2016年 07月 16日
「後吉野三絶」を紹介してみる~大正以降?の南朝関連漢詩~
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吉野は、桜の名所です。それだけに、昔から詩歌の題材とされました。特に漢詩では、南朝の歴史と絡めてしばしば取り上げられています。特に徳川期の漢詩で、「芳野三絶」と称される七言絶句があることは以前にご紹介した通りです。さて、近代の漢詩にも「後吉野三絶」といわれる漢詩群があることは御存じでしょうか?まあ、近代、それも漢詩が下火になった大正以降の作品とおぼしいので知名度が低めなのは致し方ないのかもしれません。そもそも、現代では漢詩も南北朝もマイナーになっており、オリジナルの「芳野三絶」自体が知られているとは言い難い訳ですし。しかしながら、いずれも漢詩としての評価が高い一品。せっかくなので、今回はこれらについてご紹介したいと思います。
漢詩の基本的な規則についてはこちらをご参照ください。なお、今回ご紹介する漢詩について、旧字体は、極力、新字体に直しています。○は平音、●は仄音、△は平仄両用、◎は押韻を表しています。
①芳野懐古 国分青厓(1857-1944)
聞昔君王按剣崩 聞く 昔 君王 剣を按じて崩ずと
時無李郭奈龍興 時に李郭無く龍興を奈(いかん)せん
南朝天地臣生晩 南朝の天地 臣の生まるるや晩(おそ)し
風雨空山謁御陵 風雨 空山 御陵に謁す
<現代語訳>
聞く所では、昔、後醍醐帝は御剣に手をかけられたまま無念のうちに崩御なされたという。
唐で安史の乱を平定し帝室を安んじた李光弼や郭子儀のような忠臣名将が、もはや当時の南朝にはおらず、帝業を興そうにもどうにもならなかった。
(※この時点では、楠木正成・北畠顕家・新田義貞らは既に戦死している)
南朝の天地にこの私めが生まれるのはあまりにも遅すぎた。もっと早く生まれていれば、力の限りお尽くししたものを。
そうした思いを抱きながら、風雨が激しい人気のない吉野山で、後醍醐帝の御陵に拝謁したのである。
平仄は以下の通り。平起式七言絶句で、韻脚は「崩、興、陵」で分類は下平声十蒸(そういう韻のグループです)。
○○●●△○◎
●●○○●●◎
○●○○○●●
●○●●●○◎
国分青厓は明治から昭和前期の漢詩人。名は高胤(たかたね)。明治二十二年(1889)に日本新聞社へ入社、翌年には森槐南らと漢詩団体・星社を結成し詩人として活動しています。大正以降は漢詩壇の第一人者として活動、大正十二年(1923)には大東文化学院教授となり、昭和にも雑誌『昭和詩文』を主宰しています。この詩は田辺碧堂『万里長城』や久保天随『那須野』と共に「大正三絶」とも称されています。
②芳山懐古 加藤天淵 (1879-1958)
四境峯巒緑蔚然 四境峯巒にして緑蔚然たり
行宮西北繞長川 行宮の西北 長川繞る
是山是水功堪勒 是の山 是の水 功 勒するに堪へたり
護得南朝正統天 護り得たり 南朝 正統の天
<現代語訳>
四方は山々が重なり、緑の木々がこんもりと茂り、
吉野の行宮(仮の御殿)から見て西北には長い川がめぐっている。
この山もこの川も、その功績を伝えるに十分である。
何しろ強大な敵から、正統な天子である南朝を守り抜いたのだから。
平仄は下記の通り。仄起式七言絶句で、韻脚は「然、川、天」で分類は下平声一先。
●●○○●●◎
○○○●●○◎
●○●●○○●
●●○○●●◎
加藤天淵は明治から昭和にかけて活躍した中国哲学者です。名は虎之亮(とらのすけ)。明治三十八年に広島高等師範学校に入学して漢籍を収め、同四十一年に卒業しています。旧制武蔵高教授、宮内庁御用掛を歴任し昭和二十三年(1948)には東洋大学学長となっています。漢詩は青厓に学んでいます。
③芳山懐古 土屋竹雨 (1887-1958)
天子当年駐翠華 天子 当年 翠華を駐む
故宮啼老白頭鴉 故宮 啼き老ゆ白頭の鴉
青山長是傷心地 青山 長(とこし)へに是れ傷心の地
輦路春風又落花 輦路の春風 又落花
<現代語訳>
後醍醐帝は、当時、この吉野に天子の旗印をとどめられた。
昔の宮殿には、年老いて頭が白くなったカラスが悲しげに鳴いている。
青々とした山は永遠に、心を痛ませる場所となった。
かつて天子の車が通る道には、春風が無情にも吹いてまたも桜の花を散らせているのである。
平仄は下記の通り。仄起式七言絶句で、韻脚は「華、鴉、花」で分類は下平声六麻。
○●○○●●◎
●○○●●○◎
○○○●○○●
●●○○●●◎
土屋竹雨は大正・昭和期の漢詩人。名は久泰。幼少期から詩を好み、大須賀筠軒(いんけん),青厓から学びました。昭和三年(1928)に芸文社を設立し『東華』を創刊しました。昭和二十四年(1949)には大東文化大学学長を務めています。中国でも詩人として令名は高く、その死は、「漢詩は数年前に亡くなった土屋竹雨をもって終わってしまった。」(『新釈漢文大系 日本漢詩 下』明治書院 723頁)と嘆かれるほどだったそうです。
【参考文献】
『新釈漢文大系 日本漢詩 下』明治書院
『日本人名大辞典』講談社
『世界大百科事典』平凡社
『20世紀日本人名事典』日外アソシエーツ
『角川新字源改訂版』角川書店
新田大作『漢詩の作り方 改訂版』明治書院
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬舎ルネッサンス
関連記事:
「「芳野三絶」~南北朝関連の作品を題材に漢詩を見る~」
「明治の漢詩事情~忘れられた「文壇の主流」、「漢詩最盛期」~ 」
「南北朝関連の律詩を鑑賞する~藤田東湖『楠公五百忌辰之詩』~」
※2016/7/16 参考文献を加筆しました。
漢詩の基本的な規則についてはこちらをご参照ください。なお、今回ご紹介する漢詩について、旧字体は、極力、新字体に直しています。○は平音、●は仄音、△は平仄両用、◎は押韻を表しています。
①芳野懐古 国分青厓(1857-1944)
聞昔君王按剣崩 聞く 昔 君王 剣を按じて崩ずと
時無李郭奈龍興 時に李郭無く龍興を奈(いかん)せん
南朝天地臣生晩 南朝の天地 臣の生まるるや晩(おそ)し
風雨空山謁御陵 風雨 空山 御陵に謁す
<現代語訳>
聞く所では、昔、後醍醐帝は御剣に手をかけられたまま無念のうちに崩御なされたという。
唐で安史の乱を平定し帝室を安んじた李光弼や郭子儀のような忠臣名将が、もはや当時の南朝にはおらず、帝業を興そうにもどうにもならなかった。
(※この時点では、楠木正成・北畠顕家・新田義貞らは既に戦死している)
南朝の天地にこの私めが生まれるのはあまりにも遅すぎた。もっと早く生まれていれば、力の限りお尽くししたものを。
そうした思いを抱きながら、風雨が激しい人気のない吉野山で、後醍醐帝の御陵に拝謁したのである。
平仄は以下の通り。平起式七言絶句で、韻脚は「崩、興、陵」で分類は下平声十蒸(そういう韻のグループです)。
○○●●△○◎
●●○○●●◎
○●○○○●●
●○●●●○◎
国分青厓は明治から昭和前期の漢詩人。名は高胤(たかたね)。明治二十二年(1889)に日本新聞社へ入社、翌年には森槐南らと漢詩団体・星社を結成し詩人として活動しています。大正以降は漢詩壇の第一人者として活動、大正十二年(1923)には大東文化学院教授となり、昭和にも雑誌『昭和詩文』を主宰しています。この詩は田辺碧堂『万里長城』や久保天随『那須野』と共に「大正三絶」とも称されています。
②芳山懐古 加藤天淵 (1879-1958)
四境峯巒緑蔚然 四境峯巒にして緑蔚然たり
行宮西北繞長川 行宮の西北 長川繞る
是山是水功堪勒 是の山 是の水 功 勒するに堪へたり
護得南朝正統天 護り得たり 南朝 正統の天
<現代語訳>
四方は山々が重なり、緑の木々がこんもりと茂り、
吉野の行宮(仮の御殿)から見て西北には長い川がめぐっている。
この山もこの川も、その功績を伝えるに十分である。
何しろ強大な敵から、正統な天子である南朝を守り抜いたのだから。
平仄は下記の通り。仄起式七言絶句で、韻脚は「然、川、天」で分類は下平声一先。
●●○○●●◎
○○○●●○◎
●○●●○○●
●●○○●●◎
加藤天淵は明治から昭和にかけて活躍した中国哲学者です。名は虎之亮(とらのすけ)。明治三十八年に広島高等師範学校に入学して漢籍を収め、同四十一年に卒業しています。旧制武蔵高教授、宮内庁御用掛を歴任し昭和二十三年(1948)には東洋大学学長となっています。漢詩は青厓に学んでいます。
③芳山懐古 土屋竹雨 (1887-1958)
天子当年駐翠華 天子 当年 翠華を駐む
故宮啼老白頭鴉 故宮 啼き老ゆ白頭の鴉
青山長是傷心地 青山 長(とこし)へに是れ傷心の地
輦路春風又落花 輦路の春風 又落花
<現代語訳>
後醍醐帝は、当時、この吉野に天子の旗印をとどめられた。
昔の宮殿には、年老いて頭が白くなったカラスが悲しげに鳴いている。
青々とした山は永遠に、心を痛ませる場所となった。
かつて天子の車が通る道には、春風が無情にも吹いてまたも桜の花を散らせているのである。
平仄は下記の通り。仄起式七言絶句で、韻脚は「華、鴉、花」で分類は下平声六麻。
○●○○●●◎
●○○●●○◎
○○○●○○●
●●○○●●◎
土屋竹雨は大正・昭和期の漢詩人。名は久泰。幼少期から詩を好み、大須賀筠軒(いんけん),青厓から学びました。昭和三年(1928)に芸文社を設立し『東華』を創刊しました。昭和二十四年(1949)には大東文化大学学長を務めています。中国でも詩人として令名は高く、その死は、「漢詩は数年前に亡くなった土屋竹雨をもって終わってしまった。」(『新釈漢文大系 日本漢詩 下』明治書院 723頁)と嘆かれるほどだったそうです。
【参考文献】
『新釈漢文大系 日本漢詩 下』明治書院
『日本人名大辞典』講談社
『世界大百科事典』平凡社
『20世紀日本人名事典』日外アソシエーツ
『角川新字源改訂版』角川書店
新田大作『漢詩の作り方 改訂版』明治書院
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬舎ルネッサンス
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「「芳野三絶」~南北朝関連の作品を題材に漢詩を見る~」
「明治の漢詩事情~忘れられた「文壇の主流」、「漢詩最盛期」~ 」
「南北朝関連の律詩を鑑賞する~藤田東湖『楠公五百忌辰之詩』~」
※2016/7/16 参考文献を加筆しました。
by trushbasket
| 2016-07-16 14:06
| NF








