2016年 07月 12日
『童貞の世界史』落選者列伝 柳生連也斎~生涯独身を貫いた天才剣士~
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どうも、松原左京です。今回、『童貞の世界史』落選者列伝は剣豪・柳生連也斎(1625-1694)を扱います。
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連也斎は、尾張柳生家の祖・利巌(としとし)の三男として生まれました。名は巌包(としかね)で、連也斎というのは号です。浦姓を称し、浦連也とも名乗っています。早い段階から剣の才能を発揮し、兄にかわり道統を継いで尾張藩主・徳川光友の兵法師範を務めました。
その強豪ぶりについては、様々な伝承が残されているようです。一例を挙げますと、或時に刺客から命を狙われましたが、連也はこれを難なく退け、しかも寛大に扱います。このため刺客は彼に心酔、ついにはその高弟となったといいます。また、同門の士が日常で隙を見て何度か悪戯をしかけようとした事もありました。しかしことごとく果たせず。連也が言うには、何か仕掛けようという雰囲気を漂わせているのですぐに分かるとのことでした。
そうした伝説に恥じず、1651年には将軍・徳川家光の御前で妙技を披露し、賞賛を受けています。
また、連也は多芸な人物でもあったようで、俳諧・茶事・造園も好みました。また、独特な鍔を作るのを好んだそうで、その作品は「連也鐔」として珍重されているそうです。
連也は生涯を独身で過ごし、尾張柳生の流れは兄の子が継承しました。作家・徳永真一郎氏は、連也は幼少から摩利支天を信仰していた事が、妻を娶らなかった事に影響しているのではないかと述べています。屋敷には妻のみならず下女もおらず、禅寺のような雰囲気であったとも徳永氏は言います。そんな連也だけに、小説では生涯不犯であったと記されたりもします。
生涯を剣の道に捧げ、女色を遠ざけた天才剣士。確かに、生涯不犯でも不思議はなさそうに思えます。ただ、独身はともかく不犯について信頼できる資料を私は見つける事ができませんでした。そのため、残念ながら見送りといたしました(※2016/7/13追記 これにつきまして、御教示をいただきましたので本記事際末尾に加筆しております)。
参考文献:
『日本大百科全書』小学館
『日本人名大辞典』講談社
『国史大辞典』吉川弘文館
愛知県教育会編『尾三雄魂録』正文館書店
徳永真一郎『柳生家の秘密』白川書院
隆慶一郎『柳生非情剣』講談社
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剣豪と言えば、宮本武蔵は『童貞の世界史』で扱っています(実のところ、グレーな存在ではありますが)。興味のある方は、御参照いただければ幸いです。

(パブリブより)
※2016/7/13補足
Twitter上で神無月久音(@k_hisane)様より御教示いただいた事を、以下に略記させていただきます。
連也の位牌には、「一生妻妾を設けず、女奴を使はず、衣帯も亦女子鍼を執るの物を用いず。家慈(母)と雖も敢て吾が居に入れず」とあるそうです。しかしその一方で、尾張藩の逸話を集めた『昔咄』という書物に「連也若年の時、女を二三度淫しける。後若衆は少々愛しけるが、これも淫する事は稀なりし」と記述されているそうです。この記述を信用するならば、若い頃に性愛経験があった事になるので、生涯不犯ではないという事になりそうです。神無月久音様、詳細な御教示ありがとうございました。
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連也斎は、尾張柳生家の祖・利巌(としとし)の三男として生まれました。名は巌包(としかね)で、連也斎というのは号です。浦姓を称し、浦連也とも名乗っています。早い段階から剣の才能を発揮し、兄にかわり道統を継いで尾張藩主・徳川光友の兵法師範を務めました。
その強豪ぶりについては、様々な伝承が残されているようです。一例を挙げますと、或時に刺客から命を狙われましたが、連也はこれを難なく退け、しかも寛大に扱います。このため刺客は彼に心酔、ついにはその高弟となったといいます。また、同門の士が日常で隙を見て何度か悪戯をしかけようとした事もありました。しかしことごとく果たせず。連也が言うには、何か仕掛けようという雰囲気を漂わせているのですぐに分かるとのことでした。
そうした伝説に恥じず、1651年には将軍・徳川家光の御前で妙技を披露し、賞賛を受けています。
また、連也は多芸な人物でもあったようで、俳諧・茶事・造園も好みました。また、独特な鍔を作るのを好んだそうで、その作品は「連也鐔」として珍重されているそうです。
連也は生涯を独身で過ごし、尾張柳生の流れは兄の子が継承しました。作家・徳永真一郎氏は、連也は幼少から摩利支天を信仰していた事が、妻を娶らなかった事に影響しているのではないかと述べています。屋敷には妻のみならず下女もおらず、禅寺のような雰囲気であったとも徳永氏は言います。そんな連也だけに、小説では生涯不犯であったと記されたりもします。
生涯を剣の道に捧げ、女色を遠ざけた天才剣士。確かに、生涯不犯でも不思議はなさそうに思えます。ただ、独身はともかく不犯について信頼できる資料を私は見つける事ができませんでした。そのため、残念ながら見送りといたしました(※2016/7/13追記 これにつきまして、御教示をいただきましたので本記事際末尾に加筆しております)。
参考文献:
『日本大百科全書』小学館
『日本人名大辞典』講談社
『国史大辞典』吉川弘文館
愛知県教育会編『尾三雄魂録』正文館書店
徳永真一郎『柳生家の秘密』白川書院
隆慶一郎『柳生非情剣』講談社
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剣豪と言えば、宮本武蔵は『童貞の世界史』で扱っています(実のところ、グレーな存在ではありますが)。興味のある方は、御参照いただければ幸いです。

※2016/7/13補足
Twitter上で神無月久音(@k_hisane)様より御教示いただいた事を、以下に略記させていただきます。
連也の位牌には、「一生妻妾を設けず、女奴を使はず、衣帯も亦女子鍼を執るの物を用いず。家慈(母)と雖も敢て吾が居に入れず」とあるそうです。しかしその一方で、尾張藩の逸話を集めた『昔咄』という書物に「連也若年の時、女を二三度淫しける。後若衆は少々愛しけるが、これも淫する事は稀なりし」と記述されているそうです。この記述を信用するならば、若い頃に性愛経験があった事になるので、生涯不犯ではないという事になりそうです。神無月久音様、詳細な御教示ありがとうございました。
by trushbasket
| 2016-07-12 18:54
| 松原左京








