2016年 04月 06日
<読書案内>『講談社青い鳥文庫 水滸伝』(※ネタバレ注意)
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以前、『水滸伝』入門書として推薦した何冊か紹介した本の中に、講談社青い鳥文庫版の『水滸伝』(施耐庵 立間祥介・訳 井上洋介・絵)(リンク先はAmazon)があったかと思います。今回はこの一冊についてもう少し詳しく説明しておきましょう。なお、以下は『水滸伝』の内容に関するネタバレがあります。気になる方は、以下は読み進めないようお願いします。あと、グロとか残虐とかな内容が苦手な方も御注意。
この本で扱っているのは、序から好漢108人がアジト梁山泊に勢ぞろいするまで。いわゆる七十回本に準拠した形ですね。
御存知の方も多いかと思いますが『水滸伝』は濡れ場やら人肉食・虐殺描写といった子供向けに読ませるのに難があったり現代日本人には受け入れられないであろう場面が多々含まれた作品です。こうした場合、問題がありそうな部分を日本人向けにカットする事も多々あることと思います。しかし、この「青い鳥文庫」版『水滸伝』は、濡れ場こそ除外しているものの人肉食や残虐場面は削除せず掲載しています。
まず、食人描写から見てみましょう。十九章は題名からして「十字坡の肉まんじゅう」と実にストレート。好漢である張青・孫二娘夫婦による人肉居酒屋の話とか、そうした人肉居酒屋が一軒だけでない事、梁山泊支配下の居酒屋にもそうした店がある事もしっかりと描写されています。
更に、主人公である宋江が清風山の山賊に捕まった場面でも、山賊が「きも」を吸物にしようとする場面もしっかり描かれています。リアクションに困るトリビア付きで。あと、この山賊たちも結局は仲間に。更に、宋江が自分を陥れようとした敵・黄文炳を仲間の助けを得て捕えた後の酒盛りの場面、仲間の一人である李逵が自分の偽者を成敗した直後の場面もしっかり描写。因みに、李逵の食人場面は岩波文庫『水滸伝』でも旧版では削除されていたとか。
次に、残虐描写の扱いについて。原作で梁山泊に仲間を勧誘する際にも残虐非道な方法が取られる事が時にあります。例えば戦場における主力の一人となる秦明という豪傑を仲間に引き入れようとする際の事。山賊討伐軍の指揮官としてやってきた彼を宋江らは計略を用いて戦いで捕え、仲間入りへの説得が失敗すると彼をもてなし一晩泊ってから帰るよう仕向けます。翌日に秦明が城へ戻ってみると、謀反人に仕立て上げられていました。その真相はというと、宋江たちの偽装工作によるもの。秦明や妻はもちろん、関係ない一般住民にとってとんだ迷惑です。正義の御旗を掲げる主人公がやることじゃありません。
もう一つ非道な勧誘行為として有名なのが朱仝という豪傑を仲間にした事例で、彼をどうしても梁山泊に引き入れようとした宋江たちは一計を案じて梁山泊入りせざるを得ない羽目に追い込んでいます。この時、朱仝は微罪で流され流刑先でも府知事に気に入られその若様の御守り役という仕事につけられていたのですが、梁山泊は朱仝を誘い出してその隙に若様を李逵に命じて誘拐・虐殺。そうして帰れないようにして、仲間入りさせようというものでした。やっぱり主人公達のやって良い事じゃない、というかどう考えても人として明らかにアウトだと思います。これら『水滸伝』屈指の後味悪い逸話も「青い鳥文庫」版はしっかりと収録。
あと、グロや残虐行為とは異なりますが、流刑場で賄賂が横行し好漢たちも当たり前のように役人に賄賂を渡して便宜を図ってもらってる件に関しても「青い鳥文庫」版はちゃんと言及。
小役人は公式な給与がないので賄賂が彼らの生活のための必要悪だったという側面は認識する必要がありますが、それにしてもねえ…。そうした理不尽や不公正をただす訳でもなく、自分だけは金に物を言わせていい目を見ている英雄豪傑の皆さん、実に格好よいです(※)。全くもう。
このように、日本人に抵抗がありそうな場面もしっかりと描写しているのが、「青い鳥文庫」版の最大の特徴。問題がありそうな場面を削除しようというのも販売戦略として分からなくもありませんが、原作尊重という点では隠さない態度は評価できるかと。その意味でも、この原作の持ち味を極力残しつつコンパクトにまとめた「青い鳥文庫」版『水滸伝』は入門書としてかなり評価できるのではないかと思います。もっとも、二竜山に山賊として篭った好漢たちに言及する場面で、曹正を張青・孫二娘夫婦と一緒に「人肉まんじゅうの曹正」(施耐庵『水滸伝』立間祥介・訳 井上洋介・絵 講談社青い鳥文庫 281頁)と勘違いして紹介しているのは疑問が残りますが。この人に関しては、普通の居酒屋主人だった気がするのですけどね…。
さて、この『水滸伝』を収録している講談社の「青い鳥文庫」はワイルダーの『大草原の小さな家』シリーズやヤンソンの『ムーミン』シリーズ、松谷みよ子『モモちゃんとアカネちゃん』シリーズや佐藤さとる『コロボックル』シリーズといった児童文学の名作を多数収録した子供向け文庫です。この『水滸伝』も漢字の使用は少なめで使われている漢字にもルビがふられており小学生を対象に想定されているのが分かります。通常、子供向きの場合は横山光輝『水滸伝』のように「その行動が素直に受け取れない人物は、カットして物語を進めて」(横山光輝『水滸伝』第6巻 潮出版社 291頁)いるのが普通で、お色気や残虐シーンは除かれる事が大概なんですけどね。横山光輝版『水滸伝』を例に取ると人肉食関連の話題は全てカットされていますし、秦明の事例はなぜか別の好漢のエピソードとした上で、宋江と関係なく上官が敗戦の全責任を彼に被せて妻子を処刑したという流れになっています。そして朱仝に関しては、彼自体が登場しないため上述のエピソードも描かれていません(というか、この逸話を避けるために抹消されたのでしょう)。ただし、横山光輝版も好漢が賄賂を使う描写はしっかりあったりします。子供たちにこうして世間の世知辛さを教える、というわけですな。
こうして見ると、この「青い鳥文庫」版『水滸伝』が子供向けというのはなかなか凄い話ですね。現在、見かけなくなっているのはトラウマになる子供が出ても不思議ではないという判断からでしょうか。しかし、簡略にしかも問題になりそうな箇所からも目を背けずまとめあげたこの「青い鳥文庫」版『水滸伝』、なかなかの出来だと思います。もしお見かけになられましたら、興味のある方は一度手にとって御覧になるといかがでしょうか。
【参考文献】
施耐庵『水滸伝』立間祥介・訳 井上洋介・絵 講談社青い鳥文庫
横山光輝『水滸伝』 潮出版社
駒田信二訳『水滸伝(上)(中)(下)』 平凡社
シブサワ・コウ編『水滸伝天導一〇八星好漢FILE』KOEI
草野巧著『水滸伝108星のプロフィール』新紀元社
この本で扱っているのは、序から好漢108人がアジト梁山泊に勢ぞろいするまで。いわゆる七十回本に準拠した形ですね。
御存知の方も多いかと思いますが『水滸伝』は濡れ場やら人肉食・虐殺描写といった子供向けに読ませるのに難があったり現代日本人には受け入れられないであろう場面が多々含まれた作品です。こうした場合、問題がありそうな部分を日本人向けにカットする事も多々あることと思います。しかし、この「青い鳥文庫」版『水滸伝』は、濡れ場こそ除外しているものの人肉食や残虐場面は削除せず掲載しています。
まず、食人描写から見てみましょう。十九章は題名からして「十字坡の肉まんじゅう」と実にストレート。好漢である張青・孫二娘夫婦による人肉居酒屋の話とか、そうした人肉居酒屋が一軒だけでない事、梁山泊支配下の居酒屋にもそうした店がある事もしっかりと描写されています。
更に、主人公である宋江が清風山の山賊に捕まった場面でも、山賊が「きも」を吸物にしようとする場面もしっかり描かれています。リアクションに困るトリビア付きで。あと、この山賊たちも結局は仲間に。更に、宋江が自分を陥れようとした敵・黄文炳を仲間の助けを得て捕えた後の酒盛りの場面、仲間の一人である李逵が自分の偽者を成敗した直後の場面もしっかり描写。因みに、李逵の食人場面は岩波文庫『水滸伝』でも旧版では削除されていたとか。
関連サイト:
「ぜろだまBlog」(http://zerodama.seesaa.net/)より
「李逵(鉄牛)ってこんな奴」(http://zerodama.seesaa.net/article/40537756.html)
次に、残虐描写の扱いについて。原作で梁山泊に仲間を勧誘する際にも残虐非道な方法が取られる事が時にあります。例えば戦場における主力の一人となる秦明という豪傑を仲間に引き入れようとする際の事。山賊討伐軍の指揮官としてやってきた彼を宋江らは計略を用いて戦いで捕え、仲間入りへの説得が失敗すると彼をもてなし一晩泊ってから帰るよう仕向けます。翌日に秦明が城へ戻ってみると、謀反人に仕立て上げられていました。その真相はというと、宋江たちの偽装工作によるもの。秦明や妻はもちろん、関係ない一般住民にとってとんだ迷惑です。正義の御旗を掲げる主人公がやることじゃありません。
もう一つ非道な勧誘行為として有名なのが朱仝という豪傑を仲間にした事例で、彼をどうしても梁山泊に引き入れようとした宋江たちは一計を案じて梁山泊入りせざるを得ない羽目に追い込んでいます。この時、朱仝は微罪で流され流刑先でも府知事に気に入られその若様の御守り役という仕事につけられていたのですが、梁山泊は朱仝を誘い出してその隙に若様を李逵に命じて誘拐・虐殺。そうして帰れないようにして、仲間入りさせようというものでした。やっぱり主人公達のやって良い事じゃない、というかどう考えても人として明らかにアウトだと思います。これら『水滸伝』屈指の後味悪い逸話も「青い鳥文庫」版はしっかりと収録。
あと、グロや残虐行為とは異なりますが、流刑場で賄賂が横行し好漢たちも当たり前のように役人に賄賂を渡して便宜を図ってもらってる件に関しても「青い鳥文庫」版はちゃんと言及。
小役人は公式な給与がないので賄賂が彼らの生活のための必要悪だったという側面は認識する必要がありますが、それにしてもねえ…。そうした理不尽や不公正をただす訳でもなく、自分だけは金に物を言わせていい目を見ている英雄豪傑の皆さん、実に格好よいです(※)。全くもう。
※全員がそうという訳ではなく、武松という豪傑には、そうした風潮を嫌って賄賂を要求されても知らん顔をしていた逸話があります。もっとも、それでも武松は周囲の人間の思惑もあり、厚遇されています。まあ、それが原因で、また別の騒ぎに巻き込まれていますけれど。
このように、日本人に抵抗がありそうな場面もしっかりと描写しているのが、「青い鳥文庫」版の最大の特徴。問題がありそうな場面を削除しようというのも販売戦略として分からなくもありませんが、原作尊重という点では隠さない態度は評価できるかと。その意味でも、この原作の持ち味を極力残しつつコンパクトにまとめた「青い鳥文庫」版『水滸伝』は入門書としてかなり評価できるのではないかと思います。もっとも、二竜山に山賊として篭った好漢たちに言及する場面で、曹正を張青・孫二娘夫婦と一緒に「人肉まんじゅうの曹正」(施耐庵『水滸伝』立間祥介・訳 井上洋介・絵 講談社青い鳥文庫 281頁)と勘違いして紹介しているのは疑問が残りますが。この人に関しては、普通の居酒屋主人だった気がするのですけどね…。
さて、この『水滸伝』を収録している講談社の「青い鳥文庫」はワイルダーの『大草原の小さな家』シリーズやヤンソンの『ムーミン』シリーズ、松谷みよ子『モモちゃんとアカネちゃん』シリーズや佐藤さとる『コロボックル』シリーズといった児童文学の名作を多数収録した子供向け文庫です。この『水滸伝』も漢字の使用は少なめで使われている漢字にもルビがふられており小学生を対象に想定されているのが分かります。通常、子供向きの場合は横山光輝『水滸伝』のように「その行動が素直に受け取れない人物は、カットして物語を進めて」(横山光輝『水滸伝』第6巻 潮出版社 291頁)いるのが普通で、お色気や残虐シーンは除かれる事が大概なんですけどね。横山光輝版『水滸伝』を例に取ると人肉食関連の話題は全てカットされていますし、秦明の事例はなぜか別の好漢のエピソードとした上で、宋江と関係なく上官が敗戦の全責任を彼に被せて妻子を処刑したという流れになっています。そして朱仝に関しては、彼自体が登場しないため上述のエピソードも描かれていません(というか、この逸話を避けるために抹消されたのでしょう)。ただし、横山光輝版も好漢が賄賂を使う描写はしっかりあったりします。子供たちにこうして世間の世知辛さを教える、というわけですな。
こうして見ると、この「青い鳥文庫」版『水滸伝』が子供向けというのはなかなか凄い話ですね。現在、見かけなくなっているのはトラウマになる子供が出ても不思議ではないという判断からでしょうか。しかし、簡略にしかも問題になりそうな箇所からも目を背けずまとめあげたこの「青い鳥文庫」版『水滸伝』、なかなかの出来だと思います。もしお見かけになられましたら、興味のある方は一度手にとって御覧になるといかがでしょうか。
【参考文献】
施耐庵『水滸伝』立間祥介・訳 井上洋介・絵 講談社青い鳥文庫
横山光輝『水滸伝』 潮出版社
駒田信二訳『水滸伝(上)(中)(下)』 平凡社
シブサワ・コウ編『水滸伝天導一〇八星好漢FILE』KOEI
草野巧著『水滸伝108星のプロフィール』新紀元社
by trushbasket
| 2016-04-06 20:02
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