2017年 05月 10日
<言葉>武野紹鴎は言った、「いずれの芸も下手の名をとるべし」
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武野紹鴎は、千利休の師匠でもあった大茶人です。その大茶人が残したとされる発言に、このようのものがあるそうです。
いずれの芸も下手の名をとるべし(井口海仙『茶道名言集』講談社学術文庫 25頁)
どういう事なのでしょうか?うまくなりたい、うまいという評判をとりたいと思うのは人として自然だと思うのですが…。これについて、20世紀後半における裏千家の大立て者であった井口海仙氏は、以下のように解釈しています。
自らを完全に保ち、またそのように見せかけ、そのためにあらゆる無理をし、他の人との間に、いさかいの心を持つよりも、愚かなるわが身を知り、芸に心をかけても、下手と思う心から、その次に生まれてくるものがある。(同書 同頁)
なるほど。自身を完璧だと他人に思わせようという心が、批判者や自らとそぐわない相手に対する軋轢の心情を生み出し強めていく。それなら、自身の名を高くしようなどと思わず、自身が完全にほど遠い事を常に心に刻んでおいた方が異なる意見をも素直に受け止められるしさらに高みを目指す事も出来る。
自身の至らなさを常に念頭に置き、それによって向上心や他者への尊重の念を持つ。そう聞けば、含蓄のある金言に思えてきます。僕自身もそのような人間でありたいと思っていますが、はてさて。
【参考文献】
井口海仙『茶道名言集』講談社学術文庫
by trushbasket
| 2017-05-10 20:13
| NF








