2016年 09月 11日
「楠木正成の妻」の肖像を描こうとした画家の話~資料がない人物の像は大変~
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歴史上の偉人ではあるけれど、容姿に関して信頼すべき資料が残っていない人物の像を作ろうと思ったら、大変です。例えば、南北朝時代の名将・楠木正成がその一例になりましょうか。正成の騎馬像を作ろうとした彫刻家・高村光雲が色々と苦労したという話は、以前の記事で触れたかと思います。
これが、より資料の少ない正成の妻の像を作ろうとなると、もっと大変かと。ちなみに、正成の妻に関する概略はこちらの記事を御参照下さい。さて、そんな事業に関わる事になったのが、女性画家・上村松園(1875-1949)です。
上村松園は京都出身の日本画家で、本名を津禰といいました。『焔』『序の舞』など格調高い作品で知られ、女性初の文化勲章受章者でもあります。子の松篁、孫の淳之も日本画家として高名です。
松園が正成の妻の肖像に従事するに至ったのは、昭和十年代のようです。湊川神社(正成を祭神とする神社)の宮司から依頼を受けての事でした。しかし、正成夫人がどんな姿をしていたかの手掛かりはありませんでした。当時、正成夫人については南江備前守正忠の妹と伝えられていたそうなので、松園は正忠の肖像を調べてみたものの、これも不明。松園が途方にくれたのも、無理はありません。
そんな中、河内出身の弟子から
と教えられ、また「河内型」の女性を見つけたという情報を受けてその女性に許可を得て彼女の顔立ちを写し取ったのだそうです。その女性は、正成夫人の出身地に住む「面長の色の白い品のいい顔立ち」(同書より)だったとか。
資料がない正成夫人の像を作るに際して、松園は可能な範囲で精一杯の推定を行おうとしていたと言ってよさそうです。正成像を作った光雲と重なるものがある話ですね。
【参考文献】
「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)より
「上村松園 楠公夫人」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000355/files/47322_31415.html)
『美術人名辞典』思文閣
『大辞泉』小学館
関連記事:
「『南北朝女傑列伝』~南北朝動乱で輝いた?女傑たち~」
「五月人形でおなじみ?「楠木正成の兜」の出所について~彫刻家・高村光雲は語る~」
「同時代の敵手から見た楠木正成の姿~上げ潮の中でさえ「待て あわてるな これは正成の 罠だ」と一騒ぎ~」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「楠木正成」
(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2000/001201.html)
「千早攻防戦-日本初の本格的城塞戦-」
(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2002/020426c.html)
「「南朝忠臣」達の神社」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/shrine.html)
「南北朝における大阪」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/osaka.html)
結構前の発表なので、現在から見れば表現や考え方の古くなったところはありますが、敢えて当時のまま残しています。
これが、より資料の少ない正成の妻の像を作ろうとなると、もっと大変かと。ちなみに、正成の妻に関する概略はこちらの記事を御参照下さい。さて、そんな事業に関わる事になったのが、女性画家・上村松園(1875-1949)です。
上村松園は京都出身の日本画家で、本名を津禰といいました。『焔』『序の舞』など格調高い作品で知られ、女性初の文化勲章受章者でもあります。子の松篁、孫の淳之も日本画家として高名です。
松園が正成の妻の肖像に従事するに至ったのは、昭和十年代のようです。湊川神社(正成を祭神とする神社)の宮司から依頼を受けての事でした。しかし、正成夫人がどんな姿をしていたかの手掛かりはありませんでした。当時、正成夫人については南江備前守正忠の妹と伝えられていたそうなので、松園は正忠の肖像を調べてみたものの、これも不明。松園が途方にくれたのも、無理はありません。
そんな中、河内出身の弟子から
「楠公夫人は、代表的な河内型のお顔であったという言いつたえが残っています」(上村松園『楠公夫人』より)
と教えられ、また「河内型」の女性を見つけたという情報を受けてその女性に許可を得て彼女の顔立ちを写し取ったのだそうです。その女性は、正成夫人の出身地に住む「面長の色の白い品のいい顔立ち」(同書より)だったとか。
資料がない正成夫人の像を作るに際して、松園は可能な範囲で精一杯の推定を行おうとしていたと言ってよさそうです。正成像を作った光雲と重なるものがある話ですね。
【参考文献】
「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)より
「上村松園 楠公夫人」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000355/files/47322_31415.html)
『美術人名辞典』思文閣
『大辞泉』小学館
関連記事:
「『南北朝女傑列伝』~南北朝動乱で輝いた?女傑たち~」
「五月人形でおなじみ?「楠木正成の兜」の出所について~彫刻家・高村光雲は語る~」
「同時代の敵手から見た楠木正成の姿~上げ潮の中でさえ「待て あわてるな これは正成の 罠だ」と一騒ぎ~」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「楠木正成」
(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2000/001201.html)
「千早攻防戦-日本初の本格的城塞戦-」
(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2002/020426c.html)
「「南朝忠臣」達の神社」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/shrine.html)
「南北朝における大阪」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/osaka.html)
結構前の発表なので、現在から見れば表現や考え方の古くなったところはありますが、敢えて当時のまま残しています。
※2017/3/7 誤字を修正しました。
by trushbasket
| 2016-09-11 11:34
| NF








