2017年 01月 02日
本居宣長と森鴎外に見る、理想と現実へのすりあわせ方~現実をひとまずは受け入れる、だが己の理想は忘れない~
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明けましておめでとうございます。昨年は多事多難な一年でしたが、新たな年は日本や世界、皆様にとって良きものでありますように。
さて、世の中、理想と現実の落差に苦しむ事は多々ありますね。その際にどのように考えるものなのか。近世や近代における知の巨人ふたりの事例を参考のため見てみましょう。
国学者・本居宣長は日本の道を知るべく古事記等の研究に生涯を費やした人物です。彼は、『鈴屋答問録』の中で
道もまことの道は、天地の間にただ一筋ならではなきことにて、其余の道は、皆正道にあらず
(本居宣長著『うひ山ふみ・鈴屋答問録』村岡典嗣校訂 岩波文庫 132頁)
<現代語訳>
人の選ぶ道のなかでも真実の道というのは、天地の中にただ一つしかないものであって、そのほかの道は、どれも正しい道ではない。
と述べている事からわかるように、あるべき道はこうだ、という考えは譲らず持っていました。しかし、だからと言って理想を現実に押し付けようともしなかったのです。
古への自然のそこなひ行も、皆天地自然のことなるべきに、それをあしとて、古への自然をしふるは、返りて自然にそむける強ごとに候也。(同書 90-91頁)
<現代語訳>
太古の自然なありようが失われていく事も、すべてこれもまた自然ななりゆきであるはずなのに、それを殊更に悪いことだという事で、太古の自然なありようを現代に無理強いするのは、逆に自然な流れに背く強引なことであります。
ひたすら上古のやうを以て、後生をも治むべきもののやうに思ふは、人の力を以て、神の力に勝むとする物にて、あたはざるのみならず、却て其時の神道にそむく物也。(同書 92頁)
<現代語訳>
ひたすら太古のやり方で、後の時代をもやっていくべきだというように思うのは、人間の力で、神の力を上回ろうというもので、不可能であるだけでなく、逆にその時代の神の御心に背くものである。
上記のように述べており、現在の好ましくない現実も、「神のしわざ」として一旦は受け入れる姿勢を見せるのが常でした。
こうした態度は、近代の文豪・森鴎外が唱えるResignation(もしくは諦念)なる境地にも通じる面があるようにも思えます。
鴎外がResignationという言葉にどのような意味を込めていたのかは決して明瞭ではありません。直接的には、己の文壇での評判にいちいち一喜一憂しない、といった内容で用いていました。しかし、それだけでなく「世の中のどの方面においてもこの心持でいる」(森鴎外『Resignation の説』より)とも述べています。
研究書などを見ていると、「必ずしも好ましくないと思われる現実も 、ひとまずはうけいれ、しかし己の考えを忘れる訳でも曲げる訳でもなく、長い視野を持ち辛抱強く擦り合わせていく」、そんな感じに思えます。鴎外の小説でいえば、たとえば『かのように』 辺りはそんな解釈をする余地がありそうでした。鴎外の発言として、「俗に制せられさへしなければ俗に従ふのは決して悪い事ではない。」(森於菟『父親としての森鷗外』ちくま文庫 298頁)という言葉が伝えられていますしね。
自身は「永遠なる不平家」(森鴎外『妄想』より)でありながら、実務家・官僚としては保守的な立場を取ってきた鴎外の生涯を思わせます。
宣長と鴎外。この二人は、思えば共通点も少なくありません。母親からの影響を強く受け、若くから学問を好み、医師の道を選び、それと並行して作品をものし、歴史・文芸を好み、挫折を経験しながらも家長として家庭を運営した、などなど。だとすると、考え方に似た点が生じたとしても不思議はないのかも。
それはそれとして、考えてみれば、己が抱く理想が必ずしも正しいとは限らない。たとえ正しいとしても、だからと言って現実を否定・攻撃するばかりでは成功は覚束ない。其れを念頭に置けば、宣長・鴎外らの態度は理解できる者があります。見方によっては「意気地のないもの」(森鴎外『Resignation の説』より)なのは否定できませんけれど。むろん、それが最適なあり方に違いないなどとおこがましい事を言うつもりはありません。しかし僕個人としては、二人から読み取れる態度には頷けるものがありました。
【参考文献】
本居宣長著『うひ山ふみ・鈴屋答問録』村岡典嗣校訂 岩波文庫
岡崎義恵『鴎外と諦念』宝文館出版
森於菟『父親としての森鷗外』ちくま文庫
「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)より
「森鴎外 かのように」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/678_22884.html)
「森鴎外 妄想」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/683_23194.html)
「森鴎外 Resignation の説」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/45272_19217.html)
『日本大百科全書』小学館
本居宣長著『うひ山ふみ・鈴屋答問録』村岡典嗣校訂 岩波文庫
岡崎義恵『鴎外と諦念』宝文館出版
森於菟『父親としての森鷗外』ちくま文庫
「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)より
「森鴎外 かのように」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/678_22884.html)
「森鴎外 妄想」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/683_23194.html)
「森鴎外 Resignation の説」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/45272_19217.html)
『日本大百科全書』小学館
関連記事:
「たとえ嫌いなジャンル・作品であっても尊重の念を忘れずに~森鴎外の信条~」
「<過去記事案内>「正義は我にあり」と思った時こそ要注意 」
「「偉大なるダメ人間シリーズその7 本居宣長」またまた補足―本居宣長・青年期の挫折― 」
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関連サイト:
「畑に家を建てるまで」(http://www.ne.jp/asahi/kaze/kaze/index.htm)より
「【2】定住型・鳥瞰型の森鴎外」(http://www.ne.jp/asahi/kaze/kaze/ougai1.htm)
「人としてこの世に生まれたからには、自らの帰属する小社会が持ち伝えてきたエトスを尊重し、その底に流れる合理性と必然性を虚心に受け入れて行くしかない・・・これが社会人としての彼の基本的な姿勢だった。」と鴎外を評しています。
「畑に家を建てるまで」(http://www.ne.jp/asahi/kaze/kaze/index.htm)より
「【2】定住型・鳥瞰型の森鴎外」(http://www.ne.jp/asahi/kaze/kaze/ougai1.htm)
「人としてこの世に生まれたからには、自らの帰属する小社会が持ち伝えてきたエトスを尊重し、その底に流れる合理性と必然性を虚心に受け入れて行くしかない・・・これが社会人としての彼の基本的な姿勢だった。」と鴎外を評しています。
「ジセダイ」(http://ji-sedai.jp/)より
「「よく覚えとけ。現実は正解なんだ。」立川談志49歳のことばが身にしみる」(http://ji-sedai.jp/editor/blog/49.html)
「「よく覚えとけ。現実は正解なんだ。」立川談志49歳のことばが身にしみる」(http://ji-sedai.jp/editor/blog/49.html)
by trushbasket
| 2017-01-02 10:59
| NF








