2017年 02月 15日
<言葉>薄田泣菫の相撲談議にある、身も蓋もない一言~否定しきれないのが辛い所~
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近代に、薄田泣菫という文学者がいました。本名は淳介といい、岡山県出身です。『ゆく春』『白羊宮』といった作品で明治三十年代の代表的詩人とされ、大正期には大阪毎日新聞社に入り『茶話』などの随筆で知られました。
さて、この泣菫『茶話』のうち大正七年(1918)に書かれた『栃木の横綱』には、こんな話があります。
大正期の大横綱・栃木山は、入幕した際、新三役になった際、「俺がこんな出世をしたのも、つまりみんなのお蔭だからな。」「ほんの心祝ひだからな。」と一言を添えて、贔屓から貰った祝儀で同部屋の力士たちに大盤振る舞いしました。これに感激した力士たちは大いに飲み食いし、「蛙のやうに膨らまつた腹を抱へて、栃木の前途を祝福した」のだそうです(括弧内はいずれも薄田泣菫『栃木の横綱』より)。
この一件に関し、泣菫が発した身も蓋もないコメントは印象的です。曰く、
実をいふと、人間といふものは胃の腑が充満(くち)くならないと、滅多に他(ひと)の事まで喜ばうとしないものだ。
(薄田泣菫『栃木の横綱』より)
とのこと。でもまあ、否定できないものがあるのも確か。考えてみれば、『孟子』の「恒産なきものは恒心なし」という言葉と趣旨はあまり変わらない気もしますからね。
このところ、日本も他国も、直接関係のない他人をも責め立てるような、精神的余裕がない言葉が目立ちます。この頃になって増えたのか、それとも以前から潜んでいたものが顕在化しただけなのか。それはともかくとして、そうした問題を考える上でも、頭の片隅に置くべき一言ではあるかもしれません。
【参考文献】
『日本人名大辞典』講談社
『大辞林』三省堂
「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)より
「薄田泣菫 茶話 大正七(一九一八)年」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000150/files/46617_53827.html)
by trushbasket
| 2017-02-15 18:59
| NF








