。」(森鴎外『北条霞亭』春陽堂文庫 8頁)と述べています。鴎外先生、結構堪えたようですね。
ただ、実のところ、引用された原文の難しさはあまり大きな問題にはならないと思います。分からないところは、いよいよとなると読み飛ばすのも手ですから。まあ、最後の手段ではありますが。それでも、読み進める上でどうしても理解しないといけない部分は、鴎外が地の文で解説を入れているので最低限の筋は追えるかと思います。
この点については何となく、横山光輝『項羽と劉邦』作中の一シーンで横山先生自身が登場し
面倒くさいと 思ったら下の文は 読まなくていいです 簡単にいえば 韓信は軍を強くする ために 厳しい 軍律を作ったと いうことです(横山光輝『項羽と劉邦 9大元帥誕生』 希望コミックス 80頁)
と発言していたのを思い出します。
読むのに時間とエネルギーは必要かもしれません。それだけに、気軽に人に勧めるのはその意味で憚られるかもわかりません。ですが、ツボにはまれば得られる楽しみや知識も少なくない作品だと思います。『渋江抽斎』同様、鴎外の全作品中でも傑作と称されてよい一品かと考えています。
【参考文献】
「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)より
「森鴎外 伊沢蘭軒」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/2084_17397.html)
森鴎外『北条霞亭』春陽堂文庫
横山光輝『項羽と劉邦 9大元帥誕生』希望コミックス
※2016/3/30 一部修正。誤字を訂正しました。
by trushbasket
| 2016-03-30 20:30
| NF








