2016年 07月 30日
「芳野三絶」「後吉野三絶」補足~どちらも、「四天王」でも良いかもしれない~
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吉野の風光、そして南朝の歴史を題材にした漢詩作品群について、以前話題にしました。徳川期に作られた「芳野三絶」、そして近代の「後吉野三絶」。さて、今回は「芳野三絶」「後吉野三絶」に関連した漢詩を改めてご紹介しようかと思います。
漢詩の基本的な規則についてはこちらをご参照ください。なお、今回ご紹介する漢詩について、旧字体は、極力、新字体に直しています。○は平音、●は仄音、△は平仄両用、◎は押韻を表しています。
「芳野三絶」の数え方には、以前にご紹介した以外のものもあります。梁川星巌の作ではなく頼杏坪の『遊芳野』を入れるパターンもあるそうです。『遊芳野』は、このような作品です。
遊芳野 頼杏坪(1756-1834)
万人買酔撹芳叢 万人 酔を買うて 芳叢を撹す
感慨誰能与我同 感慨 誰か能く 我と同じき
恨殺残紅飛向北 恨殺す 残紅 飛びて北へ向ふを
延元陵上落花風 延元陵上 落花の風
<現代語訳>
吉野では、いずれの人も酔って騒ぎ、花の咲いた美しい草むらを荒らしている。
南朝の昔を思う私の感慨は、この様子では誰とも共有できそうにない。
恨めしい事に、散り残った桜の花が、京のある北へと飛んでいく。後醍醐天皇の御霊が北方を睨んでいるのを連想させるかのように。
後醍醐帝の御陵のほとりには、その花を散らせる風が吹いている事だ。
平仄は以下の通り。平起式七言絶句で、韻脚は「叢、同、風」で分類は上平声一東。なお、「殺」の字は、意味を強めるため詩で用いられる助字であり、それ自体に意味がないことも多いようです。一見すると物騒ですけれど。
●○●●●○◎
●●○○●●◎
●●○○○●●
○○○●●○◎
作者・頼杏坪は徳川後期の儒者です。広島藩士で、頼亨翁の子。頼春水・春風の弟で、頼山陽にとっては叔父にあたる人物です。広島藩の儒官や三次町奉行を歴任しました。広島藩の地誌『芸藩通志』の編纂でも知られています。
さて、「後吉野三絶」の一角を占める国分青厓。彼には、『芳野懐古』という題の詩が、以前ご紹介した他にもう一つあります。今回、そちらもご紹介します。
芳野懐古 国分青厓(1857-1944)
中原父老望龍旂 中原の父老 龍旂を望む
魏闕浮雲事已非 魏闕 浮雲 事已に非なり
千載皇陵雷雨夜 千載 皇陵 雷雨の夜
剣光猶向北方飛 剣光 猶ほ北方に向って飛ぶ
<現代語訳>
京の長老たちは後醍醐天皇の旗が帰って来るのを待ち望んでいた。
しかし、宮廷の門は雲に閉ざされ、事は既に果たせなかった。
千年を経た今も帝の御陵では、雷雨の夜になると、
後醍醐帝の御意志を表すかのように、稲妻が剣のように光り、京のある北へ向かって飛ぶのである。
平仄は以下の通り。平起式七言絶句で、韻脚は「旂、非、飛」で分類は上平声五微。
○○●●△○◎
●●○○●●◎
○●○○○●●
●○●●●○◎
いずれも、評価の高い作品だそうです。いっそ、どちらの「三絶」もこれらの作品を含めて、「芳野絶句四天王」「後吉野絶句四天王」とか称してみても良いのかもしれません。
【参考文献】
『新釈漢文大系 日本漢詩 上』明治書院
『新釈漢文大系 日本漢詩 下』明治書院
『日本人名大辞典』講談社
『世界大百科事典』平凡社
『角川新字源改訂版』角川書店
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬舎ルネッサンス
関連記事:
「「芳野三絶」~南北朝関連の作品を題材に漢詩を見る~」
「「後吉野三絶」を紹介してみる~大正以降?の南朝関連漢詩~」
「四天王の五人目や面汚しを生まないための言葉の使い方 ~強者を数えるための名数について~」
今回は上記事とは逆に、四天王でも良かったかも知れない例ですが。
漢詩の基本的な規則についてはこちらをご参照ください。なお、今回ご紹介する漢詩について、旧字体は、極力、新字体に直しています。○は平音、●は仄音、△は平仄両用、◎は押韻を表しています。
「芳野三絶」の数え方には、以前にご紹介した以外のものもあります。梁川星巌の作ではなく頼杏坪の『遊芳野』を入れるパターンもあるそうです。『遊芳野』は、このような作品です。
遊芳野 頼杏坪(1756-1834)
万人買酔撹芳叢 万人 酔を買うて 芳叢を撹す
感慨誰能与我同 感慨 誰か能く 我と同じき
恨殺残紅飛向北 恨殺す 残紅 飛びて北へ向ふを
延元陵上落花風 延元陵上 落花の風
<現代語訳>
吉野では、いずれの人も酔って騒ぎ、花の咲いた美しい草むらを荒らしている。
南朝の昔を思う私の感慨は、この様子では誰とも共有できそうにない。
恨めしい事に、散り残った桜の花が、京のある北へと飛んでいく。後醍醐天皇の御霊が北方を睨んでいるのを連想させるかのように。
後醍醐帝の御陵のほとりには、その花を散らせる風が吹いている事だ。
平仄は以下の通り。平起式七言絶句で、韻脚は「叢、同、風」で分類は上平声一東。なお、「殺」の字は、意味を強めるため詩で用いられる助字であり、それ自体に意味がないことも多いようです。一見すると物騒ですけれど。
●○●●●○◎
●●○○●●◎
●●○○○●●
○○○●●○◎
作者・頼杏坪は徳川後期の儒者です。広島藩士で、頼亨翁の子。頼春水・春風の弟で、頼山陽にとっては叔父にあたる人物です。広島藩の儒官や三次町奉行を歴任しました。広島藩の地誌『芸藩通志』の編纂でも知られています。
さて、「後吉野三絶」の一角を占める国分青厓。彼には、『芳野懐古』という題の詩が、以前ご紹介した他にもう一つあります。今回、そちらもご紹介します。
芳野懐古 国分青厓(1857-1944)
中原父老望龍旂 中原の父老 龍旂を望む
魏闕浮雲事已非 魏闕 浮雲 事已に非なり
千載皇陵雷雨夜 千載 皇陵 雷雨の夜
剣光猶向北方飛 剣光 猶ほ北方に向って飛ぶ
<現代語訳>
京の長老たちは後醍醐天皇の旗が帰って来るのを待ち望んでいた。
しかし、宮廷の門は雲に閉ざされ、事は既に果たせなかった。
千年を経た今も帝の御陵では、雷雨の夜になると、
後醍醐帝の御意志を表すかのように、稲妻が剣のように光り、京のある北へ向かって飛ぶのである。
平仄は以下の通り。平起式七言絶句で、韻脚は「旂、非、飛」で分類は上平声五微。
○○●●△○◎
●●○○●●◎
○●○○○●●
●○●●●○◎
いずれも、評価の高い作品だそうです。いっそ、どちらの「三絶」もこれらの作品を含めて、「芳野絶句四天王」「後吉野絶句四天王」とか称してみても良いのかもしれません。
【参考文献】
『新釈漢文大系 日本漢詩 上』明治書院
『新釈漢文大系 日本漢詩 下』明治書院
『日本人名大辞典』講談社
『世界大百科事典』平凡社
『角川新字源改訂版』角川書店
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬舎ルネッサンス
関連記事:
「「芳野三絶」~南北朝関連の作品を題材に漢詩を見る~」
「「後吉野三絶」を紹介してみる~大正以降?の南朝関連漢詩~」
「四天王の五人目や面汚しを生まないための言葉の使い方 ~強者を数えるための名数について~」
今回は上記事とは逆に、四天王でも良かったかも知れない例ですが。
by trushbasket
| 2016-07-30 20:10
| NF








