2016年 10月 22日
たとえ嫌いなジャンル・作品であっても尊重の念を忘れずに~森鴎外の信条~
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現代日本の娯楽文化は多彩な作品を生み出し、それぞれが個性のきらめきを見せているといってよいでしょう。しかしながら、そうした作品やジャンルによっては、低俗だとか色々な理由で嫌悪・非難されたりするのは今も昔も変わらぬようです。しかし、実在する特定の誰かを誹謗しているといったような明白な悪意や実害がある場合は考えねばならぬでしょうが、自らの好悪をふりまわして蔑視したり圧力をかけたりするのは感心しません。
以前の記事で述べましたが、近代の文豪・森鴎外は、たとえ低俗扱いされている文芸作品でも、いわば「詩の延長」として尊重すべきだという考え方を『渋江抽斎』で開陳しています。
もっとも、そんな鴎外自身も低俗として好まなかった文芸もあったようです。例えば、永井荷風によれば、鴎外は「浪花節は宴席においてもこれを聴くことを好まず、しばしばその曲節の野卑にして不愉快なることを語られた」(永井荷風著『摘録 断腸亭日乗(上)』磯田光一編 岩波文庫 325頁)ということです。また、鴎外の次女・小堀杏奴によれば「長唄などあまり好まなかった」(小堀杏奴著『晩年の父』岩波文庫 82頁)のだそうで。
浪花節は「浪曲」とも呼ばれ、徳川末期に大坂でおこった語り物です。三味線を伴奏にして、軍談・講釈を題材に義理人情を語ったりしました。長唄とは、歌舞伎の伴奏として発達した三味線音楽で、十九世紀には鑑賞用の御座敷長唄もうまれ明治期には広く楽しまれるようになっていたそうです。これらが、鴎外の趣味には合わなかったという事ですね。
しかし一方で、小堀杏奴の回想によれば、鴎外は長唄に関して
という立場だったのだそうです。
鴎外は、あるいは浪花節に対しても同様に考えていたのかもしれません。彼の短編小説『余興』において、こんな描写があります。鴎外自身がモデルと思しき主人公は、宴会で浪花節を聞かされて辟易。しかしその一方で、浪花節を愛好する宴の幹事に対して「真率な、無邪気な、そして公々然とその愛するところのものを愛し、知行一致の境界に住している人」(森鴎外『余興』より)と評し、一種の羨望と敬意を表明してもいました。鴎外は、浪花節を好きにはなれないが、それでも浪花節を愛してやまない人に関しては尊重していたと見て良さそうです。
個人的な好みに合わないジャンルや作品があるのはいたしかたない、しかしそれは飽くまで自身の我儘である。そうした作品にも込められた魂があり、愛好者がいる。それらは須く尊重すべきである。自身の好みや嫌悪をあたかも正義のように振り回すのは慎まねばならない。そういった鴎外の思いや節度が、気に入らないジャンルに対する態度からは伺えるような気がします。少なくとも晩年の鴎外に関しては。僕自身も、そうした節度を持った人間でありたいものです。
【参考文献】
「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)より
「森鴎外 余興」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/2079_23239.html)
永井荷風著『摘録 断腸亭日乗(上)』磯田光一編 岩波文庫
小堀杏奴著『晩年の父』岩波文庫
『大辞泉』小学館
関連記事:
「文豪・森鴎外は語る「文芸の種類に貴賤はない、詩の延長だ、高級芸術だ」~渋江抽斎と周辺人物の事情~」
「永井荷風は語る、「当時は低俗呼ばわりな文化作品も、後には…」~時とともに変わる価値~」
「かつては手塚治虫も有害図書でした」
以前の記事で述べましたが、近代の文豪・森鴎外は、たとえ低俗扱いされている文芸作品でも、いわば「詩の延長」として尊重すべきだという考え方を『渋江抽斎』で開陳しています。
もっとも、そんな鴎外自身も低俗として好まなかった文芸もあったようです。例えば、永井荷風によれば、鴎外は「浪花節は宴席においてもこれを聴くことを好まず、しばしばその曲節の野卑にして不愉快なることを語られた」(永井荷風著『摘録 断腸亭日乗(上)』磯田光一編 岩波文庫 325頁)ということです。また、鴎外の次女・小堀杏奴によれば「長唄などあまり好まなかった」(小堀杏奴著『晩年の父』岩波文庫 82頁)のだそうで。
浪花節は「浪曲」とも呼ばれ、徳川末期に大坂でおこった語り物です。三味線を伴奏にして、軍談・講釈を題材に義理人情を語ったりしました。長唄とは、歌舞伎の伴奏として発達した三味線音楽で、十九世紀には鑑賞用の御座敷長唄もうまれ明治期には広く楽しまれるようになっていたそうです。これらが、鴎外の趣味には合わなかったという事ですね。
しかし一方で、小堀杏奴の回想によれば、鴎外は長唄に関して
そうした唄の文句が下品なので、それを品好く変えるというような説には反対で、そういうものはまたそういうものとしての好さがあり、変えらるべきものではない(同書 同頁)
という立場だったのだそうです。
鴎外は、あるいは浪花節に対しても同様に考えていたのかもしれません。彼の短編小説『余興』において、こんな描写があります。鴎外自身がモデルと思しき主人公は、宴会で浪花節を聞かされて辟易。しかしその一方で、浪花節を愛好する宴の幹事に対して「真率な、無邪気な、そして公々然とその愛するところのものを愛し、知行一致の境界に住している人」(森鴎外『余興』より)と評し、一種の羨望と敬意を表明してもいました。鴎外は、浪花節を好きにはなれないが、それでも浪花節を愛してやまない人に関しては尊重していたと見て良さそうです。
個人的な好みに合わないジャンルや作品があるのはいたしかたない、しかしそれは飽くまで自身の我儘である。そうした作品にも込められた魂があり、愛好者がいる。それらは須く尊重すべきである。自身の好みや嫌悪をあたかも正義のように振り回すのは慎まねばならない。そういった鴎外の思いや節度が、気に入らないジャンルに対する態度からは伺えるような気がします。少なくとも晩年の鴎外に関しては。僕自身も、そうした節度を持った人間でありたいものです。
【参考文献】
「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)より
「森鴎外 余興」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/2079_23239.html)
永井荷風著『摘録 断腸亭日乗(上)』磯田光一編 岩波文庫
小堀杏奴著『晩年の父』岩波文庫
『大辞泉』小学館
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「かつては手塚治虫も有害図書でした」
by trushbasket
| 2016-10-22 12:47
| NF








