2016年 04月 24日
地元の歴史伝承に関する取捨選択の一例~またもや、伊沢蘭軒の旅行記から~
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地元に、歴史に関する伝承が語り継がれる例は多々あります。それは、どの程度信憑性があるものなのか、悩ましいケースもあるようで。今回は、徳川後期の学者・伊沢蘭軒の旅行記からそれに関連した話題を二つほどあげてみようかと思います。
蘭軒が信濃国の和田宿(長野県小県郡長和町)を通り過ぎた時のこと。現地の信定寺にある石碑について、こんな話があったそうです。
森鴎外によれば、
ということなんだそうで。それが、地元には和田義盛の墓だという伝承になったようです。なお、和田義盛は、源平合戦期・鎌倉初期の武将。源頼朝に仕え、侍所別当となりました。頼朝死後、勢力を伸ばしつつあった北条氏と対立して鎌倉で合戦に及び、敗死しています。彼ら一族の墓と伝えられる場所は、鎌倉の「和田塚」駅周辺にあるそうです。
残念ながら事実とは異なった和田宿の言い伝え。しかし、「和田」という名字の武将が埋葬されている、という点に関しては正しいといえます。なお、大井党は現地の豪族です。
次に着目するのは、山口県下関市の亀山八幡宮に関する記述です。蘭軒は、
と記載しています。確かに、この神社が貞観元年(859)に宇佐八幡から分祀されたのは史実だそうです。石清水へ勧請する途中、神が一時的に滞在した跡地がまつられたのだとか。ただし、「貞観」元号は聖武天皇でなく清和天皇の時代。地元の伝承では、百年ほどズレがあります。もっともこれは、地元伝承の問題でなく蘭軒の誤記である可能性も否定できませんけれど。
地元の伝承は、鵜呑みにはできないかもしれない。けれど、どれだけ信じがたくとも頭ごなしに否定するすべきものではない。一見すると荒唐無稽でも、誤謬はあるにせよ貴重な事実が反映されている事も多々ある。それがよくわかる逸話でした。
【参考文献】
「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)より
「森鴎外 伊沢蘭軒」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/2084_17397.html)
『日本の地名がわかる事典』講談社
『日本大百科全書』小学館
桑田忠親『日本の合戦 二 南北朝の争乱』新人物往来社
『大辞林』三省堂
関連記事:
「徳川期、関ヶ原合戦は現代と異なって伝わっていた?~伊沢蘭軒の旅行記から~」
以下は、伝承から虚実を選り出す大変さについての話。
「戦史上の誇大な兵力伝承について ~その形成過程および実数との誤差~ 古代ギリシアの戦記を元に」
「戦争史における兵力について ~軍事史の巨人ハンス・デルブリュックの著作から~」
※2016/4/24 一部、文体を修正。
蘭軒が信濃国の和田宿(長野県小県郡長和町)を通り過ぎた時のこと。現地の信定寺にある石碑について、こんな話があったそうです。
世人和田義盛の墳なりといふ碑に天正十九年の字あり。実は大井信定の墓なり。(森鴎外『伊沢蘭軒』より)
森鴎外によれば、
信定は武石大和守信広の二男で、始て和田氏を称した。武石氏も和田氏も、皆所謂(いはゆる)大井党の支流であつた。(同書より)
ということなんだそうで。それが、地元には和田義盛の墓だという伝承になったようです。なお、和田義盛は、源平合戦期・鎌倉初期の武将。源頼朝に仕え、侍所別当となりました。頼朝死後、勢力を伸ばしつつあった北条氏と対立して鎌倉で合戦に及び、敗死しています。彼ら一族の墓と伝えられる場所は、鎌倉の「和田塚」駅周辺にあるそうです。
残念ながら事実とは異なった和田宿の言い伝え。しかし、「和田」という名字の武将が埋葬されている、という点に関しては正しいといえます。なお、大井党は現地の豪族です。
次に着目するのは、山口県下関市の亀山八幡宮に関する記述です。蘭軒は、
土人の説に聖武帝の貞観元年に宇佐より此地に移し祀といへり。(同書より)
と記載しています。確かに、この神社が貞観元年(859)に宇佐八幡から分祀されたのは史実だそうです。石清水へ勧請する途中、神が一時的に滞在した跡地がまつられたのだとか。ただし、「貞観」元号は聖武天皇でなく清和天皇の時代。地元の伝承では、百年ほどズレがあります。もっともこれは、地元伝承の問題でなく蘭軒の誤記である可能性も否定できませんけれど。
地元の伝承は、鵜呑みにはできないかもしれない。けれど、どれだけ信じがたくとも頭ごなしに否定するすべきものではない。一見すると荒唐無稽でも、誤謬はあるにせよ貴重な事実が反映されている事も多々ある。それがよくわかる逸話でした。
【参考文献】
「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)より
「森鴎外 伊沢蘭軒」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/2084_17397.html)
『日本の地名がわかる事典』講談社
『日本大百科全書』小学館
桑田忠親『日本の合戦 二 南北朝の争乱』新人物往来社
『大辞林』三省堂
関連記事:
「徳川期、関ヶ原合戦は現代と異なって伝わっていた?~伊沢蘭軒の旅行記から~」
以下は、伝承から虚実を選り出す大変さについての話。
「戦史上の誇大な兵力伝承について ~その形成過程および実数との誤差~ 古代ギリシアの戦記を元に」
「戦争史における兵力について ~軍事史の巨人ハンス・デルブリュックの著作から~」
※2016/4/24 一部、文体を修正。
by trushbasket
| 2016-04-24 14:56
| NF








